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イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia
砦の中は、お祭騒ぎである。ファリドゥン王が凱旋して来たのだ。北方で暴れ回っていた三頭の怪獣のダハーカを倒したというのだから、まさに英雄であった。ファリドゥン王は凱旋パレードの後、宮殿に戻り、真っ先にマツダのところにやって来た。

「マツダさま、ありがとうございました。お陰さまで怪獣を仕留めることができました」
「それは、良かった。お役に立てれば嬉しいです」
「それでは、お借りしたレーザーガンをお返しいたします」
「いや、ファリドゥン王、あなたのような立派な方なら心配はありません。どうぞそのままお持ちくださって結構です」
「そうですか、それはありがたい。こんなすごい武器をお授けくださるなんて、なんと言ってお礼申し上げていいやら」
「いえいえ、こちらこそ、これまでずい分お世話になっていますから」

「アリマさま、ミソラさま、今頃どうなさっていらっしゃることでしょうか」
「あれ以来、音信不通です。でも、彼らのことですから心配には及ばないでしょう」
「アリマさま、ミソラさま、もちろん彼らのことは心配しておりません。ただ・・・」
「ただ?どうしたのですか?」
「あの人たちもマツダさまと同じように、神の力をお持ちになっていらっしゃいます・・・」

「ああ、そうか、彼らの他国への援助を心配されているのですね?」
「正直なところそうなんです」
「ミソラさんは、西に行き、メディアに向かえ入れられたようですが、その後は分かりません」
「そこなんです。メディアは私たちの敵のような存在です」
「それならご心配いりません。ミソラさんは、決して悪いことをするような人ではないし、悪いことに加担することは絶対にないでしょう」
「悪いことですか・・・」
「他国を攻撃し、多くの人々を殺すなんてまさに悪といえるでしょう」
「・・・・」

「ああ、ファリドゥン王、あなたはこれからの南下計画のことを気にしておられるのですね」
「正直な話、そういうことです」
「敵として全部を打倒することはありません。まず話し合い、説得する。そしてそれに従わない王たちをやっつけることは仕方がないとしても、人々まで犠牲にすることはありません」
「私とて戦いを求めているものではありません」
「圧政に苦しむ人々の解放、これは良いことです」
「マツダさまにそうおっしゃっていただければ、鬼に金棒、いや王にレーザーガンです」
「あはは、レーザーガンは単なる武器です。武器では人々の心は掌握できますまい」
「そのとおりです」

今やマツダの地位は、王の相談役以上のものだった。そして人民は神様だと考え敬意を表していた。そもそもは、アリマとミソラ、不時着により三人でこの地に現れたのだが、シェルターを個別に用意できるようになってから、三人はそれぞれの道を歩むようになったのだった。

帰還の希望があれば、話は違っただろう。しかし、三人の力を合わせても、なお、不時着した宇宙船の修理はほとんど不可能だったのだ。

マツダは考えている。なぜ、ミソラが去ったのか、そしてアリマまで・・・ 帰還の希望がなくなったということは一つの大きな要因であり、それぞれの考え方の違いも大きな問題であった。個人用のシェルターを作るまでは、ほとんど一心同体で活動していたのだが・・・

そんなことを考えていると、突然爆音が聴こえて来た。現地人の生活を考えると、爆音なんてナンを焼く釜がある台所くらいしか考えられない。しかし、爆音は次々に聴こえる。マツダは嫌な予感がした。まさか・・・

マツダの部屋にソーマが駆け込んで来た。

「マツダさま、大変です。北方民族が攻撃して来ました」
「あの爆音はなんだ?」
「分かりません。みたこともないものです」
「みたこともない?」
「空から玉が落ちて来て爆発するのです」

マツダは、大砲などいう原始的な武器は書物でしか知らないものであったが、どうやらそういうもののようだ。マツダの部屋が轟音とともに揺れた。ソーマは震えている。

「マツダさま、どうしましょうか?」
「ファリドゥン王はどうされているのか?」
「敵を迎え撃とうとしています」
「私は様子を見て来る」

マツダは、スライダーをシェルターから取り出し、部屋から外に出た。庭にはいくつもの穴があり、白煙が上がっている。そして、マツダの直ぐ上の建物の一角が大きな爆音とともに崩れて来た。マツダは急いでスライダーに乗った。スライダーはぐんぐん上昇して行き、砦の北側に北方民族の軍団を見ることができた。

確かに彼らは大砲で攻撃して来ている。かなり原始的な武器のようで、砲弾の動きがはっきりと見える。その背後には騎馬軍団が整列して総攻撃に備えているようだ。原始的な武器とはいえ、刀か槍くらいしか持っていない現地人である。火薬を使った武器には度肝を抜かれているようだ。

マツダがスライダーで空から敵の軍団に接近すると、敵の大将らしき人が見えて来た。鎧の上に毛皮をつけている。敵の兵隊がマツダを発見したようだ。スライダーで飛ぶマツダを見ても驚いた様子はない。弓を持った兵隊が打ち落とそうとしている。もちろん、マツダは弓が届くように距離までは接近しない。

硝煙ではっきりとは見えないが、大砲は10基くらいあるようだ。かなり原始的な大砲のようで、一発撃つと次の一発まではかなり時間がかかるようだ。マツダは北方民族の軍隊の様子をファリドゥン王に急いで伝えなければいけないと思った。早くしないと、騎馬軍団による総攻撃が開始されるだろう。

白煙の上がる砦に急いで戻ると、砦の中はパニック状態であった。砲撃という見たことも聞いたこともない攻撃を受けたのだ、冷静でいられる人などいるはずがない。赤いマントを着たファリドゥン王は直ぐにみつけることができた。砦の塔の陰に身を隠していた。しかし、その顔は蒼白であった。

「ファリドゥン王、大丈夫ですか?」
「うう、マツダさま、これはいったいどうしたことでしょうか?」
「敵は大砲という武器を使っています」
「タ・イ・ホ・ウですか?」
「そうです。遠くから撃って、玉が落下したところで爆発する」
「恐ろしい武器だ」
「敵はもう直ぐ騎馬軍団による総攻撃をかけてくるでしょう」
「そうか、我が軍は浮き足立っているから、今攻撃されたら総崩れになってしまう」
「では、王は南に逃げてください。私はなんとか彼らを引き止めてみます」
「そうか、ありがたい。では、お預かりしていたレーザーガンをお返しする」

ファリドゥン王の逃げ足は速い。手勢を率いて、あっと言う間に南の出口から馬で脱出した。マツダは、どうしたら敵の軍団を止めることができるか思案した。マツダにあるのはスライダーくらいなもの、再び空から敵の様子を観察することにした。

敵の砲撃は、連射というには間が空き過ぎているが、続けられている。どうやら、砦の入り口に狙いをつけているようだ。しかし、原始的な大砲のせいか、なかなか当たらない。

マツダは一計を案じた。ファリドゥン王の部下たちに援護させ、スライダーを使って敵の砲弾を集積してあるところに接近し、レーザーガンで爆発させればいい。これなら砲撃を止められる。しかし、スライダーでどうやって砲弾のあるところまで接近すればいいのか・・・

マツダはファリドゥン王の精鋭部隊に作戦を伝えた。マツダの指令は絶対である。なにしろ神様からの指令なのだ。ファリドゥン王の命令よりも強力かも知れない。精鋭部隊はいくつかのグループに分かれ、陽動作戦の開始であった。

東門から騎馬による精鋭部隊が飛び出して行った。北方民族の弓部隊が矢を射る。騎馬軍団は、その攻撃の後に迎え打ちに来るだろう。マツダはひっそりと様子を見ていた。マツダの狙いをつけたのは、手薄になった左端の大砲であった。砲弾がその後方の馬車に積まれている。

陽動作戦で、敵軍の注意が向けられているその隙をついて、マツダは左端の砲弾が積まれている馬車に接近した。そして、直ぐに高熱のビームを持つレーザーガンを使った。高熱のビームの受けた砲弾はたちまち爆発した。

その結果は、予想以上の派手なものになった。落とした砲弾が爆発し、積まれていた砲弾を四方八方に飛ばしたのだから大変なことになった。砲弾が積まれていたところが順々に爆発し始めたのだ。今は、敵軍の前面が総崩れの状態になった。

しかし、それはつかの間の混乱でしかなかった。北方民族の軍団は大勢であった。大爆発の混乱が収まると、後方に引いていた騎馬軍団が総攻撃を開始した。大砲による攻撃は彼らにとっても馴れないことのようで、ようやく従来の戦い方に戻ったことから、むしろ活き活きとしてきたようにみえた。

マツダがスライダーを旋回させて、砦に一旦戻ろうとしたとき、突然もう一台のスライダーが現れた。そして、そこから発射されたレーザービームがマツダの体を貫いた。マツダとスライダーは砦の中へ墜落していった。

「やはり、アリマだったんだな」
「悪いな、マツダ。所詮、俺たちは一緒にはやっていけなかったようだ」
「うう、一体何を企てているのだ。ここの人々を不幸にしてどうするというのだ?」
「不幸かどうかは、歴史が証明するさ」
「いや、おまえのやっていることは悪だ」
「善だの悪だの、そんなものは時代によって変るものだ」
「人殺しは絶対悪だ」
「そうかな。邪魔者は消す。それは理に適っているというものさ」

こうして、ファリドゥン王の砦は、アリマを王とする北方民族の手に落ちた。そして、このことはファリドゥン王も知るところとなった。

「ああ、マツダさま、いや、アフラ・マツダさま。御身を犠牲にしてまで・・・」
「あのアリマというやつ、今はアーリマンと呼ばれ、悪魔とも魔の中の魔とも呼ばれています」
「アフラ・マツダさまとは大違いだ」
「アーリマンは、死、虚偽、凶暴などの全ての悪を司ると言われています」
「目的のためには手段を選ばないというのだろう・・・」
「あの三頭の怪獣だってアーリマンの創造したもののようです」
「恐ろしい敵よのう・・・」
「どうしましょうか?」
「こうなっては、ミソラさまにすがるしかないようだ」
「あのミソラさまでアーリマンに対抗できるものでしょうか?」
「他に対抗手段がないだろう・・・」
「おっしゃるとおりで」
「では、ソーマ、お前が使者になってエクバタナ(メディア王国の首都)に向かえ!」
「御意」
「私は、アフラ・マツダさまの志を引き継ぎ、法による秩序を求めようと思う」

一方、マディア王国では、ミソラの目指したことは実を結びつつあるようで、王国は平和で繁栄していた。人々は、ミソラの教えをミソラ教として受け入れ、メディア王国の王もミソラを神として接待した。ミソラのことは、人々はアフラ・ミソラと呼んだ。厳密に言うと、現地の人たちの間では、ミトラ教、そしてアフラ・ミトラと発音された。

ファリドゥン王の使いのソーマから話を聞いたミソラは、マツダの死を大いに悲しんだ。そして、アリマの行いに対する怒りは激しいもので、アリマ打倒へと準備を開始することを誓ったのだった。ミソラがソーマから話を聞いたときには、メディア王国に対して戦争に関することについては何一つ教示しなかったのだが、もはや事情が変ったのである。

数年後、ミソラはメディア軍を率い、恐ろしい敵であるアーリマンの悪魔軍団を殲滅した。アーリマンは死してもなお、大魔王アーリマンとして存在しているという。



夢から覚めた平山は、夢とはいえ、主人公らしいマツダが死んでしまったことが不思議でならなかった。小説などでは主人公が死んでしまうなんて考えられないことだ。夢だからこそ、脈絡も論理もないのだろうと思った。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
# by eldamapersia | 2007-10-03 18:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山は、自分のみた奇妙な夢を岡野に話してみたい気がした。そもそも岡野というUFOマニアの話が平山の潜在意識に作用して、その結果夢となって現れたのだろうと思ったのだ。平山は、早速岡野をアパートに招待した。北側のテラスでアルボルズ山脈を見ながら夕食を楽しもうというものであった。

平山のアパートの北側テラスからは、3,300mもあるアルボルズ山脈が間近に見える。テヘランの街全体でみると、南側の標高が1,100m程度であるのに、北側は標高が1,700mもある。したがって、北側を見ると山脈だけでなく、夜景も美しく見ることができる。

(参考)テヘランの北側にあるアルボルズ山脈
遥かなる遺産 Part2(3)_e0108649_1415010.jpg


例によって、岡野は6時にやって来た。ガラス製の丸テーブルは二人で使用するには十分な大きさである。珍しく入手できたハイネケンを飲みながら、スリランカ人シェフの作る料理を楽しんだ。おつまみで提供される揚げ餃子のようなサモーサは絶品であった。

ビールを飲みながら、平山はこれまでにみた二つの夢について岡野に話をし始めた。最初は、宇宙船の不時着の話、そしてその続編にあたるアフラマツダとアーリマンの戦いであった。岡野は、頷きながら静かに平山の話を聞いていた。

「すごいイマジネーションだねぇ、驚きました」
「これは岡野さんとの旅行、そして岡野さんの話に影響された結果だと思うけどなぁ」
「いやいや、私はそこまで詳細に話したことはないですよ」
「じゃぁ、どうしてまるで映画みたいな夢をみたのでしょう?」
「遺跡をみたからそのインパクトが大きかったってことじゃないのかなぁ」
「UFO説なんて考えたこともなかったんですから」
「ああ、それに関しては私に責任があるかな」
「責任というような話じゃありませんけどね」
「わはは、そりゃそうだ」

そして、そこからが岡野の本題であった。

「実は、その後、私もいろいろと調べてみたんだ」
「夢の説明がつくような話ですか?」
「そうだね、かなり説明ができると思う」
「それは面白い」
「まず、マツダだけど、東芝が昔、マツダランプという名前で電球を売っていたけど、この名前は拝火教から来ているそうだ。それに、自動車のマツダも”MAZDA”と書くね」
「なるほど、マツダという主人公は、まさに拝火教を代表する名前という訳なのか」
「アフラというのは、神という意味を持つようだから、まさにアフラ・マツダだね。アフラ・ミトラというのもあったそうだ」

「ヤズドの拝火教の寺院でみたあのシンボルマークがアフラマツダだったね」
「平山さんの夢によれば、あの羽のようなものがスライダーという乗り物なんだね」
「パサルガダエの天使にも羽がありましたね」
「ヘルメットの輝きは光輪、あるいは後光だろうし、アンテナがあの天使の頭にあったものということになるね」
「あの遺跡をみたときには、そんなことは夢にも思わなかったけど・・・いや、夢には見たか」
「レーザーガンなんてあったかなぁ?」
「いや、それは分からない」
「みせびらかす性質のものじゃないから、レリーフにはしないだろうなぁ」

「平山さん、もっと面白い話をしようか」
「うん、どんな?」
「クリスマスってあるけど、クリスマスってイエス・キリストの誕生日でないということは分かっていることなんだ」
「へ?そうじゃなかったんだ」
「伝説によれば、ミトラは、12月25日、冬至の日に岸壁から生まれたそうだ」
「それが、今日のクリスマス?」
「ローマ帝国の時代、キリスト教の布教のためにいろいろな宗教の要素を取り入れたという話をテレビ番組でみたことがある」

平山は、あまり宗教に関する知識はなかった。自身の宗教について訊かれれば、仏教徒と答えるが、葬式とお盆、お墓参りくらいでしか仏教とは縁がないのだ。岡野は話を続けた。

「アフラ・マツダって、仏教では阿弥陀如来、別名で大日如来なのだそうだ」
「え?仏教とミトラ教って関係があったの?」
「ミトラは、弥勒菩薩だという」
「うひゃぁ、すごい話だぁ」
「それには、一つの説があってね。紀元前550年頃、マギ・ゴーマタという人がいたそうな。メディア王国のミトラ教の高位をマギというそうだ。釈迦の本名は、ゴータマだよね。この二人の生きた時代はほとんど変らないという。もし、これが同一人物なら、釈迦とミトラ教とは関係が深かったということになるね」
「ゴーマタにゴータマ・・・本当のような嘘のような」
「大日如来がアフラ・マツダだということになると、大日信仰では問題になるだろうな」
「むう・・・」

平山は、ケルマンシャー州でみた唐草模様と天使のようなレリーフを思い出していた。ペルシャ帝国から多くのものが日本に伝来したというのは事実のようだと思った。岡野は話を続けた。

「どうしてイランでは、ミトラ教でなく拝火教、別名ゾロアスター教が普及したと思う?」
「あ、そうだ、どうしてだろう」
「夢にも出て来ていただろう。ファリドゥン王はアフラ・マツダに感謝し、それがペルシャ帝国に引き継がれたんだね」
「夢を根拠にされても困るけど」
「もっと言えば、ペルシャ帝国の王たちは、拝火教だけなくミトラ教も同時に崇拝していたそうなんだ。これはちょっと不思議な感じがするけど、平山さんの夢のような筋書きが背景にあるなら納得できるね」
「うひゃぁ、我ながらよくできた夢だなぁ」
「あはは、面白いでしょう」
「なんだか、夢の話が全部本当にあったことのように思えて来ちゃった」

平山は、岡野の博学に感謝した。以前、岡野の言っていた「辻褄が合う」というのはこのことだったのかと思った。岡野はさらに続けた。

「ところで、ゾロアスターって半分人間で半分神様って知っていた?」
「いや、知らない。ゾロアスターって人の名前なのか」
「善神のアフラ・マツダとアーリマンとの戦いは何度もあったらしい。神様だから、死んでも死なないはずだし、今でもいるんじゃないかな」
「おいおい、怖い話になって来たねぇ」
「神が死んだと宣言したのはニーチェだったけどね」
「ああ、ツァラトゥストラはかく語りきだったね。ああ、それがゾロアスターなのか」
「ツァラトゥストラは、ドイツ語読みだね」

岡野と平山の話は、スリランカ人の使用人が帰ってもまだ続いた。

「平山さん、さて、本題だが・・・」
「え?まだ驚くようなことがあるの?」
「いや、平山さんの映画のような詳細な夢、これはただ事じゃないと思うのだが」
「あはは、まさか、私が何かの力で、夢をみさせられたなんて言うのでは?」
「いや、どうなのか分からないけど、ちょっと不思議じゃないか?十分な知識がないのにどうしてあんな詳細な夢をみられるというの?」
「いや、それは、なんというか、想像の産物じゃないのかな」
「辻褄合わせの想像の産物?」
「いや、その点、私は辻褄なんて考えたことはないけど」
「ほら、やっぱり何かありそうだ。アフラ・マツダの怨霊かな」
「おいおい、脅かすのはやめてくれよ」

実際、このとき平山の背筋がぞくっとした。幸い、岡野はそれ以上その話題を続けなかった。

「UFO探しでもするか?」
「まさか、カスピ海に沈んだ宇宙船を見つけようなんてんじゃないだろうね」
「まぁ、それは無理だけどさ。でも、ミニ・シャトルならみつかるかも。いや、発見されているんじゃないかな」
「またまた、すごいことを言うなぁ」
「ここはイランだよ。もしも、未確認飛行物体のようなものが発見されたら、イラン政府はどうすると思う?ロシアのものか米国のものかと疑うのが普通じゃないかな。そして、どちらとも見当がつかなければ眠ったままになっているのでは?」
「うーん」
「ずっと前にみつかっていたとしたらどうだろうか」
「それなら、どこかの博物館にあるんじゃないの?」
「いや、ミトラ教か拝火教の関係者が隠したということも考えられる」
「スライダーもシェルターも、レーザーガンも?」

平山は、なんだかすごい話になって来たと思った。岡野に夢の話をしたことが良かったのかどうなのか・・・ 岡野はますます熱心になって来たようだ。

「それから、まだ謎がある」
「謎って?」
「どうして、三人がばらばらになったのか?アリマはどうして変貌したのか?ミトラはどうやってアリマに勝ったのか?ミトラはどうなったのか?などなど、いっぱい謎があるよ」
「ああ、なるほど」
「また夢をみたら是非話してくれないか?」
「うん、もしも、また夢の続きをみたらね」
「まだみるんじゃないかなぁ」
「またまた、そんな怖いことを言う」
「あはは、そんなに怖い話じゃないだろうに」
「何かの力で夢をみさせられているとしたら不気味だよ」
「面白いじゃないか」
「他人事だと思って・・・」
「あはは、悪い、悪い。今晩は、とっても面白かった。そしてご馳走様」



平山は、全国の各州の担当者を集めて大きなセミナーを企画していた。平山を悩ませている問題は、イランで大きなセミナーを開催すると、各州から課長以上、場合よっては局長が参加して来ることがあるということだった。したがって、セミナーの開催通知には、技術移転のためのセミナーであることを説明にいれるようにアツーサに強く依頼したのだった。

しかし、それでも現実は、これまでみて来たように、平山の期待したようにはならないケースが多い。ケルマンシャー州でのセミナーのようなお祭騒ぎでは、技術移転もなにもあったものではないと思えるのだった。平山は思った。地方の局長クラスは、セミナーを大義名分にして、平山持ちの旅費を利用してテヘランに出て来たいのではないかと。

平山のオフィスでは珈琲をドリップ式で淹れることができる。イラン人はもっぱら紅茶を楽しむのだが、なぜか珈琲メーカーは販売されている。そして不思議なことに、ドリップ式の簡単な器具が売られていない。平山はテヘラン中を探したことがあるので、今では存在していないと確信している。今、使っているのは日本から持ち込んだものである。

そして、良質な珈琲豆の調達も大きな課題であった。日本食材をおいてある店ですら日本の美味しい珈琲豆は置いていないのだ。平山は日本の珈琲豆の品質の良さを再認識させられた。もちろん、もともと日本産の珈琲豆なんて存在しないので、円高のお陰でいい品質の豆を輸入できるせいなのだろうと思った。

今日もいつものようにオフィスに着くと、直ぐにアツーサが珈琲のためのお湯を沸かし始めた。アツーサはすっかり日本の珈琲のファンになっていた。一般のイラン人でも珈琲愛好者はいるが、その場合はインスタント珈琲が普通である。しかも、砂糖をいっぱい入れてである。

そうしているときに電話が掛かって来た。アツーサの携帯電話にだった。アツーサの表情が突然曇った。電話が終わるのを待って、平山はアツーサに声を掛けた。

「一体どうしたの?」
「主人が交通事故に遭いました」
「え?で、大丈夫なの?」
「病院に運ばれたそうです」

アツーサのあまりにも深刻な様子に平山は言葉を失った。アツーサは、珈琲どころではないだろうに、どういう訳か、黙々と珈琲を淹れている。平山は、アツーサが無意識にやっているのだろうと思った。

「アツーサ、タクシーを呼んで、病院に行けばいいのに」
「はい、そうします」

アツーサはようやく行動を起こした。タクシーを手配して、再び無言で珈琲を淹れた。タクシーが来るのには20分は掛かるところだ。アツーサが珈琲を味わっているとはみえなかった。やがて、タクシーが来るとアツーサは出て行った。平山は、アツーサに往復分のタクシー代を渡したが、戻って来れるとは思っていなかった。

アツーサのご主人が、ルノーの小さな自動車に乗っていることを平山は知っていたが、あの車で事故を起こしたとなると大変だろうと思った。しかし、事故の詳細は分からない。アツーサのご主人は医者である。医者であっても、自分自身で事故に遭ったのでは何かができるものではない。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
# by eldamapersia | 2007-10-03 17:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山が帰宅して夕食を済ませた頃、アツーサから電話があった。話では、アツーサのご主人がルノーで高速道路を走行中にタイヤがパンクしたとのこと。ラジアル・タイヤならパンクしても大事故にはならないのだが、あいにくホイールが変形していて、ラジアル・タイヤが履かせられなかったとのこと。小さなルノーはコントロールを失って、ガードレールに当たり、ひっくり返りながら壁に激突したとのことであった。

ルノーは前後とも滅茶苦茶になり、ご主人は通りがかりの人に助け出されたという。ご主人の意識はあるが、顔面に大きな怪我をしている。生きているのが奇跡だと言っていた。

アツーサのご主人が無事だと知って平山はほっとした。しかし、怪我の様子は大変なようだった。アツーサが働いているとはいえ、ご主人は二つの病院で働いているという。2歳にもならない子供を保育所に預けて共働きをしているのだ。

アツーサは2日休暇をとったが、直ぐに職場に出て来た。全国版のセミナーは1週間後に迫っていた。アツーサにはその段取り、打ち合わせなどやってもらうことがたくさんあった。平山にとって一番の問題は、セミナーでの通訳である。突然の事故ということもあり、アツーサの代わりがいないのである。

平山の講演の内容はかなり技術的な言葉を使うので、中身が分からない普通の通訳を雇っても的確な通訳ができない。この点については、アツーサもよく分かっていた。セミナーは、4日間連続で予定されていた。通常の状態だったら、平山はアツーサに1週間でも2週間でも休暇を与えられるのだが、このときは事情が違った。

このとき、アツーサは病院と家、保育所、職場を行き来しながら、セミナーという大きなイベントをこなさないといけなかった。平山は、イラン人が家族を大切にすることをよく知っている。そこで心配したのが、アツーサが簡単に仕事を投げ出してしまうのではないかということだった。

しかし、アツーサは違った。看病で夜もろくろく眠れない状態でありながら、かなりのハイテンションでセミナーを乗り切ろうとしていた。平山の通訳をしているときには、迫力もあったし、すごい人だと思った。平山の目には、アツーサが人間の限界を超えて頑張っているように映った。

「アツーサ、大丈夫?」
「はい、今は主人とセミナーの二つのことにだけに集中しています」
「うん、本当にありがとう。大変なときにすまないけど、アツーサじゃないとダメなんだ」
「分かっています」

アツーサの超人的な頑張りで、セミナーは成功裡に終了した。セミナーの開催期間でも、アツーサのご主人は大変だったのである。顔面、腰と手術が続いたのだ。本人が医師ということが不幸中の幸いで、いい医師仲間に面倒をみてもらえたという。

しかし、大変なのはこれからなのだ。ご主人は通常の食事ができないから、半年は流動食を続けなければならない。アツーサは病院に通い、その食事を用意し続けなければならないのだ。でも、アツーサのご主人が生きてて良かった、平山は本当に良かったと思った。



平山は一人、アパートで考えていた。どうも、岡野と話をするとその気にさせられてしまうようだと思った。しかし、あれから交通事故やらセミナーやらいろいろあって夢などみることもなかった。

「辻褄かぁ・・・そんなことを考えたことはないが、少し考えてみるのも面白いかな。
「確かに、どうやってミソラがアリマに勝てたかなんて不思議だし、
「その後、ミソラはどうなったんだろうか・・・
「宇宙船かぁ・・・ カスピ海の底は無理としても、あのミニ・シャトルやスライダーなどはどこかにあるのかなぁ・・・
「よせよせ、夢の中のことじゃないか、そんなことを考えたって意味はない」

平山は、自分にそう言い聞かせながらも、なおも考え続けることを止めることができなかった。

「待てよ、もしも、自分がミソラだったらどうするだろうか。強大な武器を持つアリマの軍団。
「武器の開発をミソラが進めるとも思えないし、
「あ!アリマは悪とかいうけど、あいつの進めたのは科学技術じゃないか。
「そして、マツダの進めたのが、法による秩序だったような・・・
「ってことは、ミソラは何か別な能力を持っていたということか。
「平和希求なんて能力とは思えないし・・・
「残りの分野というのは、精神世界かな。宗教とか、哲学、心理学・・・
「あ!」

ここで、平山はあることに気がついた。そして、その思いつきは、考えれば考えるほどもっともらしいものだと思えるのだった。

「ミソラは単身でメディア王国に入り、そこで神といわれるほどの尊敬を集めた。
「マツダの拝火教は、ファリドゥン王のお陰があってペルシャの一部の宗教になったが、
「彼女のミトラ教というのは、もっと広い範囲をカバーしているようだ。
「マツダやアリマに比べて、すごい影響力だ
「これって、つまり・・・」

平山は、自分の思いつきを岡野に話をしてみたくなった。早速、携帯電話に電話を掛けてみた。

「ヘロー、オカノ・スピーキング」
「もしもし、平山です」
「ああ、平山さんかぁ」
「これからお宅にお伺いしてもいいですか?」
「もちろん、いいですよ。また夢をみられたのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
「そうですか、それなら面白いかと思ったのですが」
「面白い話だとは思います」
「そうですか、では、お待ちしています」

平山は運転手をもう帰してしまったので、アパートのスタッフにタクシーを呼ぶように頼んだ。



「ようこそ、平山さん」
「岡野さん、すいません、突然で」
「いいですよ、この地では何の娯楽もないですから、いつでも歓迎です。わはは」
「実はね」
「まぁ、ゆっくりお話をお伺いしましょう。あちらにどうぞ」

岡野は、街の夜景の見えるソファに平山を導いた。テヘランには、大きなネオンサインがないので、星の集まりのように見える夜景はことのほか美しい。

「平山さん、夕食はどうしましょうか?」
「ああ、何も考えていませんでした」
「では、冷蔵庫にあるもので、なんとかしましょう。出前という手もありますけどね」

岡野は、冷蔵庫からビールを出して来た。どういう訳か、イカの燻製まで持っている。

「イカの燻製ですか、どうしたのですか?」
「日本から送って来たものです」
「へぇ、それは素晴らしい」
「で、お話というのは?」
「うん、例のミソラ、いやミトラがどうやってアリマに勝てたかってことですが」
「ああ、それは興味深いお話ですね」
「アリマはサイエンス・テクノロジーを使い、武器を開発しましたね」
「うん」
「マツダは法というものをファリドゥン王に伝授したという」
「うん」
「では、ミトラは何が特技だったのでしょうか」
「それがポイントですが・・・」
「ミトラの得意技は、集団催眠だったんじゃないかと思うのですが」

岡野は、ここでしばし沈黙した。平山は、岡野が口を開くのを待った。

「なるほど、鋭い洞察ですね。それなら、武器がなくても、いや戦わずに、アリマの取り巻きを洗脳できる」
「そうなんです。アリマとて一人では戦えません」
「心理学が科学技術を負かしたってことかぁ」
「そういうことになりますね」
「イエス・キリストやモーゼ、マホメットなどもそういう能力があったのかなぁ」
「そこまではなんとも言えませんが、宗教の創始者にはそういう能力は必要かも知れない」
「政治家にもそういう才能があるのかも」
「ヒットラーとかナポレオンとか、ジョン・F・ケネディもかな」
「日本にもそういう能力を持った首相がいましたね」
「ああ、どういう訳か衆議院の3分の2以上の議席を確保してしまった」
「なるほど、あの理由が分かったような気がする」

平山が思っていたよりも、話がどんどん逸れているような気がした。それを察したか、岡野が話を戻した。

「ところで、ミトラはどうなったと思いますか?」
「ああ、それについてはまだ考えていなかった。死んだんじゃないかな」
「そうでしょうか。神は死なないのでは?」
「彼らは神じゃないでしょ。宇宙から飛来した単なる生命体でしょう」
「平山さんは、せっかく精神面に踏み込んだのに、そこで自然科学が邪魔をするのですか」

平山には、岡野の発したこの台詞の意味が理解できなかった。

「彼が死んでいないと仮定してみるといいかも知れない」

平山は、この岡野の言葉に当惑した。岡野は続けた。

「死んだとか生きているというのは肉体だけのことじゃないだろう」
「え?精神が生き続けているということ?」
「もっと強いものかも知れない。単なる知識の伝承ではないもの」
「そうなると分からないが・・・」
「気がつかないかなぁ。先日も言ったのだが」

平山には、岡野の言いたいことがさっぱり理解できなかった。岡野が続けた。

「どうして平山さんが映画のような夢をみたかということさ、理由があるはずだ」
「・・・夢に理由なんて、フロイトの精神分析ならともかく・・・」
「身近に理由はないかい?」
「え~?私の周囲は日本人ばかりだし・・・」
「そう?」
「え?!まさかぁ、そんなバカな・・・」

平山は自分の思いつきを認めたくなかった。なぜ認めたくないのか、心の中で自問自答を繰り返した。

「アツーサがミトラの分身なんて・・・そんなバカな」
「本人が意識しているかどうかは分からないさ」
「無意識にミトラの神性、いや、集団催眠の能力を使って・・・」
「それで辻褄が合うのでは?」

平山は、セミナーのときにみせたアツーサの超人的な努力を思い出していた。無意識に出てくるものなのかも知れないと思った。3,000年前のミトラのスピリットが、今まで受け継がれて来ているというのか。平山には、あまりにも身近な人物が対象なので信じられないのだった。

「では、アーリマンも生きているか?」
「それは、もっと明瞭だろう。ミトラと同じくらい強力に影響を残しているからね」
「確かに、世界から戦争がなくならない訳だ」
「マツダは少し弱かったのかな、実用的で役に立つものだけどね」
「なるほど、世界をみると、今もなおミトラ、マツダとアーリマンの戦いが続いているようだ」
「そういうことらしい」


(Part2 おわり)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
# by eldamapersia | 2007-10-03 16:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山がイランに赴任して2年が過ぎ、再び初夏を迎えた。アツーサのご主人は退院して、今は自宅で療養しているという話だった。もう少しで仕事に復帰できるという。アツーサ自身も通常の仕事をこなすようになった。平山は予算の少ないテヘラン州局のために、自らの労力でシステム開発を進めていた。彼にとってPCを使ったデータ処理はそれほど難しい課題ではない。

「アツーサ、ミトラって名前知っている?」
「はい、女性の名前に使われています。若い女性には使われていませんが、昔は人気のあった名前です」
「イラン人の名前にも流行りってあるんだね。ミトラって素敵な名前に響くけどなぁ」
「アツーサという名前も歴史のある名前なんです」
「へぇ、そうなんだ」

平山は、やはりアツーサはミトラについて何かを知っていると思った。しかし、唐突に平山が岡野と話したことを訊く気にもなれないので、彼女の出身地について質問した。

「アツーサの出身地はカスピ海の方だったね?」
「はい、ギーラーン州のラシュトを少し過ぎたところです」
「そっか、カスピ海は以前ラムサールまでは行ったことがあるけどね」
「そこからさらに先になります」
「車で行くと時間が掛かりそうだね?」
「6時間か7時間は掛かると思います」
「そう、遠いなぁ」
「今度、私の実家に是非来てください」
「うん、ありがとう。いつか行ってみたいな」

地図でみるとテヘランからカスピ海までは近そうにみえるが、その間にはアルボルズ山脈があるため、山道を抜けて行かなければならない。平山は、カスピ海を見たくて赴任の当初、車で行ったことがあり、その時は約3時間掛かったのを覚えている。その後、ラムサールまで行ったときは、一泊二日の旅行であった。

ラムサールというのは、ラムサール条約で有名だが、それがイランの地名であることを知っている日本人は少ない。平山もイランに来るまでは知らなかったことである。ラムサール条約というのは、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」のことである。

「アツーサ、今日はスピードガンを探しに行こうか?」
「先日の会議で警察から来ている人がいたねぇ、名詞交換した人」
「はい、覚えています」
「電話して、どこで買えそうか聞いてくれないか?」
「チャシム」(分かりました)

スピードガンとうのは、野球のピッチャーの球速を測ったりするものである。平山は自動車の走行スピードを測りたいと考えていたのだった。何でも調達可能なイランである。テヘランの大バザールに行けば、さすがにペルシャ商人の末裔と驚かされるものが見られる。日本の土鍋を見つけたときには目を疑ったくらいである。

平山とアツーサは、まず知り合いの警察の人に会い、スピードガンの手配が可能な業者を教えてもらった。そして、教えてもらった住所を頼りにテヘランの中心部に向かっている。取り扱い業者というのは、お店を持つ必要がないので、どうやら一般の住宅地の中にオフィスを構えているようであった。

ようやく住所の場所をみつけると、やはり一般のアパートのような建物であった。アツーサが門のところにあるボタンを鳴らし、話をすると門のロックが外された。2階ということなので少し薄暗い階段を登った。部屋の入り口には表札があり、確かに警察に品物を納めている業者のようである。

アツーサがチャイムを鳴らすと、中からドアが開けられた。部屋に入ると、直ぐ近くに大きなデスクがあり、その前に応接セットが置いてある。そこに男が三人立っていた。アツーサは、動じることなく挨拶をしているが、平山はどうも雰囲気がおかしいと感じていた。

三人の真ん中にいる男が大きな机の主のようだった。奇妙なのは、その男の髪型と衣装である。髪型はモンゴル人のような弁髪で、衣装はパキスタン人が着るような上から下までずどんとしたようなものだった。両脇の男は典型的なイラン人の服装をしていた。

肝心のスピードガンの話については、どうやら一個の注文では商売にならないのでやらないということらしい。アツーサはそれでも食いついていき、激しいやり取りをしている。平山は、アツーサが恐いもの知らずなのかと思った。三人の男は、日本で言えば、ヤクザのような雰囲気なのだ。

「アツーサ、もう分かったから帰ろう」
「はい、でも・・・」
「いいんだ」
「はい」

平山とアツーサは、建物を出て車に乗った。

「彼らは、大量の品物を高価な値段で警察に納めているのだろう」
「はい、どうでしょうか」
「今のイランの情勢では、政府は警察に多額の予算をつけているのだろう。そういう周辺にはあのような業者が集まるというものだ」
「はい」
「アツーサは、恐くなかったの?」
「恐かったですよ」
「あはは、そうなのか。無理して話を進めることはないのに」
「でも、あんまりなんですもの・・・」

平山はスピードガンの購入を諦めることにした。そして、その代替案を考え始めた。自動車のスピードを測る方法なら他にもあるはず。結局、ビデオカメラを買って、道路に200mくらいの間隔でマーカーを置き、ビデオを再生しながら、ストップウォッチを使い、自動車の通過時間を測るという方法に変えることにした。

平山には、スピードガンのことよりもアツーサのことが気になった。1個なので取り扱わないというのでは、話を進めようもないというのに、どうしてあそこまで食い下がったのだろうか。まさか、ミトラの得意技の集団催眠を使うつもりだったのか・・・



スピードガンを探した日の3日後、岡野からアツーサの携帯電話に電話が掛かって来た。

「ミスター・平山。ミスター・岡野からです」
「あ、ありがとう。はい、もしもし、平山です」
「平山さんは、新聞みてないだろ?」
「ペルシャ語じゃぁ、読めないからね」
「昨日の新聞に出ていたんだけど、ダマヴァンド山で偶像がみつかったそうだ」
「偶像・・・ってことは、イスラム以前ってことかな?」
「ミトラ像らしいよ」
「え!ミトラ像なのか」

脇にいたアツーサがミトラという言葉に反応したが、平山が電話中なので直ぐに平静な表情に戻った。

「ヘッドギアをしていて、左手を空に向けて上げているそうだ。そして、臍がないらしい」
「臍がない?」
「まぁ、神様だから臍がないというのは自然だろうけど」
「宇宙人にも臍がないってことか」
「まぁ、そういうことだ」

平山は思った。岡野の主張する宇宙人説を裏付けるものなのだろう、だから電話をして来たのだ。岡野は続けた。

「ところで、ダマヴァンド山にまつわる神話は知っているかな?」
「いや、全然しらないけど」
「私も正確には覚えていないけど、英雄ファリドゥンがアジ・ダハーカという三頭の怪獣をやっつけたときに、蛇とか蠍とか蛙とかが傷口から出て来たらしい。それを退治しようにもできなくて、捕まえてダマヴァンド山に幽閉したということらしい」
「ほう」
「だから、神話が実話だったんじゃないかということで騒がれているということさ」
「でも、ミトラ像なんでしょ。ファリドゥンはどちらかといえば、マツダのはずだけどなぁ」
「偶像は後世の人が作ったものだろうけど、なんでミトラ像なんだろうね?」
「アーリマンをやっつけたミトラの方が強いからかな」
「理由はともあれ、ダマヴァンド山とミトラとが物証で結びついたのは初めてなんじゃないかな」
「なるほど」

電話を終えて平山は思った。臍がない偶像、神様に臍があったら母親から生まれて来た証拠になるから、神様の偶像には臍は敢えて彫らないのだろう。平山にはそれが自然な考えに思われた。宇宙人だから臍がないというのも面白い考えだとは思った。

ヘッドギアについても、戦士のイメージならヘッドギアだって不思議ではないだろう。宇宙人のヘルメットと考える方が不自然なのではないか、しかし、ミトラは女性のようだから、ヘッドギアなんて必要なのだろうか。無敵なはずの女神にヘッドギアというのも奇妙な気がする。

(参考)ダマヴァンド山
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平山は、100kgもありそうな巨漢のマジディ部長の運転する4WDでアルボルズ山脈の山道を走っていた。週末をマジディ部長の友人の別荘で過ごそうという誘いを受けたのだった。テヘランでは、40度近い気温になっているが3,000mもの高地に来ると気温がぐんと下がる。

マジディ部長は、平山が赴任したときには一言も英語を話したことはなかった。今でも、アツーサがいるときは英語で話そうとはしない。しかし、平山と二人になると英語で話しをしてくれた。どうやら、頭の中で言いたいことを英語に翻訳するのが億劫という感じであった。

山道を走りながら、マジディ部長が言った。

「若い頃、この辺りを歩き回ったものだ」
「レンジャーだったのですか?」
「いや、兵役中の話だ」
「ああ、イランでは兵役は義務でしたね」
「あの頃は、痩せていたけどな」

平山は、マジディ部長の痩せていた若い頃の姿を想像することはとてもできなかった。

「ドクター・マジディ。敵兵がこんなところまで来たのですか?」
「いや、いなかったな」
「なんだ」
「訓練の意味があったのかもな」
「なるほど」
「あの頃の上官や仲間は、今頃どうしているかなぁ」

そうは言っても、マジディ部長は当時を懐かしんでいるようではなかった。平山は、あまり思い出したくない体験だったのかも知れないと思った。

やがて4WDは谷間の山村に着いた。マジディ部長は車を止めると、商店の一つに入って行った。食料なら持参しているはずだが、何か足らないものでも思い出したのだろう。平山は、待っている間に周囲を見渡した。すると、直ぐ近くに奇妙な建物があり、そこから湯気が出ているのに気がついた。建物からは太いパイプが突き出していて、そこからお湯が落ちていた。

買い物から戻ったマジディ部長に訊くと、そこが温泉であるということが分かった。イランの最高峰のダマヴァンド山は富士山と同じように休火山と言われている。温泉があっても不思議ではないのだが、平山はイランに温泉があるなんて夢にも思わなかった。

マジディ部長は巨漢のせいだろう、足に問題持っている。平山はできるだけ荷物を持って、マジディ部長と一緒にゆっくりと別荘に向かって歩いた。空気はひんやりと冷たくて気持ちがいい。

小さな橋でせせらぎを渡ると、木につながれたロバが草を食んでいる。

「あ、友達がいる」

そう言ったのは、マジディ部長である。アゼルバイジャン州のタブリーズ出身のマジディ部長の自虐的な冗談であった。イランのジョークでは、トルコ人(厳密にはアゼルバイジャン州の人)とロバとは同じことで、部下のいるときには絶対に言わない冗談である。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

(参考)アルボルズ山脈の中にある温泉
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# by eldamapersia | 2007-10-03 15:00 | 遥かなる遺産 Part3
マジディ部長は平山をベランダに誘った。別荘は小高い丘の上にあって、ベランダからは山村を見下ろすことができた。ベランダには鉄製の手すりが設えてあった。平山が周囲を見渡すと、小高い丘にいるとはいえ、周囲の岩肌を露わにしている山々はさらに1,000m以上も高いようだ。遠くの山には万年雪が見えている。

山村の家々をみると、村人だけではないようだった。大きな庭を持つお金持ちの別荘のようなものが見えた。平山は、イラン人のお金持ちってどういう人なのか考えをめぐらした。商人なのか、政治家なのか、土地成金なのか、もちろん知る術はない。

(参考)アルボルズ山脈の中の山村
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「ミスター・平山。静かだろう」
「はい、とても静かですね」
「都会の喧騒を忘れて自然の中で時間を過ごすなんて、最高だと思わないか?」
「そうですね」
「私は、政府の仕事と大学の講師、それにコンサルタント会社で働いている」
「三つも仕事をこなすなんて大変ですね」
「二つの仕事を持っているのは普通だよ」
「そうなんですか、でも、若い人たちには仕事がないのでしょ?」
「そうだな、それがこの国の問題だ」

マジディ部長は、ここで大きくため息をついた。

「ミスター・平山。面白いことを知っているかい?」
「どんな?」
「イランは禁酒国だが、禁酒でなかったパーフレビ王朝の時代よりも阿片中毒者の数が増えている」
「仕事にありつけない若い人たちが阿片中毒になるというのは、大きな社会問題ですね」
「この国の平均年齢を知っているだろう?」
「はい、30歳以下の若者だけで70%にもなるようですね」
「男は大学に行こうとしないで、直ぐに金になる商売にばかりに走る」
「それで大学が女子ばかりになるということですね」

平山には、マジディ部長の嘆きが分かるような気がした。問題の多い現状をみて、イランの将来を憂えているのである。平山には、イランのイスラム革命で王様や金持ちを追放した結果、みんなが豊かになるのではなく、反対にみんなが貧しくなってしまったように思えてならない。

谷間の日暮れは早い。陰がどんどん下から上がって来る。空気が次第に冷え始めて来た。

マジディ部長は台所に行くと、太い指で小さなナイフを使いながらキュウリとトマトを調理し始めた。そして、次に、ケバブを焼くために、バーベーキューセットみたいなものをベランダに用意した。燃料は炭である。

マジディ部長は、炭の一塊を小さな金網のバスケットに入れ、石油をかけて点火した。しかし、それだけでは炭が燃え出すことはない。バスケットには1mくらいの針金がついている。マジディ部長は、ベランダで針金の端を持ってグルグルと回し始めた。炭がパチパチと音を立てる。

平山は感心した。なるほど、これなら強風の屋外でも簡単に炭に点火できる。バスケットの炭は直ぐに赤い光を発し始めた。完全に火のついた炭の塊を、バーベキューセットみたいなところに敷かれた炭の上に置いた。そして、ブリキでできた小さな煙突を立てて、イランの団扇で煽り始めた。
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イランのケバブは大きな焼き鳥のようなものだ。マジディ部長は、味付けされた鶏肉の串を炭火の上に置いた。脂身だけの串があり、その脂がしたたり落ちるようになると、それを手に持って丹念に鶏肉になすりつけた。

鶏肉のケバブは、冷凍食品として売られているものだが、炭火で焼いたせいかとても美味しかった。平山は例によってウイスキーを持参していたので、冷蔵庫から氷を出して来て、マジディ部長に勧めた。彼は少しだけ飲んだが、それ以上は飲まなかった。マジディ部長も心臓に問題を持っていると言った。

この晩、平山はマジディ部長といろいろな話をした。どうしてイラン人が拝火教からイスラム教に改宗したのか、イスラム革命がどのように進められたか、イラン・イラク戦争のときのイランの様子、パーフレビ王朝時代の話、英国の介入の話など、話は深夜まで続いた。



「ミスター・平山。主人はようやく働き始めました」
「そう、良かったね」
「はい、でも、まだ軽い仕事だけのようです」
「しかし、本当に奇跡のようだね、あれだけの大事故だったのに」
「はい、神に感謝いたします」

アツーサとは二年も一緒に仕事をして来たのだから、平山にはアツーサの考えていることはだんだん読めて来ている。ご主人の交通事故の連絡を受けたとき、放心状態にみえたアツーサだが、ご主人をなくしたらどうやって子供と暮らしていくのか、そんなことを考えていたのだろう。

平山がみていて、アツーサが心配性なのが分かる。アツーサは、平山が帰国したら、その後どうしたらいいのか、そんなことを考えていることもある。イランでは学歴のある女性といえども、意外といい働き口がないものなのだ。大学でも仕事をしているマジディ部長だが、最近の学生は女子ばかりだと嘆いていたことがある。

「ミスター・平山。週末からの三連休を利用して、私の実家に行きませんか?」
「遠いのでしょう?」
「車で7時間くらい掛かると思います」
「ご主人はどうするの?」
「主人は仕事があるので、子供だけを連れて行きます」
「アライーの車で?」
「はい、できれば・・・」
「そう、じゃぁ、アライーに頼んでみよう」

平山は忘れていたことだったが、アツーサの実家に行くということを前にその話をしたことがあった。アツーサのご主人が自宅で療養生活をしているということもあり、そんなことは完全に忘れていたのだった。



木曜日の朝、アライーの運転でアツーサと子供のカリムが平山のアパートにやって来た。イランでは、天気の心配をする必要がないのがいい。いつも快晴である。なにしろ年間雨量200mmという世界である。しかし、アルボルズ山脈を越え、カスピ海周辺になると話は違う。年間降水量は日本並みにある。

アパートを出て30分も高速道路を走るとテヘランの郊外になる。周囲は樹木のない、岩山ばかりである。その岩山を縫うようにして道路が作られている。テヘランからカスピ海方面に出るには、2ルートあり、今回アライーは東回りのルートを選んだ。

標高がどんどん上がっていく。周囲の山々の頂上付近には、まだ雪が残っている。冬には格好のスキー場となり、テヘランからのスキーヤーたちで賑わうのだ。やがて、ダマヴァンド山が見えて来た。標高5,670mのイランの最高峰である。もちろん万年雪に覆われている。頂上がカルデラで扁平なら富士山のように見えるのだが、こちらは頂上まで尖がっている。

やがて、車はアルボルズ山脈越えの一番高いところに到達した。3,000mくらいの標高だろう。そこには、エマムザデハシェムという聖地がある。平山には、詳細は分からなかったが、こういうエマム(聖人)にまつわる聖地はイランの各地にあるものだ。

(参考)エマムザデハシェム
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平山たちが目的地に着いたのは、もう既に暗くなってからだった。食堂でお昼を食べ、休憩しながらの移動である。アツーサの子供のカリムは、車の中ではひたすら眠っているが、一度車を降りると元気一杯で走り回っていた。それらが、時間が予想以上に掛かった理由であろう。

アツーサの実家は、小さな町の外れにあるようだった。それでも、道路は街頭がつき、整備されていた。実家は道路に面したところにあった。大きな敷地らしく、門が開いてもさらに車で中に進んだ。玄関には、頭髪の薄くなったアツーサの父親と母親が迎えに出てくれていた。

ようこそ、ここはあなたの家です、平山にはペルシャ語は分からないが、多分、そんな挨拶だろうと思った。平山は、ペルシャ語でありがとうというのが精一杯であった。アツーサはカリムの世話で忙しく、通訳不在だったのである。

二泊三日の日程である。平山は着替えやウイスキーを入れたバッグを持っていた。アツーサは、挨拶や紹介の後、平山をベッドのある部屋に案内した。割り合い大きな家のようであった。

平山が荷物を置いて部屋を出ると、そこは広いリビング兼ダイニングルームだった。まずは、リビングにあるソファーでくつろいだ。カリムは、実家にあるいろいろな玩具で遊んでいる。運転手のアライーもリビングで一服である。ただ、彼は遠慮してか、一番端のソファーに座っている。

アツーサの両親は、英語を話さない。したがって、アツーサは仕事でもないのに、平山の通訳をしなければならなかった。カリムの面倒、通訳、母親の手伝いと一人三役をこなさなければならない。アツーサの両親は、どちらもとても穏やかな性格の持ち主で、平山はまったく緊張せずにくつろぐことができた。

そして圧巻は、アツーサの母親による手料理であった。イランでは、レストランのメニューというのは大体決まっていて、もっぱらラム肉のケバブばかりである。平山は、これにはすっかり辟易していたのだが、家庭料理となると話が違う。そして、夕食が始まる頃になると、アツーサの弟夫婦がやって来て合流した。こちらは英語が話せるので、アツーサは通訳から逃れることができた。

イランの家庭料理は、レストランのものとはまったく違っていた。ケバブはあったが、チョウザメのケバブであり、メインはガチョウの丸焼きだった。シャーミーというハンバーグのようなものもあった。味付けは、果物、ハーブ類を使っているという。キュウリやトマトのサラダも用意されていた。サフランライスのおこげも面白いものだった。

(参考)チョウザメのケバブ
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平山は両親の許可を得て、持参したウイスキーを飲んでいる。もちろん両親はイスラム教徒だが、そんなことにはちっとも構わないのであった。もちろん、ウイスキーを飲んでいるのは平山だけであった。飲酒について話を聞くと、父親は飲めないことはないが、心臓に問題があるため飲まないということであった。

平山が気がついたことは、カリムが遊んでいるところにあるテレビが、衛星放送で外国からの番組をやっていた。女性が髪の毛を露出しているので直ぐに分かる。しかも、その姿は日本のテレビ番組で見るものと変わりがなかった。

食事は、11時頃にようやく終了したが、眠ってしまったカリム以外は全員リビングにいた。お開きになったのは、もう1時を過ぎた頃であった。

翌朝、平山が目を覚ますと、家の中では何の物音もしなかった。まだ、みんなが眠っているようであった。平山は目が覚めてしまったので、庭に出てみることにした。部屋から出ると、リビングの隅で運転手のアライーが眠っていた。大きな家でもベッドルームには限りがあるようだ。

朝の光の中、外に出てみると、やはりそこは大きな庭であった。大きなフェニックスがあり、ミカンの木、ビワの木などが植えられていた。300坪はあるだろうという広さである。庭には何種類もの花が見られたが、平山には、バラ、マリーゴールド、ストック、ゼラニウム、ナデシコ、キンレンカなどが認識できた。

穏やかな朝は、そこまでだった。平山がのんびりと庭の花を見ていると、家の中が騒がしくなったのだ。アツーサが家を飛び出して来た。平山には何が起きたのか、さっぱり分からない。

「アツーサ!どうしたの?」
「カリムがいないの」

アツーサはそう言うと、裏庭に走って行った。平山は、昨夜早く寝たカリムが、朝早く目を覚まして遊びに出たのかと思った。しかし、事情は違ったようだ。アツーサは直ぐに裏庭から戻って、平山に訊いた。

「ミスター・平山。玄関の鍵はかかっていましたか?」
「いや、開いていました」
「そうですか・・・」
「鍵をかけているのですか?」
「もちろん」
「ってことは、カリムが開けたってこと?」
「そうかも知れません」
「部屋はどうなっているの?」
「カリムがいないだけで何も変りはありません」
「外に出たのかなぁ・・・」

アツーサはそのまま家の中に入って行った。平山もアツーサを追いかけるように家の中に入った。アツーサは真っ青な顔で父親となにやら話をしていた。ペルシャ語の分からない平山は、カリムがみつからないと騒いでいるのだろうと思った。

そうしていると電話が鳴った。アツーサも父親も真剣な眼差しで電話を見た。このとき、平山に悪い予感がよぎった。まさか、誘拐なんて・・・ こんな田舎で・・・

電話を取ったのはアツーサの父親だった。あんなに明るくて、優しいアツーサの父親だったが、電話での話しは沈鬱そのものだった。アツーサも真っ青な顔色で父親の様子を窺っている。やがて、父親は受話器を置いたが、その顔は苦悶に満ちたものだった。あまりにも深刻な様子に平山はアツーサに説明を求めることも躊躇された。

アツーサは父親となにやら話をしている。平山にもカリムのことだろうとは察することができた。その時、アライーが起きて来た。それに気がつくと、父親は愛想だけの挨拶をして、奥の部屋に消えた。アツーサは、無言のまま父親を追って行った。

平山はアライーを見て、自分には何が起きているのか分からないという仕草をした。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
# by eldamapersia | 2007-10-03 14:00 | 遥かなる遺産 Part3