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イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

遥かなる遺産 Part6(2)

人の声が聴こえて来た。鉄格子の向こうに現れたのは、ダルヴィシュとナスリンだった。ナスリンが口を開いた。ダルヴィシュはサングラスをしている。

「お二人さん、そこでずっと大人しくしていてね」
「ミスター・岡野は無事でしょうか?」とアツーサが訊いた。
「ああ、まだ生きているよ」とナスリン。
「私たちを解放してください」
「それはダメだね。面倒なことになる」

とナスリンが言うと、ダルヴィシュが低い声でナスリンに言った。

「余分なことは言わないことよ」
「じゃぁね、食べ物はちゃんと与えるから、大人しくしてなさいね」

二人は身を翻すと去って行った。平山には、二人の黒いチャドルが魔女のマントのように見えた。

「アツーサ、何を話していたの?」
「私たちを殺す気はないみたいだけど、ずっとここにいなさいですって」
「私たちに何かをやらせる気なのかな?」
「閉じ込めておくことが目的のようでした」
「それは変だなぁ・・・ 殺せば簡単だろうに・・・」
「ミスター・岡野は無事のようです」
「どういうことなんだ?」
「まだ生きていると言ってました」

平山が耳を澄ますと、洞窟の奥から機械の音が聴こえて来た。どうやら、この洞窟の中には工場のようなものがあるようだと平山は思った。

「あ!アツーサ、ひょっとして・・・」
「どうしたのですか?」
「殺さない理由というのは、アツーサのミトラの能力を封じ込めるためじゃないかな?」
「え?」
「殺してしまったら、ミトラはアーリマンと同じようにまた誰かを探すだろう?」
「それが『面倒なことになる』という意味ですか」
「そういうことじゃないかな」
「なるほど、閉じ込めておけば、力が封印できるということですね」

平山は、ここまで考えて、また疑問が浮かんだ。

「では、どうして岡野さんは殺されるのだろうか?」
「『まだ生きている』という意味ですか?」
「うん。まさか、岡野さんのアーリマンの能力がほしいというのか」
「じゃぁ、ミスター・岡野は殺されるのでしょうか?」
「そうかも知れない。でも、どうして直ぐに殺さなかったのだろうか・・・」
「・・・」
「考えられることは一つだな。ダルヴィシュがその能力をほしがっているのかも知れない」
「それがどうして直ぐに殺さないということになるのでしょうか?」
「殺す前にいろいろやってみるんじゃないかな。だって、岡野が死んでもアーリマンがダルヴィシュに取り付くかどうかは分からないだろう。殺すのは最後の手段じゃないかな」
「じゃぁ、ミスター・岡野、これから拷問に合うのかも・・・」
「岡野さんを助けないと。でも、その前に自分たちだ・・・」



「こんな薄暗いところでサングラスなんてやってられないよなぁ」
「ナスリンはサングラスをやってないじゃないか」
「サングラスのせいで食事が不味くていけないや」
「あの二人は閉じ込めてあるんだし、問題ないだろう」
「そうだな」

平山とアツーサの二人を見張っている二人の男たちがサングラスを外した。

サングラスがなければ、アツーサの出番である。鉄格子の鍵を手に入れることは簡単だった。守衛の二人は、アツーサによって深い眠りに落とされた。平山は、彼らの拳銃を手にした。

平山とアツーサは、鍾乳洞の奥へ進んだ。鍾乳洞はいくつもの分かれ道があったが、音のする方向に進むと、広い空間が現れた。壁面には放射性物質を取り扱っているという表示がつけられ、白い作業着を着た人たちが働いている。

「やばいなぁ。放射能かよ・・・」
「じゃぁ、作業着を奪いましょう」

アツーサは、簡単に作業着の二着を手に入れた。もちろん、着ていた二人は守衛と同様に深い眠りに落とされた。アツーサは小柄なので、作業着がダブダブだった。しかし、この際、贅沢は言っていられない。放射能を浴びる訳にはいかないのだ。

作業着のせいで、広い洞窟内の移動は簡単になった。作業中の人間に目撃されても問題はなかった。もっとも作業は、隔離された小部屋でなされているようで、通路までの放射能汚染の可能性は低いように思われた。

「おい!お前たち、見たことのない連中だな」

と声を掛けたのは、工場の責任者のような男だった。立派な階級章のようなものが胸についていた。平山たちは、近くの会議室に入って行った。もちろん、すべてアツーサの誘導である。

「丁度良かったわ。これで内部のことが分かります」
「なるほど、彼から情報を入手すればいいんだね」
「はい、ちょっと待ってくださいね」

そういうとアツーサは、男の目をじっと見つめていた。アツーサの作業が終わると、男はぐったりとして深い眠りに入って行った。

「中のことが分かりました。ここはかなり大きな施設です」
「それで、何を作っている工場なの?」
「核兵器です」
「え!こんなところで?」
「でも、イラン政府のものではないようです」
「なんと、ダルヴィシュが自分でやっているのか?」
「背後までは分かりませんが、そのようです」
「一体何を考えているのやら?」

アツーサは薄暗い大きな鍾乳洞の中を先導して行く。アツーサは迷路のような通路を完全に理解しているのだ。アツーサにかかっては、心の中まですべて読まれてしまいそうだと平山は思った。

アツーサはしばらく進むと、止まって耳を澄ませた。平山はアツーサの指示に従い、近くの小さな脇道に隠れた。アツーサは聞き耳を立てている。平山には工場からの騒音しか聞こえないが、アツーサには何かが聴こえているようだった。

「ミスター・平山、ダルヴィシュとナスリンが話をしています」
「何を話しているの?」
「ちょっと待ってくださいね」

平山がアツーサを見ていると、アツーサが耳で聴いているのではないような気がした。耳を澄ますというよりも、一心に集中しているように見えたのだ。

「ハルマゲドンと言っています。イスラエルに核ミサイルを撃ち込んで、第三次世界大戦を招こうとしているのです」
「イランから核ミサイルがイスラエルに飛ぶなんてことになったらそれこそ・・・ でも、どうしてそんなバカなことをするんだ」
「ミスター・平山、ハルマゲドンってご存知ないですか?」
「世界の終末のことだろう、終末戦争のことだったかな?」
「今の世界、それを待っている人たちがいっぱいいます」
「バカバカしい。そんなのは狂信的な人たちだろう」
「終末戦争の後、人々が真に救済されると信じている人たちは大勢いますよ」
「でも、ダルヴィシュたちがそれを望むなんて・・・」

平山には信じられないような話だった。アツーサは続けた。

「彼女たちの目的は、ミトラとアーリマンの協力体制のようです。だから、ダルヴィシュはミスター・岡野のアーリマンがほしいのです」
「狂ったミトラの分身とアーリマンとの協力体制なんて、まさに最強、最悪だなぁ」
「ハルマゲドンによって強国が衰退し、その後に彼女たちの世界が来ると信じているようです」
「世界制覇かよ、狂っている・・・」
「ミスター・岡野を殺しても、アーリマンがダルヴィシュに憑依するかどうか分からないので、まだ殺さないでいるのです」
「なるほど、それで、岡野さんはどこにいるの?」
「まだ分かりません。彼の体力の弱るのを待っているのかも知れません」
「ということは、いずれダルヴィシュは岡野さんのところに行くということか?」
「それは間違いありません」
「時間の問題か・・・」
「待ちましょう」

平山は、とんでもない事件に巻き込まれたものだと思った。これが夢であったら覚めてほしいと願った。

平山とアツーサはそれほど待たなくて済んだ。ダルヴィシュたちは間もなく行動を起こしたのだ。平山たちはダルヴィシュとナスリンの後をつけた。ダルヴィシュはともかく、ナスリンはアツーサと同じような能力を持っているという。

平山たちの尾行は、目視ではなくアツーサの能力が頼りであった。あまり接近するとナスリンが気が付くかも知れないのだ。岡野のいるところには誰もいないだろうと平山は思った。他の誰かにアーリマンが憑依してしまったらダルヴィシュの夢は壊れてしまうからだ。

迷路のような通路は少し下がっているようだった。通路には水が溜まっている。冷たい地下水が靴の中に浸入して来た。

平山からは見えないところだが、岡野が地底湖に沈められている。冷たい水温のため岡野の意識は朦朧としている。ダルヴィシュが叫んだ。

「アーリマン、おお、アーリマン、どうか私のところに来ておくれ
「私はそいつよりずっと強い。ハルマゲドンを助けておくれ」

地底湖は静寂を保っている。岡野は意識を失ったようだ。アーリマンが岡野の意識を支えていたのかも知れない。岡野は冷たい水の中に沈んで行く。

ダルヴィシュの勝利の声が響いた。

「あはは、遂にやったわ!これで世界は私のものよ」

次の瞬間、

「だぁああああん」

と銃声が鳴り響いた。洞窟の中である。大きな反響を伴った。しかし、平山の狙いでは的を射ることはできなかった。平山は拳銃など扱ったことなどないのだ。

ナスリンが平山とアツーサの方を向いて、きっと睨みつけた。ナスリンの大きな瞳が燃え上がった。しかし、平山にもアツーサにも何も起きない。平山は再度拳銃を構え、狙いをつけた。

「ちっ、ダメだ」

とナスリンは吐き捨てるように言った。ダルヴィシュとナスリンは急いで地底湖から出て行った。アーリマンとミトラの分身でも銃には敵わないようだ。

平山とアツーサは、急いで岡野のところに向かった。地底湖の底は浅い。平山は水の中に足を入れて岡野を引き上げた。急いで人工呼吸をした。アツーサは、岡野の冷え切った体を手で温めている。岡野は息を吹き返した。

一方、ダルヴィシュは地底湖から急ぎ足で工場の方に向かっている。ダルヴィシュがナスリンに言った。

「ナスリン、どうしてお前のパワーが使えないの?」
「分かりません。彼らには通用しないのです」
「アツーサに通用しないのは分かるけど、どうしてあの男に通用しないの?」
「こんなことは初めてです」
「あの男もミトラの分身なの?」
「ミトラは女性にしか憑依しません」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

(参考)ハマダン州にあるアリ・サドル地底湖
遥かなる遺産 Part6(2)_e0108649_902368.jpg

by eldamapersia | 2007-10-02 22:00 | 遥かなる遺産 Part6