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イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

遥かなる遺産 Part5(1)

平山は、いつものように5時半に起きて、書斎のデスクに向かい、電話回線でインターネットに接続し、電子メールをチェックした。すると、岡野からメールが来ていた。

メールには、宗教のことが書かれていた。

「ミトラ教は、アーリア人がミトラを神とした宗教で、イラン北西部にいたイラン・アーリア人のミトラ信仰が元になって、ミトラ教が作られた。その後、分派として拝火教が作られた。

「拝火教では、善の神アフラ・マズダと悪の神アーリマンが絶え間なく戦い、最後に悪は敗北し、世界は終末を迎え、人は最後の審判を経て救済されるという。

「ユダヤ人は拝火教から終末論を採用し、ユダヤ教を作り上げた。それがキリスト教にも受け継がれている。

「一方、インド・アーリア人は、ミトラ信仰を元に、土着の信仰を取り込んでバラモン教を作り、そこからさらにヒンドゥー教や仏教が作られた。仏教の「弥勒」の起源もミトラといわれる。

「ユダヤ教とキリスト教、それにイスラム教が同じ起源をもつことは周知のことであるが、ミトラ教まで遡ると、ヒンドゥー教や仏教まで同じ起源といえる。」

岡野は、ミトラ教の他の宗教に与えた影響について調べたようだ。そして、ミトラ教がすべての原始宗教の起源だったというのだ。

平山は、この1年間に自分たちがやったことが空恐ろしいように思えた。3,000年前に宇宙から来た3人によって人類全体が大きな影響を受けているのである。3人の肉体は死んでしまったが、彼らの伝授したもの、そのスピリットはしっかりと根付いているのだ。

宗教上では、善と悪との戦いと表現されているが、実際は精神科学と自然科学との戦いである。無秩序な武器開発のため多くの犠牲者を出したことから、自然科学を悪の権化とみなしたようだ。実際問題、野放しでの自然科学の進歩は怖いものである。アインシュタインは、核兵器の出現なんてまったく予想していなかったのだ。

一方、精神科学が勝り過ぎると、自然科学の進歩が止まってしまう。さらに、人々は客観的事実が伴わない理不尽な支配を受けることにある。歴史上、地球が丸いということ、地球が太陽を周回しているということが、事実として認められないという時代があった。

そして、もう一つの要素として社会科学の概念がもたらされている。法律による公平な扱いと秩序の維持、これは国の統治において大変有用なものであろう。しかし、この三要素があっても、依然として世界平和は実現できていない。

その後、地球に来たのは3人であったが、元々は4人のグループであったことが分かった。地球に辿りつけなかった一人の能力についてはまったく分からないが、3人を統率していたことから、三要素を統括できる可能性がある。平山は、この4人目の能力を知りたくてたまらない。戦争を回避するために不可欠な要素に思えるからだ。

平山のアパートに岡野が夕食を食べに来ている。平山がスリランカ人のシェフを雇っているからだ。シェフと言っても、掃除などいわゆるメイドの役をこなしているのだが、以前はスリランカ大使のシェフをやっていたそうで、その腕前はプロのシェフである。

「平山さん、ミトラの分身はアツーサだけだと思う?」
「え?彼女はギーラーン州の出身だし、特別だと思っていたけど」
「彼女だけが受け継いでいるなんておかしいと思わない?」
「いや、まぁ、そうだけど・・・」
「昔からいたんじゃないかな、ああいう能力を持った女性って」
「まさか・・・ 魔女とか?」
「まさにそうじゃない?」

岡野にアツーサのことを魔女と言われて、平山は驚いた。確かに、アツーサの能力を考えれば、魔女と呼んでもおかしくないと思う。イランに魔女狩りがあるかどうかは知らないが、彼女が自分自身の能力をひたすら隠すのはもっともなことだと思った。

「平山さん、女性には男性には理解できない能力があるんじゃないかな?」
「というと?」
「女の第六感とか、ミトラの能力は男には引き継がれないんだろ?」
「そのようだけどね」
「女性は物理的な力が弱いから、その分精神的な能力が強いんじゃないかな」
「そういうものかねぇ・・・」
「女性はみんな、強さの程度は違うけど、ミトラの能力を持っているのかも知れないよ」
「女性になったことがないから、分からないけどな」
「男なんてみんな、女性の掌の中で踊らされているだけかもよ」
「歴史の裏に女ありっていうね」
「犯罪の裏にじゃなかったかな」

平山は思う。どうも男には女性に対するコンプレックスがあるようである。よく問題になる女性の社会進出への差別というのは、このコンプレックスの裏返しのような気もする。そして、男は所詮母性には敵わない。

「ミトラのスピリットが西に伝わって、そこで魔女の存在が発覚したんじゃないかな」
「魔女狩りは、集団ヒステリーの結果だろうに」
「集団催眠にも似たようなものじゃない?」
「魔女が使うのは箒じゃなくて、スライダーだったとか?」
「あはは、まさか。でも、飛ぶように見せることはできただろう」

平山はアツーサの能力を考えていると、ふと自分たちのことを思った。

「でもさ、今回の事件に巻き込まれた私たちって何だろうか?」
「平山さんにはマツダの能力があるとかアツーサが言っていたんだろ?」
「私には法律の知識なんてないよ」
「そんな具体的なものじゃなくても、何かがあるんじゃないか?」
「残念ながら、何もないね」
「きっと何かあるさ」

ミニ・シャトルを隠してしまうことで問題が解決したのではなかった。空軍のシャフィプール大佐は、ミニ・シャトルの秘密を探るために平山たちを泳がせていたのである。シャフィプール大佐が部下に指令を出している。

「いいか、しっかり見張ることだ」
「はい」
「あの未確認飛行物体、カスピ海に沈んだという噂がありますが」
「やつらがそんなことをするはずがないだろう」
「はぁ。やつらは何者でしょうか?」
「分からない。どこかのスパイかも知れない」
「戻って来たというのが分かりませんね」
「まだ何かをする気なのだろう」
「捕まえて、泥を吐かせましょうか?」
「いや。いずれ動き出す。やつらに悟られるな」
「チャシム」
「まさか、国外に逃げ出すことはないとは思うが・・・」
「アガエ・シルダムは何も知らないようですが」
「ああ、あれはいい。利用されただけだ」
「はい」



一方、弁髪のチャガタイは部下と話をしていた。

「チャガタイさま、大丈夫ですか?」
「俺は、カスピ海で一体何をしていたんだろうか・・・」
「ミニ・シャトルのこと、思い出せないのですか?」
「ミニ・シャトルって何のことだ?」
「1億ドルのことは?」
「なんだそりゃ?」
「アツーサのことは?」
「アツーサ?」
「変な日本人二人のことは?」
「日本人?クソっ、ダメだ、何も思い出せない」
「では、ミスター・有馬が来るというのは?」
「ああ、思い出した。ボスが来ることになっていたな」
「へい、明日ですぜ」



平山のオフィスでは、

「アツーサ、どうしても宇宙船のことが諦めきれないのだが」
「湖底に土砂の下に埋まっているものにどうやって接近するのですか?」
「そこが問題なんだなぁ」
「無理ですよ」
「でも、宇宙船の中には戦争を防げる知恵があるかも知れないんだよ」
「どうでしょうか・・・」
「宇宙船なら、いろいろな情報が積み込まれているはず」
「個人情報もあるかも知れませんね」
「そうなんだ」

黒塗りの大型ベンツが止まった。運転席と助手席から男が二人降りて来た。助手席の男が後ろのドアを開けた。降りて来たのは、やや小柄で小太りの坊主頭の男である。3人は、サングラスをかけ、黒いシャツに、黒いスーツを着ている。ネクタイは暗い色である。

運転席から降りて来た男が、門にあるインターフォンのボタンを押した。それから1分もしないうちに、チャガタイとその部下が門のところにやって来た。

「ボス・有馬、ホシュアマディード、ハレショマーチェトレー?」
「日本語で話せ、何を言ってんだか分からん」

坊主頭の男は、チャガタイの握手を無視して、ポケットから葉巻を出すと、先端を喰いちぎった。一本が1万円もするハバナである。脇にいる黒い服の男は、すかさずジッポのライターを差し出し、葉巻に火を点けた。

全員がチャガタイのオフィスに入ると、話が始まった。坊主頭は、黒い服の男の通訳を介して話を聞いている。

「ブツの取引の方は順調らしいな」
「へい、警察とは仲良くしていますんで」
「需要は増加している。アフガニスタンからはどうだ?」
「へい、一時は減りましたが、今は持ち返してまさあ」
「よし、引き続き頑張ってくれ」
「へい」
「で、UFOとやらはどうなった?」

坊主頭にこの話をされて、チャガタイは当惑した。どうして知っているのか、部下がボスに知らせたのだろうか・・・ チャガタイには、UFOの伝承とそれを探し始めたときの記憶しかないのだ。

チャガタイの代わりに部下がミニ・シャトルのことを話し始めた。アツーサのこと、誘拐のこと、催眠術にかけられたこと、カスピ海でのこと、それらを話した。話を聞き終えて、坊主頭は言った。

「そうか、ミトラの分身が出現したのか・・・」
「へい、アツーサの目を見ないようにはしたんですが」、チャガタイが答えた。
「バカめ、記憶まで消されおって」
「面目ない」
「ミニ・シャトルはどこかにある」
「またアツーサの子供を誘拐してみましょうか?」
「いや、やつらにミニ・シャトルを使わせるのがいい」
「というと、いずれ宇宙船に接近しようとするってことだよ」
「宇宙船?」
「ああ、母船だな。ミニ・シャトルは短距離移動か作業用だ」
「なるほど」
「動き出さなければ、動かなければならないようにするまでだ」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
by eldamapersia | 2007-10-03 05:00 | 遥かなる遺産 Part5