イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

カテゴリ:遥かなる遺産 Part3( 4 )

平山がイランに赴任して2年が過ぎ、再び初夏を迎えた。アツーサのご主人は退院して、今は自宅で療養しているという話だった。もう少しで仕事に復帰できるという。アツーサ自身も通常の仕事をこなすようになった。平山は予算の少ないテヘラン州局のために、自らの労力でシステム開発を進めていた。彼にとってPCを使ったデータ処理はそれほど難しい課題ではない。

「アツーサ、ミトラって名前知っている?」
「はい、女性の名前に使われています。若い女性には使われていませんが、昔は人気のあった名前です」
「イラン人の名前にも流行りってあるんだね。ミトラって素敵な名前に響くけどなぁ」
「アツーサという名前も歴史のある名前なんです」
「へぇ、そうなんだ」

平山は、やはりアツーサはミトラについて何かを知っていると思った。しかし、唐突に平山が岡野と話したことを訊く気にもなれないので、彼女の出身地について質問した。

「アツーサの出身地はカスピ海の方だったね?」
「はい、ギーラーン州のラシュトを少し過ぎたところです」
「そっか、カスピ海は以前ラムサールまでは行ったことがあるけどね」
「そこからさらに先になります」
「車で行くと時間が掛かりそうだね?」
「6時間か7時間は掛かると思います」
「そう、遠いなぁ」
「今度、私の実家に是非来てください」
「うん、ありがとう。いつか行ってみたいな」

地図でみるとテヘランからカスピ海までは近そうにみえるが、その間にはアルボルズ山脈があるため、山道を抜けて行かなければならない。平山は、カスピ海を見たくて赴任の当初、車で行ったことがあり、その時は約3時間掛かったのを覚えている。その後、ラムサールまで行ったときは、一泊二日の旅行であった。

ラムサールというのは、ラムサール条約で有名だが、それがイランの地名であることを知っている日本人は少ない。平山もイランに来るまでは知らなかったことである。ラムサール条約というのは、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」のことである。

「アツーサ、今日はスピードガンを探しに行こうか?」
「先日の会議で警察から来ている人がいたねぇ、名詞交換した人」
「はい、覚えています」
「電話して、どこで買えそうか聞いてくれないか?」
「チャシム」(分かりました)

スピードガンとうのは、野球のピッチャーの球速を測ったりするものである。平山は自動車の走行スピードを測りたいと考えていたのだった。何でも調達可能なイランである。テヘランの大バザールに行けば、さすがにペルシャ商人の末裔と驚かされるものが見られる。日本の土鍋を見つけたときには目を疑ったくらいである。

平山とアツーサは、まず知り合いの警察の人に会い、スピードガンの手配が可能な業者を教えてもらった。そして、教えてもらった住所を頼りにテヘランの中心部に向かっている。取り扱い業者というのは、お店を持つ必要がないので、どうやら一般の住宅地の中にオフィスを構えているようであった。

ようやく住所の場所をみつけると、やはり一般のアパートのような建物であった。アツーサが門のところにあるボタンを鳴らし、話をすると門のロックが外された。2階ということなので少し薄暗い階段を登った。部屋の入り口には表札があり、確かに警察に品物を納めている業者のようである。

アツーサがチャイムを鳴らすと、中からドアが開けられた。部屋に入ると、直ぐ近くに大きなデスクがあり、その前に応接セットが置いてある。そこに男が三人立っていた。アツーサは、動じることなく挨拶をしているが、平山はどうも雰囲気がおかしいと感じていた。

三人の真ん中にいる男が大きな机の主のようだった。奇妙なのは、その男の髪型と衣装である。髪型はモンゴル人のような弁髪で、衣装はパキスタン人が着るような上から下までずどんとしたようなものだった。両脇の男は典型的なイラン人の服装をしていた。

肝心のスピードガンの話については、どうやら一個の注文では商売にならないのでやらないということらしい。アツーサはそれでも食いついていき、激しいやり取りをしている。平山は、アツーサが恐いもの知らずなのかと思った。三人の男は、日本で言えば、ヤクザのような雰囲気なのだ。

「アツーサ、もう分かったから帰ろう」
「はい、でも・・・」
「いいんだ」
「はい」

平山とアツーサは、建物を出て車に乗った。

「彼らは、大量の品物を高価な値段で警察に納めているのだろう」
「はい、どうでしょうか」
「今のイランの情勢では、政府は警察に多額の予算をつけているのだろう。そういう周辺にはあのような業者が集まるというものだ」
「はい」
「アツーサは、恐くなかったの?」
「恐かったですよ」
「あはは、そうなのか。無理して話を進めることはないのに」
「でも、あんまりなんですもの・・・」

平山はスピードガンの購入を諦めることにした。そして、その代替案を考え始めた。自動車のスピードを測る方法なら他にもあるはず。結局、ビデオカメラを買って、道路に200mくらいの間隔でマーカーを置き、ビデオを再生しながら、ストップウォッチを使い、自動車の通過時間を測るという方法に変えることにした。

平山には、スピードガンのことよりもアツーサのことが気になった。1個なので取り扱わないというのでは、話を進めようもないというのに、どうしてあそこまで食い下がったのだろうか。まさか、ミトラの得意技の集団催眠を使うつもりだったのか・・・



スピードガンを探した日の3日後、岡野からアツーサの携帯電話に電話が掛かって来た。

「ミスター・平山。ミスター・岡野からです」
「あ、ありがとう。はい、もしもし、平山です」
「平山さんは、新聞みてないだろ?」
「ペルシャ語じゃぁ、読めないからね」
「昨日の新聞に出ていたんだけど、ダマヴァンド山で偶像がみつかったそうだ」
「偶像・・・ってことは、イスラム以前ってことかな?」
「ミトラ像らしいよ」
「え!ミトラ像なのか」

脇にいたアツーサがミトラという言葉に反応したが、平山が電話中なので直ぐに平静な表情に戻った。

「ヘッドギアをしていて、左手を空に向けて上げているそうだ。そして、臍がないらしい」
「臍がない?」
「まぁ、神様だから臍がないというのは自然だろうけど」
「宇宙人にも臍がないってことか」
「まぁ、そういうことだ」

平山は思った。岡野の主張する宇宙人説を裏付けるものなのだろう、だから電話をして来たのだ。岡野は続けた。

「ところで、ダマヴァンド山にまつわる神話は知っているかな?」
「いや、全然しらないけど」
「私も正確には覚えていないけど、英雄ファリドゥンがアジ・ダハーカという三頭の怪獣をやっつけたときに、蛇とか蠍とか蛙とかが傷口から出て来たらしい。それを退治しようにもできなくて、捕まえてダマヴァンド山に幽閉したということらしい」
「ほう」
「だから、神話が実話だったんじゃないかということで騒がれているということさ」
「でも、ミトラ像なんでしょ。ファリドゥンはどちらかといえば、マツダのはずだけどなぁ」
「偶像は後世の人が作ったものだろうけど、なんでミトラ像なんだろうね?」
「アーリマンをやっつけたミトラの方が強いからかな」
「理由はともあれ、ダマヴァンド山とミトラとが物証で結びついたのは初めてなんじゃないかな」
「なるほど」

電話を終えて平山は思った。臍がない偶像、神様に臍があったら母親から生まれて来た証拠になるから、神様の偶像には臍は敢えて彫らないのだろう。平山にはそれが自然な考えに思われた。宇宙人だから臍がないというのも面白い考えだとは思った。

ヘッドギアについても、戦士のイメージならヘッドギアだって不思議ではないだろう。宇宙人のヘルメットと考える方が不自然なのではないか、しかし、ミトラは女性のようだから、ヘッドギアなんて必要なのだろうか。無敵なはずの女神にヘッドギアというのも奇妙な気がする。

(参考)ダマヴァンド山
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平山は、100kgもありそうな巨漢のマジディ部長の運転する4WDでアルボルズ山脈の山道を走っていた。週末をマジディ部長の友人の別荘で過ごそうという誘いを受けたのだった。テヘランでは、40度近い気温になっているが3,000mもの高地に来ると気温がぐんと下がる。

マジディ部長は、平山が赴任したときには一言も英語を話したことはなかった。今でも、アツーサがいるときは英語で話そうとはしない。しかし、平山と二人になると英語で話しをしてくれた。どうやら、頭の中で言いたいことを英語に翻訳するのが億劫という感じであった。

山道を走りながら、マジディ部長が言った。

「若い頃、この辺りを歩き回ったものだ」
「レンジャーだったのですか?」
「いや、兵役中の話だ」
「ああ、イランでは兵役は義務でしたね」
「あの頃は、痩せていたけどな」

平山は、マジディ部長の痩せていた若い頃の姿を想像することはとてもできなかった。

「ドクター・マジディ。敵兵がこんなところまで来たのですか?」
「いや、いなかったな」
「なんだ」
「訓練の意味があったのかもな」
「なるほど」
「あの頃の上官や仲間は、今頃どうしているかなぁ」

そうは言っても、マジディ部長は当時を懐かしんでいるようではなかった。平山は、あまり思い出したくない体験だったのかも知れないと思った。

やがて4WDは谷間の山村に着いた。マジディ部長は車を止めると、商店の一つに入って行った。食料なら持参しているはずだが、何か足らないものでも思い出したのだろう。平山は、待っている間に周囲を見渡した。すると、直ぐ近くに奇妙な建物があり、そこから湯気が出ているのに気がついた。建物からは太いパイプが突き出していて、そこからお湯が落ちていた。

買い物から戻ったマジディ部長に訊くと、そこが温泉であるということが分かった。イランの最高峰のダマヴァンド山は富士山と同じように休火山と言われている。温泉があっても不思議ではないのだが、平山はイランに温泉があるなんて夢にも思わなかった。

マジディ部長は巨漢のせいだろう、足に問題持っている。平山はできるだけ荷物を持って、マジディ部長と一緒にゆっくりと別荘に向かって歩いた。空気はひんやりと冷たくて気持ちがいい。

小さな橋でせせらぎを渡ると、木につながれたロバが草を食んでいる。

「あ、友達がいる」

そう言ったのは、マジディ部長である。アゼルバイジャン州のタブリーズ出身のマジディ部長の自虐的な冗談であった。イランのジョークでは、トルコ人(厳密にはアゼルバイジャン州の人)とロバとは同じことで、部下のいるときには絶対に言わない冗談である。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

(参考)アルボルズ山脈の中にある温泉
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by eldamapersia | 2007-10-03 15:00 | 遥かなる遺産 Part3
マジディ部長は平山をベランダに誘った。別荘は小高い丘の上にあって、ベランダからは山村を見下ろすことができた。ベランダには鉄製の手すりが設えてあった。平山が周囲を見渡すと、小高い丘にいるとはいえ、周囲の岩肌を露わにしている山々はさらに1,000m以上も高いようだ。遠くの山には万年雪が見えている。

山村の家々をみると、村人だけではないようだった。大きな庭を持つお金持ちの別荘のようなものが見えた。平山は、イラン人のお金持ちってどういう人なのか考えをめぐらした。商人なのか、政治家なのか、土地成金なのか、もちろん知る術はない。

(参考)アルボルズ山脈の中の山村
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「ミスター・平山。静かだろう」
「はい、とても静かですね」
「都会の喧騒を忘れて自然の中で時間を過ごすなんて、最高だと思わないか?」
「そうですね」
「私は、政府の仕事と大学の講師、それにコンサルタント会社で働いている」
「三つも仕事をこなすなんて大変ですね」
「二つの仕事を持っているのは普通だよ」
「そうなんですか、でも、若い人たちには仕事がないのでしょ?」
「そうだな、それがこの国の問題だ」

マジディ部長は、ここで大きくため息をついた。

「ミスター・平山。面白いことを知っているかい?」
「どんな?」
「イランは禁酒国だが、禁酒でなかったパーフレビ王朝の時代よりも阿片中毒者の数が増えている」
「仕事にありつけない若い人たちが阿片中毒になるというのは、大きな社会問題ですね」
「この国の平均年齢を知っているだろう?」
「はい、30歳以下の若者だけで70%にもなるようですね」
「男は大学に行こうとしないで、直ぐに金になる商売にばかりに走る」
「それで大学が女子ばかりになるということですね」

平山には、マジディ部長の嘆きが分かるような気がした。問題の多い現状をみて、イランの将来を憂えているのである。平山には、イランのイスラム革命で王様や金持ちを追放した結果、みんなが豊かになるのではなく、反対にみんなが貧しくなってしまったように思えてならない。

谷間の日暮れは早い。陰がどんどん下から上がって来る。空気が次第に冷え始めて来た。

マジディ部長は台所に行くと、太い指で小さなナイフを使いながらキュウリとトマトを調理し始めた。そして、次に、ケバブを焼くために、バーベーキューセットみたいなものをベランダに用意した。燃料は炭である。

マジディ部長は、炭の一塊を小さな金網のバスケットに入れ、石油をかけて点火した。しかし、それだけでは炭が燃え出すことはない。バスケットには1mくらいの針金がついている。マジディ部長は、ベランダで針金の端を持ってグルグルと回し始めた。炭がパチパチと音を立てる。

平山は感心した。なるほど、これなら強風の屋外でも簡単に炭に点火できる。バスケットの炭は直ぐに赤い光を発し始めた。完全に火のついた炭の塊を、バーベキューセットみたいなところに敷かれた炭の上に置いた。そして、ブリキでできた小さな煙突を立てて、イランの団扇で煽り始めた。
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イランのケバブは大きな焼き鳥のようなものだ。マジディ部長は、味付けされた鶏肉の串を炭火の上に置いた。脂身だけの串があり、その脂がしたたり落ちるようになると、それを手に持って丹念に鶏肉になすりつけた。

鶏肉のケバブは、冷凍食品として売られているものだが、炭火で焼いたせいかとても美味しかった。平山は例によってウイスキーを持参していたので、冷蔵庫から氷を出して来て、マジディ部長に勧めた。彼は少しだけ飲んだが、それ以上は飲まなかった。マジディ部長も心臓に問題を持っていると言った。

この晩、平山はマジディ部長といろいろな話をした。どうしてイラン人が拝火教からイスラム教に改宗したのか、イスラム革命がどのように進められたか、イラン・イラク戦争のときのイランの様子、パーフレビ王朝時代の話、英国の介入の話など、話は深夜まで続いた。



「ミスター・平山。主人はようやく働き始めました」
「そう、良かったね」
「はい、でも、まだ軽い仕事だけのようです」
「しかし、本当に奇跡のようだね、あれだけの大事故だったのに」
「はい、神に感謝いたします」

アツーサとは二年も一緒に仕事をして来たのだから、平山にはアツーサの考えていることはだんだん読めて来ている。ご主人の交通事故の連絡を受けたとき、放心状態にみえたアツーサだが、ご主人をなくしたらどうやって子供と暮らしていくのか、そんなことを考えていたのだろう。

平山がみていて、アツーサが心配性なのが分かる。アツーサは、平山が帰国したら、その後どうしたらいいのか、そんなことを考えていることもある。イランでは学歴のある女性といえども、意外といい働き口がないものなのだ。大学でも仕事をしているマジディ部長だが、最近の学生は女子ばかりだと嘆いていたことがある。

「ミスター・平山。週末からの三連休を利用して、私の実家に行きませんか?」
「遠いのでしょう?」
「車で7時間くらい掛かると思います」
「ご主人はどうするの?」
「主人は仕事があるので、子供だけを連れて行きます」
「アライーの車で?」
「はい、できれば・・・」
「そう、じゃぁ、アライーに頼んでみよう」

平山は忘れていたことだったが、アツーサの実家に行くということを前にその話をしたことがあった。アツーサのご主人が自宅で療養生活をしているということもあり、そんなことは完全に忘れていたのだった。



木曜日の朝、アライーの運転でアツーサと子供のカリムが平山のアパートにやって来た。イランでは、天気の心配をする必要がないのがいい。いつも快晴である。なにしろ年間雨量200mmという世界である。しかし、アルボルズ山脈を越え、カスピ海周辺になると話は違う。年間降水量は日本並みにある。

アパートを出て30分も高速道路を走るとテヘランの郊外になる。周囲は樹木のない、岩山ばかりである。その岩山を縫うようにして道路が作られている。テヘランからカスピ海方面に出るには、2ルートあり、今回アライーは東回りのルートを選んだ。

標高がどんどん上がっていく。周囲の山々の頂上付近には、まだ雪が残っている。冬には格好のスキー場となり、テヘランからのスキーヤーたちで賑わうのだ。やがて、ダマヴァンド山が見えて来た。標高5,670mのイランの最高峰である。もちろん万年雪に覆われている。頂上がカルデラで扁平なら富士山のように見えるのだが、こちらは頂上まで尖がっている。

やがて、車はアルボルズ山脈越えの一番高いところに到達した。3,000mくらいの標高だろう。そこには、エマムザデハシェムという聖地がある。平山には、詳細は分からなかったが、こういうエマム(聖人)にまつわる聖地はイランの各地にあるものだ。

(参考)エマムザデハシェム
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平山たちが目的地に着いたのは、もう既に暗くなってからだった。食堂でお昼を食べ、休憩しながらの移動である。アツーサの子供のカリムは、車の中ではひたすら眠っているが、一度車を降りると元気一杯で走り回っていた。それらが、時間が予想以上に掛かった理由であろう。

アツーサの実家は、小さな町の外れにあるようだった。それでも、道路は街頭がつき、整備されていた。実家は道路に面したところにあった。大きな敷地らしく、門が開いてもさらに車で中に進んだ。玄関には、頭髪の薄くなったアツーサの父親と母親が迎えに出てくれていた。

ようこそ、ここはあなたの家です、平山にはペルシャ語は分からないが、多分、そんな挨拶だろうと思った。平山は、ペルシャ語でありがとうというのが精一杯であった。アツーサはカリムの世話で忙しく、通訳不在だったのである。

二泊三日の日程である。平山は着替えやウイスキーを入れたバッグを持っていた。アツーサは、挨拶や紹介の後、平山をベッドのある部屋に案内した。割り合い大きな家のようであった。

平山が荷物を置いて部屋を出ると、そこは広いリビング兼ダイニングルームだった。まずは、リビングにあるソファーでくつろいだ。カリムは、実家にあるいろいろな玩具で遊んでいる。運転手のアライーもリビングで一服である。ただ、彼は遠慮してか、一番端のソファーに座っている。

アツーサの両親は、英語を話さない。したがって、アツーサは仕事でもないのに、平山の通訳をしなければならなかった。カリムの面倒、通訳、母親の手伝いと一人三役をこなさなければならない。アツーサの両親は、どちらもとても穏やかな性格の持ち主で、平山はまったく緊張せずにくつろぐことができた。

そして圧巻は、アツーサの母親による手料理であった。イランでは、レストランのメニューというのは大体決まっていて、もっぱらラム肉のケバブばかりである。平山は、これにはすっかり辟易していたのだが、家庭料理となると話が違う。そして、夕食が始まる頃になると、アツーサの弟夫婦がやって来て合流した。こちらは英語が話せるので、アツーサは通訳から逃れることができた。

イランの家庭料理は、レストランのものとはまったく違っていた。ケバブはあったが、チョウザメのケバブであり、メインはガチョウの丸焼きだった。シャーミーというハンバーグのようなものもあった。味付けは、果物、ハーブ類を使っているという。キュウリやトマトのサラダも用意されていた。サフランライスのおこげも面白いものだった。

(参考)チョウザメのケバブ
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平山は両親の許可を得て、持参したウイスキーを飲んでいる。もちろん両親はイスラム教徒だが、そんなことにはちっとも構わないのであった。もちろん、ウイスキーを飲んでいるのは平山だけであった。飲酒について話を聞くと、父親は飲めないことはないが、心臓に問題があるため飲まないということであった。

平山が気がついたことは、カリムが遊んでいるところにあるテレビが、衛星放送で外国からの番組をやっていた。女性が髪の毛を露出しているので直ぐに分かる。しかも、その姿は日本のテレビ番組で見るものと変わりがなかった。

食事は、11時頃にようやく終了したが、眠ってしまったカリム以外は全員リビングにいた。お開きになったのは、もう1時を過ぎた頃であった。

翌朝、平山が目を覚ますと、家の中では何の物音もしなかった。まだ、みんなが眠っているようであった。平山は目が覚めてしまったので、庭に出てみることにした。部屋から出ると、リビングの隅で運転手のアライーが眠っていた。大きな家でもベッドルームには限りがあるようだ。

朝の光の中、外に出てみると、やはりそこは大きな庭であった。大きなフェニックスがあり、ミカンの木、ビワの木などが植えられていた。300坪はあるだろうという広さである。庭には何種類もの花が見られたが、平山には、バラ、マリーゴールド、ストック、ゼラニウム、ナデシコ、キンレンカなどが認識できた。

穏やかな朝は、そこまでだった。平山がのんびりと庭の花を見ていると、家の中が騒がしくなったのだ。アツーサが家を飛び出して来た。平山には何が起きたのか、さっぱり分からない。

「アツーサ!どうしたの?」
「カリムがいないの」

アツーサはそう言うと、裏庭に走って行った。平山は、昨夜早く寝たカリムが、朝早く目を覚まして遊びに出たのかと思った。しかし、事情は違ったようだ。アツーサは直ぐに裏庭から戻って、平山に訊いた。

「ミスター・平山。玄関の鍵はかかっていましたか?」
「いや、開いていました」
「そうですか・・・」
「鍵をかけているのですか?」
「もちろん」
「ってことは、カリムが開けたってこと?」
「そうかも知れません」
「部屋はどうなっているの?」
「カリムがいないだけで何も変りはありません」
「外に出たのかなぁ・・・」

アツーサはそのまま家の中に入って行った。平山もアツーサを追いかけるように家の中に入った。アツーサは真っ青な顔で父親となにやら話をしていた。ペルシャ語の分からない平山は、カリムがみつからないと騒いでいるのだろうと思った。

そうしていると電話が鳴った。アツーサも父親も真剣な眼差しで電話を見た。このとき、平山に悪い予感がよぎった。まさか、誘拐なんて・・・ こんな田舎で・・・

電話を取ったのはアツーサの父親だった。あんなに明るくて、優しいアツーサの父親だったが、電話での話しは沈鬱そのものだった。アツーサも真っ青な顔色で父親の様子を窺っている。やがて、父親は受話器を置いたが、その顔は苦悶に満ちたものだった。あまりにも深刻な様子に平山はアツーサに説明を求めることも躊躇された。

アツーサは父親となにやら話をしている。平山にもカリムのことだろうとは察することができた。その時、アライーが起きて来た。それに気がつくと、父親は愛想だけの挨拶をして、奥の部屋に消えた。アツーサは、無言のまま父親を追って行った。

平山はアライーを見て、自分には何が起きているのか分からないという仕草をした。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 14:00 | 遥かなる遺産 Part3
平山はアライーに向かって、カリム、カリムと言うしかなかった。アライーは何かを察したのか、ソファに腰掛けて沈黙している。ペルシャ語の分からない平山としては、どうすることもできない。そうして、ソファに座って1時間も経過しただろうか。アツーサが平山を呼んだ。

「ミスター・平山。こちらに来てくださいますか?」
「オーケー。一体全体何があったの?」
「どうお話したらいいのか・・・」

平山が呼ばれたのは、書斎だった。机には心臓に問題を抱えるアツーサの父親が苦悩の表情のままでいた。

「ミスター・平山。カリムが誘拐されました」
「警察に連絡しないの?」
「できません」
「どうして?」
「誰にも事情をお話しできないのです」
「どういうことなんですか?」

平山は、何か深刻な秘密をアツーサ親子が持っているような気がした。アツーサの父親は昔盗賊の頭領で、昔の仲間が分け前でも要求しているのだろうか・・・ 日本の時代劇じゃあるまいし、そんなことがあるはずがない。

「こうなったら、ミスター・平山にお話をした方がいいと父に言いました」
「うん、話してください」

父親は、依然として無言のままであった。父親が何かを言っても、平山には分からないのだが・・・ ついに、アツーサが口を開いた。

「私が悪かったようです」
「え?いったいどうして?」
「先日のスピードガンのときです」
「あれがどうしたの?」
「尾行されたんです」
「彼らに何の目的があるというの?」
「私がやり過ぎたので、彼らが感づいたのです」
「なにを?」
「私のパワーというか・・・」
「まさか、催眠・・・」
「ご存知だったのでしょ?」
「うーん、なんとなくだけど・・・」

平山には、岡野と話したことが全部真実になったような気がした。そんなバカな・・・あれは空想を楽しんだだけだったのに・・・

「ミスター・平山。あなたのみた夢は全部本当のことです。私たちが伝承しているのです」
「どうして私に?」
「あなたは、ミトラのスピリットによってイランに呼ばれたのです。気がつきませんでしたか?」
「もちろん、知りませんよ」
「あなたは、自分の意思でイランに来られたのでしょう?」
「それはそうですけど・・・」
「ご自分の意思だと思ってらっしゃるのでしょうけど・・・」

平山には、アツーサの言っていることが分からない。確かに、自分がイランに来たのは、興味があってのことだった。世界史の勉強のせいか、ペルシャという国に惹かれ、興味を持ったことは確かだ。しかし、それが誰かの影響だなんて考えられない。

そこまで考えて、平山は岡野の言葉を思い出した。まさか、ミトラが生きている・・・ アツーサがミトラの能力を持った分身だとしても、どうやって日本にいた自分に影響を与えることができたのだろうか・・・ そんなことはありえない。平山は、考えれば考えるほど混乱して来た。

「ミスター・平山。先に進んでいいでしょうか?」
「うーん、ちょっと待ってください」
「ミトラのスピリットは世界中に広がっているのです」
「それは精神世界の話ですね」
「そういうことです」
「なるほど、だからミトラは死んでいないということなのか」
「そうですよ。ミトラは今でも生きています。アーリマンもね」
「え!?アーリマンはミトラに殺されたのでは?」
「死んだと言っても、スピリットは消えません」
「そういうことなのか・・・」
「ミスター・平山。多分、あなたはマツダのスピリットの持ち主なのだろうと思います」
「・・・」

アツーサの父親は、今は黙ってアツーサと平山を見ていた。しかし、苦悩の表情は消えない。

「それで、誘拐犯の要求は何だって?」
「ミニ・シャトルです」
「え!そんな・・・ でも、どうして?」
「先進的な科学技術のためでしょう。ミニ・シャトルにはいろいろなものが積載されています」
「でも、そんなことを知っている人はいないでしょうに・・・」
「私がミトラの分身なら、アーリマンの分身がいても不思議ではないと思いますが」
「いや、うん、確かに・・・」

平山は、なんだかアツーサに煙に巻かれているような気がして来た。

「あの弁髪の男がそうです」
「ああ、それであんなに激しいやり取りになったのか・・・」
「はい、私のやり過ぎでした」
「いつものアツーサらしくないと思っていたんだ」
「彼ほど強いオーラを感じる人間に出会ったことはありませんでした」
「悪のオーラか・・・」
「いいえ、悪なんて呼んだのは後の話です。神話ですっかり悪者にされただけです」
「ん?悪じゃないのか?」
「ある意味では、多くの悪を生んだといえるでしょうけど・・・」
「ああ、自然科学の神という意味かな」
「そうともいえるでしょう」

平山は思った。ミトラは精神科学の神、マツダは社会科学の神、そういうところなのか。

「それでミニ・シャトルはどこにあるの?」
「隠してあります。これはミトラの意志です」
「でも、カリムの命とは比べられないでしょう」
「しかし、今以上の科学技術がアーリマンの手に落ちたら、大勢の人々が死ぬことになります」
「・・・」

平山には、遂にアツーサの父親、そしてアツーサの苦悩が理解できた。可愛い孫が人質になっているのだ。これほどむごい話はないだろう。アーリマンのスピリットが世界中に広がっている今日、戦争をしたい人間がいっぱいいる現在、これ以上の技術をアーリマンの分身たちに引き渡すということは、さらに多くの殺戮を招くことになるということは明瞭なことだ。だから、ミトラは宇宙船やその他のものを隠し、封印したのだ。

「アツーサ、でも、どうしてこういう場合、あなたの能力を使わないの?」
「相手が見えない状態ではどうしようもありません。今のところ電話での接触ですから」
「ならば、敵と接触できるチャンスを作ることだ。ミニ・シャトルの隠し場所に案内すると言えばいい。どうせ説明したって信用しないのだろうし、案内するしかないでしょう」
「ミスター・平山。敵を甘くみるものではありません」
「そうなのか・・・」
「彼らは、私たちが案内すると言っても、決して姿を現すことはないでしょう。これまでの戦いから多くのことを学んでいるはずですから」
「そうか、ミニ・シャトルのことを知っているということは、ミトラの強さも知っているというこだものね」

そこで平山は思った。自分なら敵も油断するのではないか、しかし、残念ながら自分には特別な能力はない。

「アツーサ、それで敵は何と言って来ているの?」
「具体的な方法についてはまだ何とも言って来ていません」
「向こうも作戦を練っているのかな?」
「こちらに考える時間を与えているのだと思います」
「お父さんはどう考えているの?」
「自分で行って、入り口を開放して帰って来る。敵は見えないところで追跡するでしょう」
「それなら、敵が隠し場所に入ったらそこで捕まえることができる」
「敵はそんなにバカじゃないでしょう」
「それはそうだね」
「私たちがミニ・シャトルを持ち出して来て、彼らの指定場所に置くことになるのか・・・」
「それなら、ミニ・シャトルを取りに来たときに捕まってしまう」
「そうですね」
「とにかく結論としては、ミニ・シャトルを一旦敵に渡して、カリムを取り返し、それからミニ・シャトルを再び奪取するしかない」
「はい」
「むしろ、問題はどうやってカリムを無事に取り戻すかだ」

そのとき、電話が鳴った。

「アツーサ、敵の要求は?」
「隠した場所から外に出せという指示でした」
「そうか、ミニ・シャトルって大きいのでは?」
「いいえ、ミニ・シャトルですから、それほど大きいものではありません」
「そっか、夢のとおりなんだ・・・ それで、カリムは?」
「ミニ・シャトルを確認したら開放すると言っていました」

平山は、カリムが生きて帰るかどうかは五分五分だろうと思った。しかし、そんなことをアツーサに言うことはできない。引渡しの前にカリムを探し出して、なんとか救出しないといけない。

「では、こうしないか?お父さんと私が隠し場所に行く。アツーサは途中で敵の追跡して来るのを待つというのはどうか?」
「見えないところから追いかけて来るでしょうね」
「そう、そこを隠れて待ち構える。敵の姿を見れば、アツーサがなんとかできるのでは?」
「できるか、できないか、分かりません」
「それしかカリムを無事に助ける方法はないんじゃないか」
「失敗したら、カリムが危ない・・・」
「他にいい方法があるかい?」
「考えさせてください」

平山とアツーサ、そしてアツーサの父親の三人は車に乗り込んだ。車は20年くらい前の日本車だった。玄関では、アツーサの母親が心配そうな顔で三人を見送っていた。

車は国道をしばらく走り続けた。平山は、尾行して来る車がないかどうか後方を見たが、何台も走っているため国道ではよく分からない。車は左折して山道に入り、急停車した。この瞬間、アツーサは素早く車から降りた。車は、そのまま急いで走り出した。後ろから敵に目撃されるのを避けるためである。

舗装されていない道路であった。後方は土埃が舞い上がるため、まったく見えない。前方には双子のような二つの岩山が見えて来た。高さは50mくらいだろうか、それほど大きな山ではない。山の下には草木があるが、上半分は禿山で岩肌が見えている。

車は山道でスピードを緩め、道路脇に止められた。そこからは歩くようだ。平山にはシャベルが持たされた。アツーサの父親は、大きな刀のようなものを持参していた。道がないので、樹木の枝を払いながら進んだ。ジャングルほどではないが、この地域は温帯性気候で緑が豊かである。

アツーサの父親は、平山の手からシャベルを取ると斜面を掘り始めた。よく見ていると、掘るというよりは、削るという感じだった。1,000年以上経っているのだろう、土と草木が堆積しているはずだ。それでも、表土は薄いようで、40cmくらいの厚さのようである。

やがて、シャベルはカツカツという岩に当たる音を立て始めた。その岩が露わになると、かなり平板なものであることが分かった。どうやら扉のようだ。しかし、それは小さく、とても宇宙船を運び込んだ入り口とは思えないものだった。扉が全部露出すると、アツーサの父親はそれを開けた。そこには通路があった。しかし、一人がやっと入れるくらいの大きさなのだ。

アツーサの父親が足からその中に入って行った。中は広いようだ。そして、平山を呼んだ。平山が、同じようにして中に入ると、アツーサの父親が灯りを点けていた。壁にある松明のようだ。

しかし、洞窟の中には何もなかった。アツーサの父親は、驚愕を隠せないでいる。あるはずのものがないのだ。盗掘でもされたのだろうか。父親は、何もない空間をみつめていた。やがて、二人は仕方なく、入って来た通路から外に出た。父親は、諦めきれないかのように通路の入り口を見ている。

その時、トラックのような音が聴こえて来た。平山が音の方を見ると、二人の男とアツーサが接近して来る。そしてよく見ると、アツーサはカリムを抱いている。しかし、アツーサには弁髪の男の拳銃がつきつけられている。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 12:00 | 遥かなる遺産 Part3
誘拐犯の二人とも手に拳銃を持っていた。二人の男のうちの一人は、スピードガンを探しに行ったときに会った弁髪の男である。もう一人の男も同じ場所で会ったようだと平山は思った。弁髪の男がアツーサに向かって言った。

「よし、よくやった」
「これでいいでしょう。後はお好きにどうぞ」

平山には男とアツーサの会話の内容を理解できないが、洞窟の方を振り向くと、岩山に大きな穴が開いて、そこには平山が前に夢でみたことのある、あのミニ・シャトルがあった。鏡のような金属光沢を持って輝いている。

ミニ・シャトルは機体の全体が滑らかな曲線を描いていて、平べったい大きな石のように見えた。こちらに向いているのが前なのだろう、平山にはなんとなく分かった。窓らしいものはなく、入り口らしいものも見当たらなかった。こんなものが空を飛べるのだろうかと平山は思った。

平山がミニ・シャトルにみとれている暇はなかった。弁髪の男は、アツーサに拳銃をつきつけて平山たちに大声で命令した。

「そいつをトラックのところまで運べ」

ミニ・シャトルは台車の上に乗せられている。洞窟から移動させるのにはそれほどの力はいらなかった。アツーサの父親と二人で、台車の進む方向に注意しながらミニ・シャトルを移動させた。平山は、誘拐犯の男たちはミニ・シャトルをトラックに載せたら、自分たち全員を撃ち殺すつもりかも知れないと考えた。

生い茂る草木のせいで台車はうまく進まない。アツーサの父親が、大きなナイフで再び枝を払った。ナイフだって立派な武器だが、敵はアツーサに拳銃をつきつけている。平山たちには抵抗する術がなかった。

平山はアツーサにミトラの能力があると思っていたが、拳銃の前では通用しないようだ。あるいは、誘拐犯がそれなりの防御方法をとっているのかも知れない。誘拐犯がわざわざ人質としてカリムを連れて来ているのはそのためだったのかも知れないと思った。

やっとのことで道路脇までミニ・シャトルを運ぶと、一人の男がトラックに行き、金属製のワイヤーを持って来た。トラックにはクレーンがつけられている。輪になったワイヤーをミニ・シャトルの前後にかけると、男はトラックの運転席に戻り、クレーンを操作し始めた。

ミニ・シャトルがトラックに積まれると、弁髪の男は、アツーサとカリム、アツーサの父親、平山の4人に一か所にまとまるように命令した。平山は、いよいよ拳銃で撃たれるかも知れないと思った。

しかし、弁髪の男は、そのままトラックに乗り込み、平山たち4人を残して去っていった。ミニ・シャトルは強奪されたが、カリムは無事に戻って来た。今は、アツーサの父親が孫のカリムを抱いていた。

「アツーサ、ミニ・シャトルを持って行かれちゃったけど、これからどうやって奪い返そうか?」
「大丈夫です。彼らは何も持って行っていませんから」
「え?」
「私たちが見たものは存在していないってことです」
「ああ、これが集団催眠なのか・・・」
「全員がミニ・シャトルのイメージを持っているので、それほど難しいことではありませんでした」
「なるほど、そういうことなのか・・・ それにしてもずい分凝ったことをしたものだ」
「そうしないと誰かが殺されそうだったし、カリムが別のところにいると考えていましたから」

平山は思った。ミニ・シャトルを誘拐犯に渡さないことには、カリムが無事ではいられないとアツーサが考えたのだろう。彼らがカリムを連れて来ていたというのは、アツーサには意外なことだったようだ。カリムが別な場所で監禁されていて、携帯電話で「ミニ・シャトルを奪えなかった」という連絡でも入れられたら、カリムの命が危ない。

「ふむ、それにしても、すごい作戦だったねぇ」
「ミニ・シャトルを知らないカリムには、不思議な光景に映ったと思います」
「何もないのにみんなで作業をしていたということなのか・・・」

平山は、ついいままで自分たちのやっていたことが滑稽に思えて来た。

「アツーサ。では、本物のミニ・シャトルはどこにあるの?」
「え!中にないのですか?」
「うん、なかった」

アツーサはカリムを抱いている父親に訊いている。父親も平山と同じことを答えたようだ。

「ミスター・平山。盗掘されてしまったのでしょうか?」
「さあ、分かりませんね。でも、はっきり言えることは、アーリマンの分身たちには渡っていないということでしょう」
「そうですね、それが今のところの救いです」

平山は、ミニ・シャトルなんて最初から存在していないんじゃないかという疑いを持ったが、アツーサの反応をみるとやはり存在していたようだ。

「ところで、彼らのトラックが来るとき、どうやって彼らに接近したの?」
「それは大変でした。命がけでした」
「いったいどうやったの?」
「ふふふ、それは内緒です」

平山たち4人は車で実家に戻った。無事なカリムをみたおばあちゃんの喜びは、それは大変なものだった。催眠から醒めた弁髪の男たちが悔しがっても、アツーサの実家に近寄ることはできない。再びひどい目に遭うだけなのだ。



木曜日、金曜日、土曜日と続いた三連休は終わり、平山とアツーサは大変な事件に巻き込まれてしまった。今日、日曜日は、二人とも何事もなかったかのようにオフィスにいる。

「アツーサ、前にやった全国規模のセミナーだけど、成功裏に終わったと思っていたけど、あれって集団催眠じゃないよねぇ」
「まさかぁ、そんなことするはずないじゃないですか」
「あはは、そうかそれなら良かった」
「ミトラのパワーはそんな邪心で使えるものではありません」
「そうか、そうか、なるほど、疑って悪かった」

平山は冗談を言ったのだった。アツーサもそれに笑って答えたが、突然表情を変えた。

「でも、ミニ・シャトルはどこにあるのでしょうか?」
「昔に盗掘されたなら、どこかにあっても良さそうなものだけどね」
「なんとかして見つけ出さないと・・・」
「そんなことを言っても、雲をつかむような話でどうしようもないなぁ」
「そうですね」
「それに悪用されてもいないようだから、今のところ問題ないんじゃないの?」
「ミニ・シャトル自体にはそれほどの技術はないでしょう。そもそも何だか分からないでしょうし」
「3,000年もの間、腐食したり、錆びたりしないのだろうか?」

平山はイランで多くの遺跡を見たが、3,000年前の遺跡なんて石しか残っていないのだ。宇宙人の宇宙船だって長い年月が経てば、元の状態ではいられないと思われるのだった。

「ところで、今回の事件のこと、岡野に話をしてもいいかな?」
「他の人に知られては困ります」
「でも、彼とは夢のことも話し合ったし、彼の夢の解釈は正しかった」
「そうですか、ミスター・岡野も、やはりスピリットを感じてイランに来られたのでしょうか?」
「それはどうかなぁ、赴任先はイランでなくても良かったようだし、自分の意思で来たものでもないしね」
「ミスター・平山が信じられる人だというのならいいでしょう」
「それは大丈夫だ。今回の件に関していい相談相手だしね」



平山は、岡野のアパートにいる。週末に起きたことについて岡野に話をしている。

「という訳なんだ。大変だったよ」
「すごいなぁ、ミトラのパワーを目の当たりにしたってことか」
「パワーというか、幻想を見させられたということらしい」
「集団催眠の極意という訳か」
「その場にいた全員が幻想を見せられたのだからねぇ。あ、カリムには見えなかったようだけど、まだ2歳だしな」
「しかし、本当にミニ・シャトルがあったんだぁ」
「あったんだろうなぁ・・・ 本物を見た訳じゃないけど・・・」
「それもそうだな・・・」
「しかし、本物のミニ・シャトル、一体どこにあるのだろうか?」
「イランでもUFOの目撃報告はあるようだけど」
「まさか、それがミニ・シャトルだって?」
「可能性がない訳じゃないけど、限りなくゼロだね」

そこで、突然岡野は話題を変えた。

「ずっと考えていたんだけど、三人が分かれたというのは、喧嘩でもなく、不本意でもなく、必然だったような気がする」
「マツダとアリマ、そしてミソラのことか」
「ミソラ、いや、ミトラは高度な精神科学、つまり、宗教や哲学、心理学が得意で、アリマは自然科学、そして、マツダは法律のような社会科学を得意としている」
「それらが、仲良くしたらいいように思うけど」
「そこが問題なんだ。ミトラと一緒ではアリマは自由になれないだろう」
「つまり、自然科学が発達しないということか」
「倫理観・宗教観が強過ぎれば自然科学は進歩しにくく、倫理観のない自然科学の進歩というのは恐ろしいな」

平山はガリレオ・ガリレイのことを思った。ミトラのパワーが強いとアーリマンの主張が通らない。しかし、このケースではアーリマンが勝利したのだ。科学的事実が、宗教という精神文化を倒したとも言えるのではないか。

「平山さん、人類は戦争という悲劇を繰り返して来ているけど、あらゆる分野の進歩のためには、善と悪、ミトラとアーリマンとが戦いを続ける必要があるんじゃないだろうか」
「悲劇の始まりでもあり、進歩の始まりだったということか」
「どちらに偏ってもまずいことになるだろう。狂信的な宗教国家というのは困りものだし、健全な精神のない科学技術だけの先進国というのも怖いだろう」
「法律だけの国家というのも嫌だな」
「だから、善と悪が渾然として存在いる方が、健全に進歩し、進化できるというものではないだろうか」

(Part3 おわり)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 11:00 | 遥かなる遺産 Part3