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イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

遥かなる遺産 Part5(2)

平山が、岡野のアパートで話している。岡野がしみじみと言った。

「それにしても、3,000年もの間、壊れないマシーンというのはすごい技術だなぁ」
「電化製品の会社だったら潰れちゃうだろうけどね」
「使っていれば、消耗品には寿命があるだろう」
「使ってなくても、あちこちがおかしくなるものだけどね」
「そこが違うってことだろう」

「ところで、岡野さん、湖底の土砂の下の宇宙船には接近できないのだろうか?」
「絶対とは言わないけど、相当難しいねぇ」
「爆破したらどうだろうか?」
「そんな爆弾、手に入らないだろ?」
「そうだなぁ・・・」
「まあ、諦めるしかないだろう」
「悔しいなぁ」
「確かにな、母船にはいろいろな未来の技術と情報があるだろうなぁ」
「自然科学は、まだ我々の手に負えないだろうけど、戦争を避ける知恵は貴重だ」
「そんなものがあると思うか?」
「ミソラとアリマが共存していたのだからねぇ」
「宇宙船の中の一時的なものかも知れない」
「スルガ艦長、彼の能力をどうしても知りたいんだ」
「アツーサは知らないのか?」
「知っていたら、苦労しないさ」
「それはそうだな」

平山は、スリランカ人のシェフが夕食を用意しているので、岡野のアパートを早々に引き上げた。

平山は、岡野との話で出たアツーサのことを考えている。現在、彼女は問題を抱えているのだ。テヘランの不動産バブルは継続していて、アパートの家賃が年々値上がりしているというのである。平山はアツーサの給料をインフレに合わせて上げているのだが、追いつかないらしいのだ。アツーサは移るためのアパートを探していた。

テヘランで暮らすためには持ち家でないと相当苦しい。一人分の稼ぎは賃貸料に消えてしまうのだ。持ち家でも、子供のいる世帯では、質素な暮らしで月に500ドルは必要だろうし、普通の生活をするためには1,000ドルくらいは必要だろう。

平山は、ときどきアツーサが暗い顔をしているのを見ることがある。そういうときは決まって将来のことを考えているのだった。家賃のこと、自分の仕事のこと、これからかかる子供の教育費のことなど、テヘランで生きるというのは厳しいことのようだ。

カスピ海の実家に行くのはどうかと訊くと、ご主人の仕事の関係でテヘランでないといい仕事がないという。

平山はいつものように5時半に起きた。早起きのようだが、実際の理由は日本との時差にある。インターネットで日本人との交信はできるのだが、イランで夜の9時頃になるとみんなが就寝してしまうのだ。おやすみの挨拶で自分まで眠くなってしまい、早く眠る習慣が身についてしまったのだ。

書斎から見えるアルボルズ山脈を眺め、のんびりした朝を過ごすのが日課であった。アライーの運転する車は8時まで現れない。

そうしていると、足元がゆっくりと大きく揺れ始めた。地震だ。アパートの構造のせいだろうが、非常にゆっくりした気持ちの悪い揺れである。揺れは次第に大きくなった。平山は10階に住んでいるが、地震のときにエレベータを使う訳にもいかない。飛び降りるには高過ぎた。

逃げ場のない平山は覚悟した。こうなったら他のビルの倒壊でも見てやるぞ、そんなヤケクソの気分だった。平山のアパートは高層ビルで構造がしっかりしているが、普通の5階建てのビルは下から組み上げていく地震にはもっとも弱い構造のものだ。

長い大きな揺れはようやく静まった。平山は急いでテレビのスイッチを入れて、普段はみないイランの番組にしてみた。しかし、日本のように直ぐに地震情報が出ないようだ。

「ミスター・平山、おはようございます」
「おはよう。すごい地震だったね」
「はい」
「あれだと、どこかで大きな被害が出ているんじゃないかな」
「カスピ海の方のようです」
「え!実家は大丈夫?」
「まだ分かりません、電話が繋がらないのです」

平山が地震の情報を得たのは、オフィスに着いてからだった。アツーサによると、震源地はカスピ海らしい。平山は、地震だけでなく、地震による津波を考え、アツーサの実家がますます心配になった。アツーサは携帯電話でようやく現地の状況を知った。幸い、実家の方にはあまり被害はないらしい。しかし、カスピ海沿岸地域の地震による被害は甚大であった。

イランは地震のある国である。テヘランでもいつ地震があってもおかしくない。しかし、5階建てのビルは下から組み上げるタイプのものだし、貧しい人々の家は煉瓦造りである。もしも、テヘランに大きな地震が来たら、数十万人もの死者が出てもおかしくないのだ。

アツーサの携帯電話が鳴った。平山は、何か悪い知らせかと思った。しかし、電話から岡野からだった。

「カスピ海で地震だって?」
「うん、アツーサの実家は被害はないそうだ」
「そっか、それは良かった」
「心配してくれていたのか」
「あ、うん、それもあるけど」
「え?」
「宇宙船、どうなったかなぁ?」

平山には、岡野の言いたいことは分かったが、今は地震の被害の援助のためにアルボルズ山脈を抜けるルートは大変だろうし、あの山道そのものの土砂崩れがあるかも知れない。宇宙船のことは、今は考えないようにした。

平山のオフィスに突然の来客があった。事前に連絡もなく、日本人が現れたのだ。黒いスーツにサングラスという、いかにもその筋と分かるようなスタイルであった。

「まぁ、どうぞ、お座りください」と言い、平山は客人をソファに案内した。
「有馬の使いで参りました」
「有馬さん?」
「有馬組、ご存知ないですか?」
「すみません」
「そうですか。彼からのメッセージをお伝えします」
「人違いのような気がしますが・・・」
「『自分のことを知りたければ、宇宙船に行くことだ』ということです」
「え!」

平山は絶句した。どうして、この男が宇宙船のことを知っているのだ。平山は混乱した。アツーサは日本語が分からないが、男の雰囲気の怪しさからか、睨みつけている。

「それだけです。では、失礼します」

黒いスーツの男は部屋を出て行った。

「アツーサ、あの男、宇宙船のことを知っていた」
「え?どうしてでしょうか?」
「誘拐犯の一味かも」
「誘拐犯はミニ・シャトルのことは知っていても、宇宙船のことまでは知らないのでは?」
「そう思っていたが・・・」
「それで、何て言っていたのですか?」
「『自分のことを知りたければ、宇宙船に行くことだ』だって・・・」
「そんな・・・」
「有馬という人からのメッセージらしい」
「え!ア・リ・マですか?」
「ああ、そうだ」
「まさか、あのアリマ?」
「そんなはずはないだろう。バカバカしい」
「本名でなくても、そう名乗ったのかも知れません」
「むむむ、そういうことなのか・・・」

平山は、直感的に罠だと感じた。アリマという人、平山を宇宙船に向かわせたいらしい。なぜか?宇宙船がほしいのか?しかし、その場所を知らないのかも知れない。

「しかし、あの男、サングラスを外さないなんて失礼なやつだ」
「ミスター・平山、いいえ、あれはプロテクションです」
「え?どういう意味?」
「彼の心の中が読めませんでした」
「うひゃぁ、アツーサはそんなこともできるのかよ」

平山の心の中には大きなジレンマが生じた。宇宙船のことなど今回の事件に巻き込まれた自分のことは知りたい、しかし、そのために行動すれば敵の罠にはまるかも知れないのだ。しかし、敵の罠は巧妙だった。平山はその誘惑に抗うことはできないようである。

平山は考えている。こちらにはアツーサがいる。それでも敵に対抗する術があるのだろうか。アツーサは、あのサングラスが読心術あるいは催眠を防ぐプロテクターだという。アリマと名乗るだけのことはあるようだ。

「アツーサ、それで、ミニ・シャトルはどこにあるの?」
「さあ、どこでしょう?」
「こらこら、からかわないでほしいな」
「実家にあります」
「そうか・・・」

平山には不思議に思えてしょうがない。アツーサにはすごい能力があるというのに、自分にはそういうものは何もないのだ。それがどうしてこんな厄介な事件に巻き込まれなければならないのだ。たまたまアツーサを秘書として採用したから、そんな役割を負わされただけではないのか。

平山が、そうやって自分自身を納得させていたところに、アリマの使いがやって来た。彼のメッセージによれば、平山がイランに来るようになって、事件に巻き込まれたのは必然というような話なのだ。平山は、自分自身が選ばれなければならない理由はどこにもないと思った。

「アツーサ、実家に行こう。敵の罠でも構わない。アツーサの力を信じたい」
「そうですか、分かりました」

アツーサは、不本意ながら承諾するという態度だった。そもそも、こんな事件に巻き込んだのはアツーサじゃないかと思う平山である。



こちらは、葉巻の煙が充満した薄暗いオフィスの中である。黒服の男たちが話をしている。

「有馬組長」
「社長と呼べと言ってるだろうが」
「へい、すんません。では、有馬社長。やつら動き出しましたぜ」
「動かなければ、動かすまでよ。がはは」
「では、ヘリコプターにどうぞ」
「イラン人は、チャガタイだけを連れて行く」
「へい、分かりやした」



一方、航空関係コンプレックスのシャフィプール大佐のオフィス。大佐は秘書からの電話を受けている。

「例の日本人か。そうか。待機させてある部隊を出動させろ、尾行に気づかれるな」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
by eldamapersia | 2007-10-03 04:00 | 遥かなる遺産 Part5