イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

カテゴリ:遥かなる遺産 Part6( 5 )

平山はアツーサと一緒に岡野のいる病院に向かっていた。岡野は大分回復していて、退院はもう直ぐのようだった。

「なぁ、アツーサ、岡野に乗り移っていたアーリマンのスピリットはどうなったんだろう?」
「消滅はしないはずですけど」
「そうか、やっぱり心配だな」
「普段の状態ではアーリマンが現れることはないと思いますけど、何か特別なことが起きたらと思うと心配です」
「アツーサの力でなんとかできないの?」
「できません・・・ ただ・・・」
「ただ?」
「いいえ、何でもありません。気にしないでください」
「気になるなぁ」
「岡野さんが生きている限りという意味です」
「ああ、そうか。死んでしまえば、アーリマンのスピリットが出て行くということか」

平山の危惧はやはり当たっているようだ。アーリマンが現れると、もはや岡野自身ではない。そして、アツーサにはどうにもできないという。

車が病院に着くと、平山とアツーサは岡野の病室に直行した。イランの病院には面会時間というのはないようだった。アツーサのご主人が事故で入院したとき、アツーサが徹夜で看病したという、日本の完全看護の病院だと親族でも付き添うことができないのが普通だというのに。

岡野の病室に着くと、二人の女性の先客がいた。岡野の職場の人たちだと紹介された。役所で働いている女性らしく黒いチャドルを着ている。アツーサはチャドルが嫌いだといい、マント言われる薄手のコートを着ている。

平山たちが来たことで、二人の女性たちは岡野に別れを告げた。岡野のカウンターパートはダルヴィシュという女性で、もう一人はその部下のナスリンだと言った。二人は、平山たちに挨拶をして部屋を出て行った。平山は、二人の女性を物静かな人たちだと思った。

「平山さん、アツーサ、お見舞いありがとう。でも、もう直ぐ退院できるんだ」
「それは良かった」
「また飲めるようになるのが楽しみだ」
「そうだね、病院では無理だものな」

岡野は完全に以前の岡野に戻っていた。平山はアーリマンのスピリットのことを岡野に話す気にはなれず、世間話に終始した。

小一時間を岡野の病室で過ごすと、平山とアツーサは岡野に別れを言った。

「岡野さん、退院の日程について決まったら電話してくださいね」
「よろしくお願いします」
「お大事に」とアツーサ。
「ホダーハーフェズ」と岡野がペルシャ語で別れを言った。

平山とアツーサは静かに病室を出た。病院を出ると、アツーサが言った。

「ミスター・平山。さっきの二人、特にナスリンの方ですけど、ちょっと臭います」
「え?臭うって?」
「私と同類のような気がするのです」
「え?ミトラの分身ってこと?」
「さあ、そこまでは分かりませんけど、ちょっと臭うんです」
「アツーサのような女性が他にもいるなんて・・・」



いろいろなことがあったが、平山のイランでの2年の任期はもう直ぐ終わろうとしていた。日本からは平山の後任が派遣されることになっている。平山の仕事は終わった訳ではないが、遺した仕事は後任の人にやってもらうしかない。相手のある仕事である。平山だけが頑張ってもしょうがないのである。

平山とアツーサは、マジディ部長のオフィスに行って、紅茶をすすりながら話をしている。

「ドクター・マジディ。イランはどうして原子力発電が必要なのでしょうか?石油だけでなく天然ガスだって豊富にあるというのに」
「石油は輸出用に回したいのさ」
「なるほど、天然ガスの輸出には設備が大変だから、石油を輸出専用にですか?」
「そういうことだね」
「核兵器の開発についてはどう思います?」
「開発していると思うよ」
「え?そうなんですか?」
「いろいろな考えの人たちがいるからなぁ」
「国際的には核の平和利用だけだと説明していますけど」
「表向きはそうだが・・・」

平山はマジディ部長の推測だろうと思った。平山も核アレルギーというものを持つ日本人である。日本には多くの原子力発電所が稼動しているという事実にもかかわらずである。

平山には分からないことがあった。どうして、イランの現政権がイスラエルを敵視するのかということである。歴史的にはユダヤ人とは仲良くやって来ているのだ。ホメイニ師が敵視したらしいのだが、イラン人はアラブ人ではない。どうして、イスラエルという国を敵視するのだろうか。

平山は、強いて勘繰ると、イランという国はいまだに大国意識があり、中東という地域でリーダーという役割を意識しているのかも知れないと思った。アラブ人はイスラム教徒でもスンニ派であり、イランはシーア派という違った宗派である。シーア派は少数派だが、イランだけでなく、イラクにもアフガニスタンにもシーア派のイスラム教徒はいる。

しかし、どうしてイランがシリアやパレスチナに援助するのか、その理由が分からないのである。テヘランで特別な警察を見掛けることがある。メルセデスベンツのパトカーに乗っている警察官であり、一目で分かる。アツーサの話では、シリア方面で仕事をし、帰国した人たちだという。

テヘランでは、たまに特定の地区でデモがあるが、普段は大変治安がいい。多くの日本人が思っているような物騒な場所ではない。もっとも、地域によっては外国人を拉致する犯罪グループがあるということで、旅行を差し控えないといけない場所もあることも事実ではあるのだが。

ハジハディが隣の市のカラジから来ている女性職員に研修を行っている。平山はその様子を見て、必要な指導を行うべく、マジディ部長のオフィスを出て、ラボラトリーに向かった。平山は、イラン人による技術指導体制を固めておくことが何よりも肝心だと思っている。



平山の仕事は4時には終わってしまう。地方は2時半に終わるのだが、その代わりに土曜日も出勤しなければならない。テヘランの役所は週休二日が普通である。

帰ろうとしているところにアツーサの携帯に電話が入った。

「ミスター・平山。岡野さんが病院から消えたそうです」
「え?消えた?」
「いなくなったそうです」
「おかしいなぁ、退院の連絡はまだ受けていないのに」
「はい、退院ではありません」
「なに!失踪したというのか?」
「そのようです」

当惑しているのは、アツーサも平山と同様であった。平山がさらに訊いた。

「どうしてなんだ?」
「分かりません」
「もう、あのチャガタイなんていう連中はいなくなったというのに・・・」
「誘拐ですか?」
「しかし、何のために?ミニ・シャトルのことを知っている人はもういないだろう?」
「まさか・・・」
「アツーサ、心当たりがあるの?」
「病院で会ったあの怪しい二人・・・」
「彼女たちは、岡野さんの職場の仲間でしょ?」
「そうなんですが・・・」
「どうしたものか・・・ 大使館に連絡しないと・・・」

平山は、日本大使館の担当書記官に電話を入れた。平山としては、心当たりがないので岡野の失踪のことだけを伝えた。大使館からの連絡を待つしかないようだ。

平山とアツーサは、いつものように職場のゲートを抜けて、アライーの運転する車のところに向かった。アライーは用足しでもしているのか、姿が見られなかった。直ぐに戻るだろうと思い、車のところで待っていると、脇に止まっていた車からサングラスをかけた二人の男が降りて来た。

「こっちの車に乗ってもらおう」

二人の男たちは平山たちに拳銃を向けていた。平山とアツーサは、サマンドの後部座席に乗せられた。男の一人は運転席へ、もう一人は助手席から平山とアツーサに拳銃を向けている。平山は小声でアツーサに言った。

「アツーサ、この男たち、チャガタイのグループかも?」
「うるさい、黙れ!」

と拳銃を向けている男が叫んだ。車は、テヘランから西の方向にどんどん進んだ。目隠しをしないところをみると、殺す気なのではないかと平山は思った。しかし、車はカラジを過ぎ、さらに西に進んだ。

平山は車の中で考えていた。岡野も同じグループに拉致されたのだろう。チャガタイのグループに違いない。あのグループにもっと仲間がいたとは思わなかった。アツーサのミトラの力を防ぐために同じサングラスをしているのが、何よりの証拠である。そして、アツーサは何もできないでいる。

しかし、三人を拉致してどうするのだろうか?ミニ・シャトル狙いなら、カスピ海方面に行くはずだが、車はどんどん西に向かっている。殺すなら、こんなところまで来なくてもいいようなものだが・・・

アツーサが言った「さっきの二人、特にナスリンの方ですけど、ちょっと臭います」というのがミトラの分身を意味しているとしたら・・・ 一体目的は何なんだ?

車が止まった頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。平山とアツーサは車から降ろされた。平山は、いよいよこれまでかと思った。アツーサは無言のままである。

男たちの一人は、車のヘッドライトを当てたところの草をどかしてる。小さな扉が出て来た。まるでエレベータのような扉である。エレベータの押しボタンまでがある。

扉が開くと、4人は中に入った。こんなところにエレベータがあるとはいえ、周囲には何もないようなところであった。エレベータは下降を始めた。地下に行くようである。

エレベータでは距離感が分からないが、どうやら3階分くらい下降したようである。エレベータの扉が開くと、そこは洞窟の中だった。薄暗いが電灯による照明が付けられている。洞窟と言っても、単なる穴ではなく、どうやら鍾乳洞らしい。

平山とアツーサは命令されるままに歩いた。通路にはところどころ水が溜まっている。洞窟はかなり長く、先には大きな空洞があるようだ。地下水が溜まっている部分が見えた。全体は暗くて見えないが、大きな水溜りのようである。平山が思い出したのは、地底湖であった。ケルマンシャー州やハマダン州には地底湖があることを旅行のガイドブックで見たことがあった。

平山とアツーサは、鉄格子のある洞穴に入れられた。鉄格子の出入り口に鍵をかけると二人の男は立ち去った。

「アツーサ、大丈夫?」
「はい、なんとか・・・」
「殺されるのかと思ったけど、そうでもないみたい」
「そうですね。でも、どうして監禁するのでしょうね?」
「私たちに動かれては困るということか・・・」
「では、ミスター・岡野の失踪と関係があるのですね?」
「そうだろうなぁ」
「では、ミスター・岡野もここにいるということでしょうか?」
「その可能性はあるだろうな」
「では、どうして一緒にしないのでしょう?」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

(参考)ケルマンシャー州にあるグーリー・ガルエ洞窟
e0108649_8592458.jpg

[PR]
by eldamapersia | 2007-10-02 23:00 | 遥かなる遺産 Part6
人の声が聴こえて来た。鉄格子の向こうに現れたのは、ダルヴィシュとナスリンだった。ナスリンが口を開いた。ダルヴィシュはサングラスをしている。

「お二人さん、そこでずっと大人しくしていてね」
「ミスター・岡野は無事でしょうか?」とアツーサが訊いた。
「ああ、まだ生きているよ」とナスリン。
「私たちを解放してください」
「それはダメだね。面倒なことになる」

とナスリンが言うと、ダルヴィシュが低い声でナスリンに言った。

「余分なことは言わないことよ」
「じゃぁね、食べ物はちゃんと与えるから、大人しくしてなさいね」

二人は身を翻すと去って行った。平山には、二人の黒いチャドルが魔女のマントのように見えた。

「アツーサ、何を話していたの?」
「私たちを殺す気はないみたいだけど、ずっとここにいなさいですって」
「私たちに何かをやらせる気なのかな?」
「閉じ込めておくことが目的のようでした」
「それは変だなぁ・・・ 殺せば簡単だろうに・・・」
「ミスター・岡野は無事のようです」
「どういうことなんだ?」
「まだ生きていると言ってました」

平山が耳を澄ますと、洞窟の奥から機械の音が聴こえて来た。どうやら、この洞窟の中には工場のようなものがあるようだと平山は思った。

「あ!アツーサ、ひょっとして・・・」
「どうしたのですか?」
「殺さない理由というのは、アツーサのミトラの能力を封じ込めるためじゃないかな?」
「え?」
「殺してしまったら、ミトラはアーリマンと同じようにまた誰かを探すだろう?」
「それが『面倒なことになる』という意味ですか」
「そういうことじゃないかな」
「なるほど、閉じ込めておけば、力が封印できるということですね」

平山は、ここまで考えて、また疑問が浮かんだ。

「では、どうして岡野さんは殺されるのだろうか?」
「『まだ生きている』という意味ですか?」
「うん。まさか、岡野さんのアーリマンの能力がほしいというのか」
「じゃぁ、ミスター・岡野は殺されるのでしょうか?」
「そうかも知れない。でも、どうして直ぐに殺さなかったのだろうか・・・」
「・・・」
「考えられることは一つだな。ダルヴィシュがその能力をほしがっているのかも知れない」
「それがどうして直ぐに殺さないということになるのでしょうか?」
「殺す前にいろいろやってみるんじゃないかな。だって、岡野が死んでもアーリマンがダルヴィシュに取り付くかどうかは分からないだろう。殺すのは最後の手段じゃないかな」
「じゃぁ、ミスター・岡野、これから拷問に合うのかも・・・」
「岡野さんを助けないと。でも、その前に自分たちだ・・・」



「こんな薄暗いところでサングラスなんてやってられないよなぁ」
「ナスリンはサングラスをやってないじゃないか」
「サングラスのせいで食事が不味くていけないや」
「あの二人は閉じ込めてあるんだし、問題ないだろう」
「そうだな」

平山とアツーサの二人を見張っている二人の男たちがサングラスを外した。

サングラスがなければ、アツーサの出番である。鉄格子の鍵を手に入れることは簡単だった。守衛の二人は、アツーサによって深い眠りに落とされた。平山は、彼らの拳銃を手にした。

平山とアツーサは、鍾乳洞の奥へ進んだ。鍾乳洞はいくつもの分かれ道があったが、音のする方向に進むと、広い空間が現れた。壁面には放射性物質を取り扱っているという表示がつけられ、白い作業着を着た人たちが働いている。

「やばいなぁ。放射能かよ・・・」
「じゃぁ、作業着を奪いましょう」

アツーサは、簡単に作業着の二着を手に入れた。もちろん、着ていた二人は守衛と同様に深い眠りに落とされた。アツーサは小柄なので、作業着がダブダブだった。しかし、この際、贅沢は言っていられない。放射能を浴びる訳にはいかないのだ。

作業着のせいで、広い洞窟内の移動は簡単になった。作業中の人間に目撃されても問題はなかった。もっとも作業は、隔離された小部屋でなされているようで、通路までの放射能汚染の可能性は低いように思われた。

「おい!お前たち、見たことのない連中だな」

と声を掛けたのは、工場の責任者のような男だった。立派な階級章のようなものが胸についていた。平山たちは、近くの会議室に入って行った。もちろん、すべてアツーサの誘導である。

「丁度良かったわ。これで内部のことが分かります」
「なるほど、彼から情報を入手すればいいんだね」
「はい、ちょっと待ってくださいね」

そういうとアツーサは、男の目をじっと見つめていた。アツーサの作業が終わると、男はぐったりとして深い眠りに入って行った。

「中のことが分かりました。ここはかなり大きな施設です」
「それで、何を作っている工場なの?」
「核兵器です」
「え!こんなところで?」
「でも、イラン政府のものではないようです」
「なんと、ダルヴィシュが自分でやっているのか?」
「背後までは分かりませんが、そのようです」
「一体何を考えているのやら?」

アツーサは薄暗い大きな鍾乳洞の中を先導して行く。アツーサは迷路のような通路を完全に理解しているのだ。アツーサにかかっては、心の中まですべて読まれてしまいそうだと平山は思った。

アツーサはしばらく進むと、止まって耳を澄ませた。平山はアツーサの指示に従い、近くの小さな脇道に隠れた。アツーサは聞き耳を立てている。平山には工場からの騒音しか聞こえないが、アツーサには何かが聴こえているようだった。

「ミスター・平山、ダルヴィシュとナスリンが話をしています」
「何を話しているの?」
「ちょっと待ってくださいね」

平山がアツーサを見ていると、アツーサが耳で聴いているのではないような気がした。耳を澄ますというよりも、一心に集中しているように見えたのだ。

「ハルマゲドンと言っています。イスラエルに核ミサイルを撃ち込んで、第三次世界大戦を招こうとしているのです」
「イランから核ミサイルがイスラエルに飛ぶなんてことになったらそれこそ・・・ でも、どうしてそんなバカなことをするんだ」
「ミスター・平山、ハルマゲドンってご存知ないですか?」
「世界の終末のことだろう、終末戦争のことだったかな?」
「今の世界、それを待っている人たちがいっぱいいます」
「バカバカしい。そんなのは狂信的な人たちだろう」
「終末戦争の後、人々が真に救済されると信じている人たちは大勢いますよ」
「でも、ダルヴィシュたちがそれを望むなんて・・・」

平山には信じられないような話だった。アツーサは続けた。

「彼女たちの目的は、ミトラとアーリマンの協力体制のようです。だから、ダルヴィシュはミスター・岡野のアーリマンがほしいのです」
「狂ったミトラの分身とアーリマンとの協力体制なんて、まさに最強、最悪だなぁ」
「ハルマゲドンによって強国が衰退し、その後に彼女たちの世界が来ると信じているようです」
「世界制覇かよ、狂っている・・・」
「ミスター・岡野を殺しても、アーリマンがダルヴィシュに憑依するかどうか分からないので、まだ殺さないでいるのです」
「なるほど、それで、岡野さんはどこにいるの?」
「まだ分かりません。彼の体力の弱るのを待っているのかも知れません」
「ということは、いずれダルヴィシュは岡野さんのところに行くということか?」
「それは間違いありません」
「時間の問題か・・・」
「待ちましょう」

平山は、とんでもない事件に巻き込まれたものだと思った。これが夢であったら覚めてほしいと願った。

平山とアツーサはそれほど待たなくて済んだ。ダルヴィシュたちは間もなく行動を起こしたのだ。平山たちはダルヴィシュとナスリンの後をつけた。ダルヴィシュはともかく、ナスリンはアツーサと同じような能力を持っているという。

平山たちの尾行は、目視ではなくアツーサの能力が頼りであった。あまり接近するとナスリンが気が付くかも知れないのだ。岡野のいるところには誰もいないだろうと平山は思った。他の誰かにアーリマンが憑依してしまったらダルヴィシュの夢は壊れてしまうからだ。

迷路のような通路は少し下がっているようだった。通路には水が溜まっている。冷たい地下水が靴の中に浸入して来た。

平山からは見えないところだが、岡野が地底湖に沈められている。冷たい水温のため岡野の意識は朦朧としている。ダルヴィシュが叫んだ。

「アーリマン、おお、アーリマン、どうか私のところに来ておくれ
「私はそいつよりずっと強い。ハルマゲドンを助けておくれ」

地底湖は静寂を保っている。岡野は意識を失ったようだ。アーリマンが岡野の意識を支えていたのかも知れない。岡野は冷たい水の中に沈んで行く。

ダルヴィシュの勝利の声が響いた。

「あはは、遂にやったわ!これで世界は私のものよ」

次の瞬間、

「だぁああああん」

と銃声が鳴り響いた。洞窟の中である。大きな反響を伴った。しかし、平山の狙いでは的を射ることはできなかった。平山は拳銃など扱ったことなどないのだ。

ナスリンが平山とアツーサの方を向いて、きっと睨みつけた。ナスリンの大きな瞳が燃え上がった。しかし、平山にもアツーサにも何も起きない。平山は再度拳銃を構え、狙いをつけた。

「ちっ、ダメだ」

とナスリンは吐き捨てるように言った。ダルヴィシュとナスリンは急いで地底湖から出て行った。アーリマンとミトラの分身でも銃には敵わないようだ。

平山とアツーサは、急いで岡野のところに向かった。地底湖の底は浅い。平山は水の中に足を入れて岡野を引き上げた。急いで人工呼吸をした。アツーサは、岡野の冷え切った体を手で温めている。岡野は息を吹き返した。

一方、ダルヴィシュは地底湖から急ぎ足で工場の方に向かっている。ダルヴィシュがナスリンに言った。

「ナスリン、どうしてお前のパワーが使えないの?」
「分かりません。彼らには通用しないのです」
「アツーサに通用しないのは分かるけど、どうしてあの男に通用しないの?」
「こんなことは初めてです」
「あの男もミトラの分身なの?」
「ミトラは女性にしか憑依しません」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

(参考)ハマダン州にあるアリ・サドル地底湖
e0108649_902368.jpg

[PR]
by eldamapersia | 2007-10-02 22:00 | 遥かなる遺産 Part6
「さあ、困った。これからどうしたらいいのだろうか?」

地底湖に残った三人である。岡野の体はまだ弱っている。ダルヴィシュたちは、武装した守衛たちを遣すだろう。絶体絶命だと平山は思った。

「この鍾乳洞、さらに奥に行ってみましょう」とアツーサが言った。
「行き止まりじゃないのかなぁ」
「岡野さん、少しずつでいいから歩けるかな?」
「ああ、やってみるさ」

岡野は立ち上がったが、ふらついている。

「よし、おぶってあげる」

平山は、岡野を背負って鍾乳洞の奥へと歩き始めた。鍾乳洞の奥には照明がなかった。道があるのかどうかも分からない状態である。頼りは、岡野の持っていた百円ライターだけである。

「少し休憩しましょう」

とアツーサが言った。平山は、岡野を背中から降ろして一休みである。

平山が不思議そうに言った。

「やつら、追って来ないのかなぁ。出口がないと知っているのかな?」
「迷路みたいになっているから、どこに消えたか分からないのでは?」

と岡野が言った。岡野の体は大分温まって来たようである。少し元気が戻って来た。三人は真っ暗な中で小休止をとることにした。ライターのガスは節約しないといけない。

岡野が言った。

「こんなところで言うのも変だけど、平山さんの夢に出て来た宇宙人だけど、どうして日本人のような名前をしているのかなぁ?」
「夢だからじゃないの?」と平山が答えた。
「だって、平山さんの夢って本当にあったことみたいじゃない?」
「馴染みのある名前に置き換えたんじゃないかな?」
「奇妙だなぁ・・・ アツーサは知らないの?」
「さあ、私には分かりません」

三人が小休止を終えて歩き出そうと、アツーサがライターに火を付けた。炎の揺れを見て、平山が叫んだ。

「あ、風がある。ということは出口があるんだ」

確かに出口はあった。急傾斜の上に星が見えていた。三人は急傾斜を登り、迷路からの脱出を喜んだ。

e0108649_915368.jpg




「待っていたよ」

暗がりから声がした。ダルヴィシュの手下が待ち伏せしていたのだ。そして車のヘッドライトが点灯した。

「なんだ、だから追って来なかったのか・・・」

と平山がぼやいた。サングラスを掛けた数名の男たちが銃を構えていた。

「拳銃を渡してもらおう」

平山の持っていた拳銃はあっさり奪われてしまった。三人は車の後部座席に押し込まれた。再び地底湖のある鍾乳洞に逆戻りである。

平山が岡野に囁いた。

「あいつらサングラスをしているから、暗ければ見えないだろう」
「そっか、それがチャンスか・・・」

草むらを走る車のスピードは遅かった。平山は、車のドアを開けて外に飛び出した。

「ちっ、何てことをしやがる」

車は直ぐに止められた。助手席にいたサングラスの男は直ぐに車を降りたが、平山の姿は見えない。男は悔し紛れに銃を乱射した。

「くそっ、どこにいやがる」

平山は、石を拾って投げているようだ。

「この野郎!」

男は闇に向かってさらに乱射した。

「くそっ、見えやしない」

男は遂にサングラスを外した。

そうなればアツーサの出番である。アツーサは大きな叫び声を上げた。男は迂闊にもアツーサを見てしまった。

男は、運転していた男の方に振り向いて発砲した。運転していた男は銃弾を喰らって倒れ、それと同時に撃った男まで、その場に倒れこんでしまった。

「おーい、平山さん、もういいよ」
「ミスター・平山!」

岡野とアツーサは、平山のいたと思われる辺りを探した。岡野が草むらに倒れている平山をみつけた。

「平山さん。そんな・・・」

平山は、乱射された銃弾を受けてしまったのだった。既に息を引き取っていた。

「なんてこった・・・」

「こんなバカな。平山さんが死んじゃうなんて」
「ミスター・平山・・・」

二人は平山の亡骸を車に積んで、急いでその場を後にした。岡野が運転する車が向かっている先は、もちろんアツーサの実家である。岡野は独り言を吐いた。

「これが小説だったら、相当筋が悪いな」

アツーサは、後部座席で平山の遺骸を抱えていた。無言のまま止まらない涙を流していた。それでもアツーサは岡野に道を案内しないといけない。ラシュトまでアルボルズ山脈の西側から向かった。

「俺がぼっーとしていたから、いけなかったんだ
「平山さんが逃げたときに敵に飛び掛れば良かったんだ。ちくしょう
「一緒に飛び出すべきだったのかも」

岡野の愚痴は止まらない。アツーサは黙っているが、激しく後悔していた。平山を巻き込んだのはアツーサだったからだ。

「ミスター・岡野、お話しておきたいことがあります」
「何?」
「平山さんは、実はマツダの能力を習得していました」
「ほう?」
「だから、ナスリンのパワーが効かなかったのです」
「そうでしたか」
「昔、アフラ・マツダはアーリマンに殺されました。今回もアーリマンとの戦いということで、まさにその繰り返しでした」
「ということは、マツダの役割をした平山さんが同じようにして殺されたということなのか」
「そこまで繰り返すとは思ってもいませんでした。でも、今になって考えるとそっくりなんです」
「歴史は繰り返すというけど、3000年前の戦いがまた繰り返されたということなのか」
「そうと知っていたら・・・」
「そんなことは誰も予想できなかったことでしょう」

ハマダン州からラシュト近くまで走ると、もうすっかり明るくなっていた。岡野とアツーサの二人には嘆いているだけでなく、まだやるべきことが残っていた。再び宇宙船を動かし、ダルヴィシュとナスリンのいる核兵器の地下工場を破壊しないといけないのだ。



その作業にはいささかの困難もなかった。宇宙船のレーザー砲によって地下工場に向かうエレベータやミサイルのサイロが破壊され、地下工場は壊滅し、ダルヴィシュとナスリンの野望は打ち砕かれた。

アツーサの言うとおり、再びミトラがアーリマンに勝利したのであった。



岡野とアツーサは、宇宙船に乗ってカスピ海に向かっている。

「ミスター・岡野、お疲れ様でした」
「アツーサもよく頑張ったね」
「いいえ」
「アーリマンの憑依したダルヴィシュに時間を与えたらどんな武器を開発するか、考えるだけでも恐ろしい」
「しかも、狂ったミトラのパワーを持つナスリンがついているのですから、想像を絶することになりそうです」

ともあれ、危機は去った。岡野はしばしの沈黙の後、アツーサに言った。

「ちょっとやりたいことがあるんだけど」
「まだ何か?」
「ずっと考えていたことなんだけど、これは宇宙船じゃないと思うんだ」
「え?では何だというのでしょうか?」
「タイムマシンじゃないかと思っている」
「タイムマシンですか?」
「平山さんの言っていたミソラ、アリマ、マツダたちは宇宙人ではなくて、未来から来た人類じゃないかと思うんだ」
「日本人の子孫でしょうか?」
「そうだろうと思う」

アツーサは、前に平山が日本とペルシャがずい分昔から関係していたことに感心していたことを思い出した。岡野の話では、さらに大昔に日本とペルシャが関係していたということになる。日本と言っても、遥か未来の日本ではあるが。

「ミスター・岡野、タイムマシンがどうして宇宙船の形をしているのでしょうか?」
「それはね、突然物質が現れたり、消えたりしたら、物理的には大変なことになるからじゃないかな」
「物理のことはよく分かりませんけど」
「突然物質が現れたら核爆発以上のことが起きるかも知れないし、あるいは、地下深くに現れても困るんじゃないか?」
「ということは、真空な宇宙空間で、ということですか?」
「そういうことだね。だから宇宙船と同じに見える」

この説明で、アツーサは宇宙船の形をしたタイムマシンという岡野の説を理解したようだ。そして、別な疑問が浮かんだようだ。

「でも、どうしてあの三人が過去に行って、いろいろなことをしたのでしょう?」
「そこなんだ、ずっと分からなかったことなんだ。目的を持って行ったようではないんでね」
「そうですね」
「万が一の事故か何かで、ひょっとして地球だと思わなかったんじゃないかなぁ」
「・・・」
「未来の地球はもっと違った姿をしているのかも知れないよ」
「気候変動とかでしょうか?」
「そうかも知れないし、核戦争があったかも知れないし、私たちにその理由は分からないけどね」
「・・・」
「未来の宇宙空間の移動方法を知るのには、時空に対する理解が必要かも知れないな」
「宇宙船を研究すれば分かるかも知れませんね」
「いや、今の時代でそれをやってしまうと、とても危険なことになるでしょう」
「はい、ミスター・平山も言ってました」
「アツーサ、でも、ちょっとやりたいことがあるので、このタイムマシンの操作方法だけを調べてほしいのだが」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
[PR]
by eldamapersia | 2007-10-02 21:00 | 遥かなる遺産 Part6
平山はアツーサと一緒に岡野のいる病院に向かっていた。岡野は大分回復していて、退院はもう直ぐのようだった。

「なぁ、アツーサ、岡野に乗り移っていたアーリマンのスピリットはどうなったんだろう?」
「消滅はしないはずですけど」
「そうか、やっぱり心配だな」
「普段の状態ではアーリマンが現れることはないと思いますけど、何か特別なことが起きたらと思うと心配です」
「アツーサの力でなんとかできないの?」
「できません・・・ ただ・・・」
「ただ?」
「いいえ、何でもありません。気にしないでください」
「気になるなぁ」
「岡野さんが生きている限りという意味です」
「ああ、そうか。死んでしまえば、アーリマンのスピリットが出て行くということか」

平山の危惧はやはり当たっているようだ。アーリマンが現れると、もはや岡野自身ではない。そして、アツーサにはどうにもできないという。

車が病院に着くと、平山とアツーサは岡野の病室に直行した。イランの病院には面会時間というのはないようだった。アツーサのご主人が事故で入院したとき、アツーサが徹夜で看病したという、日本の完全看護の病院だと親族でも付き添うことができないのが普通だというのに。

岡野の病室に着くと、二人の女性の先客がいた。岡野の職場の人たちだと紹介された。役所で働いている女性らしく黒いチャドルを着ている。アツーサはチャドルが嫌いだといい、マント言われる薄手のコートを着ている。

平山たちが来たことで、二人の女性たちは岡野に別れを告げた。岡野のカウンターパートはイザットパナという女性で、もう一人はその部下のラフマニザデだと言った。二人は、平山たちに挨拶をして部屋を出て行った。平山は、二人の女性を明るくて社交的な人たちだと思った。

「平山さん、アツーサ、お見舞いありがとう。でも、もう直ぐ退院できるんだ」
「それは良かった」
「また飲めるようになるのが楽しみだ」
「そうだね、病院では無理だものな」

岡野は完全に以前の岡野に戻っていた。平山はアーリマンのスピリットのことを岡野に話す気にはなれず、世間話に終始した。

小一時間を岡野の病室で過ごすと、平山とアツーサは岡野に別れを言った。

「岡野さん、退院の日程について決まったら電話してくださいね」
「よろしくお願いします」
「お大事に」とアツーサ。
「ホダーハーフェズ」と岡野がペルシャ語で別れを言った。

平山とアツーサは静かに病室を出た。病院を出ると、アツーサが言った。

「ミスター・岡野の職場の人たち、とてもいい人たちのようですね」

(Part6 おわり)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
[PR]
by eldamapersia | 2007-10-02 20:00 | 遥かなる遺産 Part6

遥かなる遺産 あとがき

全体が妄想のような話でしたが、念のため事実のところを強調しておきたいと思います。

文献を総合してまとめると、

ミトラ教は、アーリア人がミトラを神とした宗教で、イラン北西部にいたイラン・アーリア人のミトラ信仰が元になって、ミトラ教が作られた。その後、分派として拝火教が作られた。

拝火教では、善の神アフラ・マズダと悪の神アーリマンが絶え間なく戦い、最後に悪は敗北し、世界は終末を迎え、人は最後の審判を経て救済されるという。

ユダヤ人は拝火教から終末論を採用し、ユダヤ教を作り上げた。それがキリスト教にも受け継がれている。

一方、インド・アーリア人は、ミトラ信仰を元に、土着の信仰を取り込んでバラモン教を作り、そこからさらにヒンドゥー教や仏教が作られた。仏教の「弥勒」の起源もミトラといわれる。

ユダヤ教とキリスト教、それにイスラム教が同じ起源をもつことは周知のことであるが、ミトラ教まで遡ると、ヒンドゥー教や仏教まで同じ起源といえる。

となります。

イラン北西部で生まれたミトラ信仰が、今世界にある有力な宗教の起源になったようです。仏像やイエス・キリストや聖母マリア、その他聖人たちの頭の上にある光の輪は共通したもののように見えます。オーラだったら全身から出ていてもいいように思いますが、なぜか頭の上だけのようです。

拝火教は、ゾロアスター教とも言いますが、善と悪との戦いという考えは、現在世界中で起きていることをみると、今でも成立しているように思えます。3,000年前のイラン人が作り出した信仰だとすると、全世界に影響を与えたことになりますから、素晴らしい天才がいたのでしょうか。あるいは今回のお話のように宇宙人によってもたらされたものなのでしょうか。

善と悪、両者を仲介して健全な進歩をもたらす可能性のある、ズールワンという神の知恵、それを私たちが見つけ出さないと人類は破滅の方向に進んでしまうかも知れません。



最後にもう一つ。先日テレビでルーブル美術館の番組をみていたところ、「サモトラケのニケ」という有名な像が映し出されていました。スポーツ用品などで有名な「ナイキ」がこの「ニケ」から来ていることをご存知な方もいらっしゃることでしょう。

「サモトラケのニケ」は紀元前2世紀頃の作品だそうで、勝利の女神ニケの彫像だといわれています。ギリシャ神話がミトラ教の影響を受けていたことを考えると、この優美でダイナミックな姿を持ち、翼を広げた女神像は、ミトラ像かも知れないと思いました。
[PR]
by eldamapersia | 2007-10-02 01:00 | 遥かなる遺産 Part6