イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

カテゴリ:遥かなる遺産 Part2( 4 )

平山がパワーポイントを使ってプレゼンテーションの資料を準備していると、電話が掛かって来た。もちろん、平山が受話器を取ることはない。秘書のアツーサが話をし始めたが、ペルシャ語なので平山にはその内容は分からない。アツーサはオフィスでは、髪を隠すための黒い色のヘジャブと言われるものを被っている。

アツーサは電話で話が終わると、平山に向かって言った。

「ミスター・平山。マジディ部長からの電話でした。ピラステ局長がケルマンシャー州に一緒に行きたいそうです」
「へぇ、所長がねぇ」
「どうしましょうか?」
「もちろん、歓迎するさ。航空券を手配してください」
「はい、分かりました」

平山が主催するケルマンシャー州でのセミナーの話だった。ピラステ局長は平山の働いている組織の長で、テヘラン州の州局長というポストである。局長には200人もの部下があり、政府高官の会議ならともかく、その局長が平山の主催する技術的内容のセミナーに出席するというのは、ちょっと意外な申し出だったのである。

そして、ケルマンシャー州に対しては、実のところ平山の専門分野の技術移転をするには、まだ時期が早いと思われ、知識を与えるという程度のものを考えていた。本庁からの依頼で平山はセミナーの開催を承諾したのだったが、ピラステ局長の参加はまったく予想していなかった。

ケルマンシャー州には、平山のカウンターパートであるマジディ部長、その部下のハジハディ氏、そして本庁からシーマ女史が参加することになっていた。もちろん、秘書のアツーサも通訳として同行する。セミナーでは、マジディ部長にも、ハジハディ氏にも出番を与え、これまでの技術移転の内容をイラン人同士でやってもらうという企画にしていた。

しばらくして、再び電話が鳴った。

「ミスター・平山。マジディ部長が来てほしいと言っています」
「そう、直ぐに行くと伝えてください」

平山とアツーサは、オフィスから出てマジディ部長のいるラボラトリーに向かった。歩いて5分くらいの距離である。5月を過ぎ、すっかり初夏の陽気になっているが、ラボラトリーの内部はとても寒い。冷房をしている訳ではないのだが、ばかでかいラボラトリーはなぜかよく冷えるのだ。

平山は、マジディ部長の執務室に入りながら声を掛けた。

「サラーム。ハレショマーチェトレー」

平山は、挨拶程度はペルシャ語でできる。マジディ部長はニコニコしながら嬉しそうに平山とアツーサを向かえた。マジディ部長は、平山とだけでなくアツーサとも握手をする。これはイランでは非常に珍しいことだが、アツーサが平山の雇った私設の秘書だからなのだろう。

アツーサは、職場で強制されるから黒いヘジャブをしているが、本当はカラフルなスカーフを着用したいのだ。許されれば、スカーフすら被りたくないのだろうと平山は思っている。挨拶を交わしているとテクニシャンのサーハンディが紅茶を淹れて来てくれた。

平山は、イラン人のやるように角砂糖を口に放り込み、そして紅茶をすすった。

「ミスター・平山。ピラステ局長は一泊して翌日の早朝テヘランに戻りたいそうだ」
「そうですか、問題はありません。アツーサ、それで航空券を手配してください」
「すまないな」
「いえいえ、局長は忙しい方ですからね」
「ピラステ局長は、ケルマンシャー州の出身なんだ」
「え!それは知りませんでした」
「ケルマンシャー州出身者は体格が良くて勇ましい」
「なるほど、まさにピラステ局長ですね」

ピラステ局長は身長が185cmもある巨漢である。しかし、平山には、その眼差しは優しく、人望のある人物に思われた。

「マジディ部長、ケルマンシャー州にはクルド人が多いと聞いていますが」
「うん、そう」
「ピラステ局長もクルド人なんですか?」
「そうです」

平山は、「クルド人でも政府の幹部になれるのか」と少し不思議な気がした。そして、同時に自分自身の先入観に気がついた。そもそも、イランという国は多民族国家なのである。人種としては、イラン人の大部分であるアーリア人だけなく、クルド人、アラブ人、アゼルバイジャン人、トルクメニスタン人が混在しているのだ。

マジディ部長は、北西部にあるタブリーズの出身だから、アゼリともタボタボイとも言われる。アゼリとはイランのアゼルバイジャン州に住む人たちであり、タボタボイとは、平山の聞いているところではトルコ系で成功者という意味もあるようだ。

タブリーズからトルコまでは数10km程度だろう。そのせいか、テヘランに住んでいる人たちはトルコ人という言い方をするときがある。イランでは、ジョークによくトルコ人が登場するが、このトルコ人というのはどうやらアゼリを指しているようである。

平山が赴任した当初、サーハンディに耳打ちされたことがある。マジディ部長のところでロバという言葉は使わないようにと言うのだ。ロバはこのトルコ人を意味するという。平山がマジディ部長と親しくなった今、マジディ部長は自分でロバをみつけると「親戚がいる」なんていう冗談を飛ばしたりもする。もちろん、部下のいる前では言わないだろうと平山は思っている。



ケルマンシャーへの出張の日になった。平山とアツーサは、早朝であるが、1時間前に飛行場に到着していた。しばらくして、ピラステ局長、ハジハディ氏、シーマ女史が集合した。しかし、搭乗時刻になってもマジディ部長は現れなかった。平山たちは、仕方なくバスのターミナルのような待合室に進み、搭乗を開始した。

飛行機の中で平山は、マジディ部長に頼んでおいた講演をどうしようかと考えていた。ケルマンシャーへの飛行機は一日に何便もある訳ではない。乗り遅れれば、早くても夜の便になってしまうだろう。セミナーは到着後直ぐに開始されることになっていた。

ケルマンシャーの飛行場に着陸してロビーに出ると、迎えが来ていた。そして、どういう訳か、マジディ部長が待っていた。平山はキツネにつままれたような気分だった。しかし、それよりも驚いたことは、迎えに来ていたのがケルマンシャー州の州局長だった。

飛行場に誰かが迎えに来てくれるということはいつものことだったが、州局長がわざわざ飛行場まで迎えに来るというのは驚いた。平山は、ピラステ州局長が一緒だからだろうとは思ったが、それにしても意外な出迎えであった。

技術的なセミナーであるにも拘わらず、二つの州の州局長が出席するという不思議なセミナーが開始された。それでも、二人の州局長の挨拶に始まり、セミナーは計画どおりに実施された。30人くらいの参加者であったが、平山には参加者の全員がセミナーの趣旨に関係しているとは思えなかった。

それでも、参加者は熱心のようだった。平山のプレゼンテーションの後、いくつかの質問を受けたが、質問の内容は、とんでもなく的外れなものや奇妙な質問ばかりであった。平山は苦笑していた。

そして、さらに11時頃のティーブレイクは、お祭のようだった。お菓子や飲み物が用意され、参加者たちは明るく歓談し、平山には日本のことなどを聞いて来た。そして、アツーサが面白いことを平山に語った。

「私には、ときどき彼らが話していることが全然分からないんです」
「え?ペルシャ語じゃないの?」
「はい、そうなんです。クルド語のようです」

会議ではペルシャ語で話をしているが、どうやら仲間内ではクルド語で会話をしているようなのだ。

地方の勤務時間は、8時から2時半までである。テヘランでは8時から4時までで週休2日だが、その代わり、地方では土曜日も出勤している。したがって、昼食は仕事が終わってからということになる。初日のプログラムが終わると、30人もいる参加者全員がバスに乗ってレストランまで移動した。ティーブレイクとランチは、平山の予算で賄うことになっていた。

後で精算してみて分かったことだが、ケルマンシャー州の物価は安い。大勢の参加者なので、平山は予算不足について心配になったが、それは杞憂であった。

昼食の後、解散かと思いきや、ケルマンシャー州の局長は引き続き、平山たちを案内すると言う。平山は、なんだか一昔前の日本のようだと思った。本庁から地方を訪問すると、大変な歓迎を受けたことがあったものだ。今のイランを見ていると、丁度そうした昔の日本を思い出させてくれた。

そして、平山たち一行が案内された場所は、鍾乳洞であった。イランは、砂漠のような場所ばかりだが、驚くことに地底湖のような場所が存在する。一番大きなものは、ハマダン州にあるアリ・サドル地底湖だが、ケルマンシャー州にも似たものがある。

観光を済ませ、ホテルで一休みすると、今度は夕食への招待であった。町の郊外にある気の利いたレストランで夕食ということであった。平山が驚いたことに、そこには再び州局長以下参加者の30名余りの全員が集合した。

平山は思った。これはセミナーというよりも、ピラステ局長の凱旋パーティのようだ。やはり、クルド人が本庁で局長まで出世するというのは、おめでたいことであり、ピラステ局長も誇らしいのだろう。アツーサも今回のセミナーには半分呆れているようだった。

セミナーの二日目が終わった。ピラステ局長は既にテヘランに戻っている。ケルマンシャー州の局長は、この日もランチの後、平山たち一行の観光案内をしてくれた。平山は、なんと親切な接待だろうと思わずにはいられなかった。

この日案内された場所は、ターゲ・ボスターンというペルシャ帝国の遺跡であった。平山は不勉強だったため、ケルマンシャー州にそういう遺跡があるとは思ってもいなかった。しかし、考えてみれば、ペルシャ帝国はイランからイラクにかけてその中心があったので、イラクの国境に近いケルマンシャー州にそういう遺跡があっても不思議ではないのだ。

どこからともなく案内人が現れた。ペルシャ語だが、遺跡の説明をしてくれるらしい。セミナーが終わってもアツーサはまだ通訳の仕事をしなければならない。

案内人によると、ケルマンシャーには「ベヒストゥーン」という有名な遺跡があるが、今は修復中で見られないということだった。ベヒストゥーンには碑文があり、これが楔形文字の解読の端緒となったということである。

ターゲ・ボスターンには、ササン朝ペルシャ時代の建築物の名残があり、またいくつもの大きなレリーフが断崖に彫られていた。平山は、断崖に掘られた洞窟を見て驚いた。

「あ!ここにも天使がある」
「ミスター・平山、これを見たことがあるのですか?」
「羽のある天使のようなものをパサルガダエで見たんだ」
「そうでしたか」
「同じじゃないけどね」
「そうですか」
「時代が違うしなぁ・・・」
「壊れてしまっているけど、左側にも天使がいるようですね」

平山は、以前岡野と一緒に旅行し、その後にみた夢を思い出していた。

「天使が二人、マツダとミソラか、あるいはアリマとミソラかな。まさか、いや、そんなはずはない。あれはただの夢だ」
「え?」
「いや、なんでもない。気にしないで」

(参考)ターゲ・ボスターンのレリーフ
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案内人は、さらにササン朝時代の人々の暮らしについて、当時は鹿や猪を狩りしていたことなどをレリーフの絵から説明してくれた。平山は、当時の人々は猪肉を食べていたのかも知れないと思った。

「お、唐草模様だ」
「ミスター・平山。こちらもご存知でしたか?」
「唐草模様は日本にもあるけど、外国から来たものなんだ。ひょっとしたら、ここから伝わって行ったものかも知れないな」
「じゃぁ、天使も日本にあるのですか?」
「天使ってないと思うけど、似たような図案の絵はあったような気がします」
「日本って遠い国だと思っていましたけど、かなり昔からつながりがあったのですね」

夕方にはテヘランに戻る飛行機が出る。ケルマンシャー州の局長は、ピラステ局長が既に帰ったにもかかわらず飛行場まで送りに来てくれた。マジディ部長や平山たちは厚いもてなしにお礼を言って飛行場の中に入って行った。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 19:00 | 遥かなる遺産 Part2
砦の中は、お祭騒ぎである。ファリドゥン王が凱旋して来たのだ。北方で暴れ回っていた三頭の怪獣のダハーカを倒したというのだから、まさに英雄であった。ファリドゥン王は凱旋パレードの後、宮殿に戻り、真っ先にマツダのところにやって来た。

「マツダさま、ありがとうございました。お陰さまで怪獣を仕留めることができました」
「それは、良かった。お役に立てれば嬉しいです」
「それでは、お借りしたレーザーガンをお返しいたします」
「いや、ファリドゥン王、あなたのような立派な方なら心配はありません。どうぞそのままお持ちくださって結構です」
「そうですか、それはありがたい。こんなすごい武器をお授けくださるなんて、なんと言ってお礼申し上げていいやら」
「いえいえ、こちらこそ、これまでずい分お世話になっていますから」

「アリマさま、ミソラさま、今頃どうなさっていらっしゃることでしょうか」
「あれ以来、音信不通です。でも、彼らのことですから心配には及ばないでしょう」
「アリマさま、ミソラさま、もちろん彼らのことは心配しておりません。ただ・・・」
「ただ?どうしたのですか?」
「あの人たちもマツダさまと同じように、神の力をお持ちになっていらっしゃいます・・・」

「ああ、そうか、彼らの他国への援助を心配されているのですね?」
「正直なところそうなんです」
「ミソラさんは、西に行き、メディアに向かえ入れられたようですが、その後は分かりません」
「そこなんです。メディアは私たちの敵のような存在です」
「それならご心配いりません。ミソラさんは、決して悪いことをするような人ではないし、悪いことに加担することは絶対にないでしょう」
「悪いことですか・・・」
「他国を攻撃し、多くの人々を殺すなんてまさに悪といえるでしょう」
「・・・・」

「ああ、ファリドゥン王、あなたはこれからの南下計画のことを気にしておられるのですね」
「正直な話、そういうことです」
「敵として全部を打倒することはありません。まず話し合い、説得する。そしてそれに従わない王たちをやっつけることは仕方がないとしても、人々まで犠牲にすることはありません」
「私とて戦いを求めているものではありません」
「圧政に苦しむ人々の解放、これは良いことです」
「マツダさまにそうおっしゃっていただければ、鬼に金棒、いや王にレーザーガンです」
「あはは、レーザーガンは単なる武器です。武器では人々の心は掌握できますまい」
「そのとおりです」

今やマツダの地位は、王の相談役以上のものだった。そして人民は神様だと考え敬意を表していた。そもそもは、アリマとミソラ、不時着により三人でこの地に現れたのだが、シェルターを個別に用意できるようになってから、三人はそれぞれの道を歩むようになったのだった。

帰還の希望があれば、話は違っただろう。しかし、三人の力を合わせても、なお、不時着した宇宙船の修理はほとんど不可能だったのだ。

マツダは考えている。なぜ、ミソラが去ったのか、そしてアリマまで・・・ 帰還の希望がなくなったということは一つの大きな要因であり、それぞれの考え方の違いも大きな問題であった。個人用のシェルターを作るまでは、ほとんど一心同体で活動していたのだが・・・

そんなことを考えていると、突然爆音が聴こえて来た。現地人の生活を考えると、爆音なんてナンを焼く釜がある台所くらいしか考えられない。しかし、爆音は次々に聴こえる。マツダは嫌な予感がした。まさか・・・

マツダの部屋にソーマが駆け込んで来た。

「マツダさま、大変です。北方民族が攻撃して来ました」
「あの爆音はなんだ?」
「分かりません。みたこともないものです」
「みたこともない?」
「空から玉が落ちて来て爆発するのです」

マツダは、大砲などいう原始的な武器は書物でしか知らないものであったが、どうやらそういうもののようだ。マツダの部屋が轟音とともに揺れた。ソーマは震えている。

「マツダさま、どうしましょうか?」
「ファリドゥン王はどうされているのか?」
「敵を迎え撃とうとしています」
「私は様子を見て来る」

マツダは、スライダーをシェルターから取り出し、部屋から外に出た。庭にはいくつもの穴があり、白煙が上がっている。そして、マツダの直ぐ上の建物の一角が大きな爆音とともに崩れて来た。マツダは急いでスライダーに乗った。スライダーはぐんぐん上昇して行き、砦の北側に北方民族の軍団を見ることができた。

確かに彼らは大砲で攻撃して来ている。かなり原始的な武器のようで、砲弾の動きがはっきりと見える。その背後には騎馬軍団が整列して総攻撃に備えているようだ。原始的な武器とはいえ、刀か槍くらいしか持っていない現地人である。火薬を使った武器には度肝を抜かれているようだ。

マツダがスライダーで空から敵の軍団に接近すると、敵の大将らしき人が見えて来た。鎧の上に毛皮をつけている。敵の兵隊がマツダを発見したようだ。スライダーで飛ぶマツダを見ても驚いた様子はない。弓を持った兵隊が打ち落とそうとしている。もちろん、マツダは弓が届くように距離までは接近しない。

硝煙ではっきりとは見えないが、大砲は10基くらいあるようだ。かなり原始的な大砲のようで、一発撃つと次の一発まではかなり時間がかかるようだ。マツダは北方民族の軍隊の様子をファリドゥン王に急いで伝えなければいけないと思った。早くしないと、騎馬軍団による総攻撃が開始されるだろう。

白煙の上がる砦に急いで戻ると、砦の中はパニック状態であった。砲撃という見たことも聞いたこともない攻撃を受けたのだ、冷静でいられる人などいるはずがない。赤いマントを着たファリドゥン王は直ぐにみつけることができた。砦の塔の陰に身を隠していた。しかし、その顔は蒼白であった。

「ファリドゥン王、大丈夫ですか?」
「うう、マツダさま、これはいったいどうしたことでしょうか?」
「敵は大砲という武器を使っています」
「タ・イ・ホ・ウですか?」
「そうです。遠くから撃って、玉が落下したところで爆発する」
「恐ろしい武器だ」
「敵はもう直ぐ騎馬軍団による総攻撃をかけてくるでしょう」
「そうか、我が軍は浮き足立っているから、今攻撃されたら総崩れになってしまう」
「では、王は南に逃げてください。私はなんとか彼らを引き止めてみます」
「そうか、ありがたい。では、お預かりしていたレーザーガンをお返しする」

ファリドゥン王の逃げ足は速い。手勢を率いて、あっと言う間に南の出口から馬で脱出した。マツダは、どうしたら敵の軍団を止めることができるか思案した。マツダにあるのはスライダーくらいなもの、再び空から敵の様子を観察することにした。

敵の砲撃は、連射というには間が空き過ぎているが、続けられている。どうやら、砦の入り口に狙いをつけているようだ。しかし、原始的な大砲のせいか、なかなか当たらない。

マツダは一計を案じた。ファリドゥン王の部下たちに援護させ、スライダーを使って敵の砲弾を集積してあるところに接近し、レーザーガンで爆発させればいい。これなら砲撃を止められる。しかし、スライダーでどうやって砲弾のあるところまで接近すればいいのか・・・

マツダはファリドゥン王の精鋭部隊に作戦を伝えた。マツダの指令は絶対である。なにしろ神様からの指令なのだ。ファリドゥン王の命令よりも強力かも知れない。精鋭部隊はいくつかのグループに分かれ、陽動作戦の開始であった。

東門から騎馬による精鋭部隊が飛び出して行った。北方民族の弓部隊が矢を射る。騎馬軍団は、その攻撃の後に迎え打ちに来るだろう。マツダはひっそりと様子を見ていた。マツダの狙いをつけたのは、手薄になった左端の大砲であった。砲弾がその後方の馬車に積まれている。

陽動作戦で、敵軍の注意が向けられているその隙をついて、マツダは左端の砲弾が積まれている馬車に接近した。そして、直ぐに高熱のビームを持つレーザーガンを使った。高熱のビームの受けた砲弾はたちまち爆発した。

その結果は、予想以上の派手なものになった。落とした砲弾が爆発し、積まれていた砲弾を四方八方に飛ばしたのだから大変なことになった。砲弾が積まれていたところが順々に爆発し始めたのだ。今は、敵軍の前面が総崩れの状態になった。

しかし、それはつかの間の混乱でしかなかった。北方民族の軍団は大勢であった。大爆発の混乱が収まると、後方に引いていた騎馬軍団が総攻撃を開始した。大砲による攻撃は彼らにとっても馴れないことのようで、ようやく従来の戦い方に戻ったことから、むしろ活き活きとしてきたようにみえた。

マツダがスライダーを旋回させて、砦に一旦戻ろうとしたとき、突然もう一台のスライダーが現れた。そして、そこから発射されたレーザービームがマツダの体を貫いた。マツダとスライダーは砦の中へ墜落していった。

「やはり、アリマだったんだな」
「悪いな、マツダ。所詮、俺たちは一緒にはやっていけなかったようだ」
「うう、一体何を企てているのだ。ここの人々を不幸にしてどうするというのだ?」
「不幸かどうかは、歴史が証明するさ」
「いや、おまえのやっていることは悪だ」
「善だの悪だの、そんなものは時代によって変るものだ」
「人殺しは絶対悪だ」
「そうかな。邪魔者は消す。それは理に適っているというものさ」

こうして、ファリドゥン王の砦は、アリマを王とする北方民族の手に落ちた。そして、このことはファリドゥン王も知るところとなった。

「ああ、マツダさま、いや、アフラ・マツダさま。御身を犠牲にしてまで・・・」
「あのアリマというやつ、今はアーリマンと呼ばれ、悪魔とも魔の中の魔とも呼ばれています」
「アフラ・マツダさまとは大違いだ」
「アーリマンは、死、虚偽、凶暴などの全ての悪を司ると言われています」
「目的のためには手段を選ばないというのだろう・・・」
「あの三頭の怪獣だってアーリマンの創造したもののようです」
「恐ろしい敵よのう・・・」
「どうしましょうか?」
「こうなっては、ミソラさまにすがるしかないようだ」
「あのミソラさまでアーリマンに対抗できるものでしょうか?」
「他に対抗手段がないだろう・・・」
「おっしゃるとおりで」
「では、ソーマ、お前が使者になってエクバタナ(メディア王国の首都)に向かえ!」
「御意」
「私は、アフラ・マツダさまの志を引き継ぎ、法による秩序を求めようと思う」

一方、マディア王国では、ミソラの目指したことは実を結びつつあるようで、王国は平和で繁栄していた。人々は、ミソラの教えをミソラ教として受け入れ、メディア王国の王もミソラを神として接待した。ミソラのことは、人々はアフラ・ミソラと呼んだ。厳密に言うと、現地の人たちの間では、ミトラ教、そしてアフラ・ミトラと発音された。

ファリドゥン王の使いのソーマから話を聞いたミソラは、マツダの死を大いに悲しんだ。そして、アリマの行いに対する怒りは激しいもので、アリマ打倒へと準備を開始することを誓ったのだった。ミソラがソーマから話を聞いたときには、メディア王国に対して戦争に関することについては何一つ教示しなかったのだが、もはや事情が変ったのである。

数年後、ミソラはメディア軍を率い、恐ろしい敵であるアーリマンの悪魔軍団を殲滅した。アーリマンは死してもなお、大魔王アーリマンとして存在しているという。



夢から覚めた平山は、夢とはいえ、主人公らしいマツダが死んでしまったことが不思議でならなかった。小説などでは主人公が死んでしまうなんて考えられないことだ。夢だからこそ、脈絡も論理もないのだろうと思った。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 18:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山は、自分のみた奇妙な夢を岡野に話してみたい気がした。そもそも岡野というUFOマニアの話が平山の潜在意識に作用して、その結果夢となって現れたのだろうと思ったのだ。平山は、早速岡野をアパートに招待した。北側のテラスでアルボルズ山脈を見ながら夕食を楽しもうというものであった。

平山のアパートの北側テラスからは、3,300mもあるアルボルズ山脈が間近に見える。テヘランの街全体でみると、南側の標高が1,100m程度であるのに、北側は標高が1,700mもある。したがって、北側を見ると山脈だけでなく、夜景も美しく見ることができる。

(参考)テヘランの北側にあるアルボルズ山脈
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例によって、岡野は6時にやって来た。ガラス製の丸テーブルは二人で使用するには十分な大きさである。珍しく入手できたハイネケンを飲みながら、スリランカ人シェフの作る料理を楽しんだ。おつまみで提供される揚げ餃子のようなサモーサは絶品であった。

ビールを飲みながら、平山はこれまでにみた二つの夢について岡野に話をし始めた。最初は、宇宙船の不時着の話、そしてその続編にあたるアフラマツダとアーリマンの戦いであった。岡野は、頷きながら静かに平山の話を聞いていた。

「すごいイマジネーションだねぇ、驚きました」
「これは岡野さんとの旅行、そして岡野さんの話に影響された結果だと思うけどなぁ」
「いやいや、私はそこまで詳細に話したことはないですよ」
「じゃぁ、どうしてまるで映画みたいな夢をみたのでしょう?」
「遺跡をみたからそのインパクトが大きかったってことじゃないのかなぁ」
「UFO説なんて考えたこともなかったんですから」
「ああ、それに関しては私に責任があるかな」
「責任というような話じゃありませんけどね」
「わはは、そりゃそうだ」

そして、そこからが岡野の本題であった。

「実は、その後、私もいろいろと調べてみたんだ」
「夢の説明がつくような話ですか?」
「そうだね、かなり説明ができると思う」
「それは面白い」
「まず、マツダだけど、東芝が昔、マツダランプという名前で電球を売っていたけど、この名前は拝火教から来ているそうだ。それに、自動車のマツダも”MAZDA”と書くね」
「なるほど、マツダという主人公は、まさに拝火教を代表する名前という訳なのか」
「アフラというのは、神という意味を持つようだから、まさにアフラ・マツダだね。アフラ・ミトラというのもあったそうだ」

「ヤズドの拝火教の寺院でみたあのシンボルマークがアフラマツダだったね」
「平山さんの夢によれば、あの羽のようなものがスライダーという乗り物なんだね」
「パサルガダエの天使にも羽がありましたね」
「ヘルメットの輝きは光輪、あるいは後光だろうし、アンテナがあの天使の頭にあったものということになるね」
「あの遺跡をみたときには、そんなことは夢にも思わなかったけど・・・いや、夢には見たか」
「レーザーガンなんてあったかなぁ?」
「いや、それは分からない」
「みせびらかす性質のものじゃないから、レリーフにはしないだろうなぁ」

「平山さん、もっと面白い話をしようか」
「うん、どんな?」
「クリスマスってあるけど、クリスマスってイエス・キリストの誕生日でないということは分かっていることなんだ」
「へ?そうじゃなかったんだ」
「伝説によれば、ミトラは、12月25日、冬至の日に岸壁から生まれたそうだ」
「それが、今日のクリスマス?」
「ローマ帝国の時代、キリスト教の布教のためにいろいろな宗教の要素を取り入れたという話をテレビ番組でみたことがある」

平山は、あまり宗教に関する知識はなかった。自身の宗教について訊かれれば、仏教徒と答えるが、葬式とお盆、お墓参りくらいでしか仏教とは縁がないのだ。岡野は話を続けた。

「アフラ・マツダって、仏教では阿弥陀如来、別名で大日如来なのだそうだ」
「え?仏教とミトラ教って関係があったの?」
「ミトラは、弥勒菩薩だという」
「うひゃぁ、すごい話だぁ」
「それには、一つの説があってね。紀元前550年頃、マギ・ゴーマタという人がいたそうな。メディア王国のミトラ教の高位をマギというそうだ。釈迦の本名は、ゴータマだよね。この二人の生きた時代はほとんど変らないという。もし、これが同一人物なら、釈迦とミトラ教とは関係が深かったということになるね」
「ゴーマタにゴータマ・・・本当のような嘘のような」
「大日如来がアフラ・マツダだということになると、大日信仰では問題になるだろうな」
「むう・・・」

平山は、ケルマンシャー州でみた唐草模様と天使のようなレリーフを思い出していた。ペルシャ帝国から多くのものが日本に伝来したというのは事実のようだと思った。岡野は話を続けた。

「どうしてイランでは、ミトラ教でなく拝火教、別名ゾロアスター教が普及したと思う?」
「あ、そうだ、どうしてだろう」
「夢にも出て来ていただろう。ファリドゥン王はアフラ・マツダに感謝し、それがペルシャ帝国に引き継がれたんだね」
「夢を根拠にされても困るけど」
「もっと言えば、ペルシャ帝国の王たちは、拝火教だけなくミトラ教も同時に崇拝していたそうなんだ。これはちょっと不思議な感じがするけど、平山さんの夢のような筋書きが背景にあるなら納得できるね」
「うひゃぁ、我ながらよくできた夢だなぁ」
「あはは、面白いでしょう」
「なんだか、夢の話が全部本当にあったことのように思えて来ちゃった」

平山は、岡野の博学に感謝した。以前、岡野の言っていた「辻褄が合う」というのはこのことだったのかと思った。岡野はさらに続けた。

「ところで、ゾロアスターって半分人間で半分神様って知っていた?」
「いや、知らない。ゾロアスターって人の名前なのか」
「善神のアフラ・マツダとアーリマンとの戦いは何度もあったらしい。神様だから、死んでも死なないはずだし、今でもいるんじゃないかな」
「おいおい、怖い話になって来たねぇ」
「神が死んだと宣言したのはニーチェだったけどね」
「ああ、ツァラトゥストラはかく語りきだったね。ああ、それがゾロアスターなのか」
「ツァラトゥストラは、ドイツ語読みだね」

岡野と平山の話は、スリランカ人の使用人が帰ってもまだ続いた。

「平山さん、さて、本題だが・・・」
「え?まだ驚くようなことがあるの?」
「いや、平山さんの映画のような詳細な夢、これはただ事じゃないと思うのだが」
「あはは、まさか、私が何かの力で、夢をみさせられたなんて言うのでは?」
「いや、どうなのか分からないけど、ちょっと不思議じゃないか?十分な知識がないのにどうしてあんな詳細な夢をみられるというの?」
「いや、それは、なんというか、想像の産物じゃないのかな」
「辻褄合わせの想像の産物?」
「いや、その点、私は辻褄なんて考えたことはないけど」
「ほら、やっぱり何かありそうだ。アフラ・マツダの怨霊かな」
「おいおい、脅かすのはやめてくれよ」

実際、このとき平山の背筋がぞくっとした。幸い、岡野はそれ以上その話題を続けなかった。

「UFO探しでもするか?」
「まさか、カスピ海に沈んだ宇宙船を見つけようなんてんじゃないだろうね」
「まぁ、それは無理だけどさ。でも、ミニ・シャトルならみつかるかも。いや、発見されているんじゃないかな」
「またまた、すごいことを言うなぁ」
「ここはイランだよ。もしも、未確認飛行物体のようなものが発見されたら、イラン政府はどうすると思う?ロシアのものか米国のものかと疑うのが普通じゃないかな。そして、どちらとも見当がつかなければ眠ったままになっているのでは?」
「うーん」
「ずっと前にみつかっていたとしたらどうだろうか」
「それなら、どこかの博物館にあるんじゃないの?」
「いや、ミトラ教か拝火教の関係者が隠したということも考えられる」
「スライダーもシェルターも、レーザーガンも?」

平山は、なんだかすごい話になって来たと思った。岡野に夢の話をしたことが良かったのかどうなのか・・・ 岡野はますます熱心になって来たようだ。

「それから、まだ謎がある」
「謎って?」
「どうして、三人がばらばらになったのか?アリマはどうして変貌したのか?ミトラはどうやってアリマに勝ったのか?ミトラはどうなったのか?などなど、いっぱい謎があるよ」
「ああ、なるほど」
「また夢をみたら是非話してくれないか?」
「うん、もしも、また夢の続きをみたらね」
「まだみるんじゃないかなぁ」
「またまた、そんな怖いことを言う」
「あはは、そんなに怖い話じゃないだろうに」
「何かの力で夢をみさせられているとしたら不気味だよ」
「面白いじゃないか」
「他人事だと思って・・・」
「あはは、悪い、悪い。今晩は、とっても面白かった。そしてご馳走様」



平山は、全国の各州の担当者を集めて大きなセミナーを企画していた。平山を悩ませている問題は、イランで大きなセミナーを開催すると、各州から課長以上、場合よっては局長が参加して来ることがあるということだった。したがって、セミナーの開催通知には、技術移転のためのセミナーであることを説明にいれるようにアツーサに強く依頼したのだった。

しかし、それでも現実は、これまでみて来たように、平山の期待したようにはならないケースが多い。ケルマンシャー州でのセミナーのようなお祭騒ぎでは、技術移転もなにもあったものではないと思えるのだった。平山は思った。地方の局長クラスは、セミナーを大義名分にして、平山持ちの旅費を利用してテヘランに出て来たいのではないかと。

平山のオフィスでは珈琲をドリップ式で淹れることができる。イラン人はもっぱら紅茶を楽しむのだが、なぜか珈琲メーカーは販売されている。そして不思議なことに、ドリップ式の簡単な器具が売られていない。平山はテヘラン中を探したことがあるので、今では存在していないと確信している。今、使っているのは日本から持ち込んだものである。

そして、良質な珈琲豆の調達も大きな課題であった。日本食材をおいてある店ですら日本の美味しい珈琲豆は置いていないのだ。平山は日本の珈琲豆の品質の良さを再認識させられた。もちろん、もともと日本産の珈琲豆なんて存在しないので、円高のお陰でいい品質の豆を輸入できるせいなのだろうと思った。

今日もいつものようにオフィスに着くと、直ぐにアツーサが珈琲のためのお湯を沸かし始めた。アツーサはすっかり日本の珈琲のファンになっていた。一般のイラン人でも珈琲愛好者はいるが、その場合はインスタント珈琲が普通である。しかも、砂糖をいっぱい入れてである。

そうしているときに電話が掛かって来た。アツーサの携帯電話にだった。アツーサの表情が突然曇った。電話が終わるのを待って、平山はアツーサに声を掛けた。

「一体どうしたの?」
「主人が交通事故に遭いました」
「え?で、大丈夫なの?」
「病院に運ばれたそうです」

アツーサのあまりにも深刻な様子に平山は言葉を失った。アツーサは、珈琲どころではないだろうに、どういう訳か、黙々と珈琲を淹れている。平山は、アツーサが無意識にやっているのだろうと思った。

「アツーサ、タクシーを呼んで、病院に行けばいいのに」
「はい、そうします」

アツーサはようやく行動を起こした。タクシーを手配して、再び無言で珈琲を淹れた。タクシーが来るのには20分は掛かるところだ。アツーサが珈琲を味わっているとはみえなかった。やがて、タクシーが来るとアツーサは出て行った。平山は、アツーサに往復分のタクシー代を渡したが、戻って来れるとは思っていなかった。

アツーサのご主人が、ルノーの小さな自動車に乗っていることを平山は知っていたが、あの車で事故を起こしたとなると大変だろうと思った。しかし、事故の詳細は分からない。アツーサのご主人は医者である。医者であっても、自分自身で事故に遭ったのでは何かができるものではない。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 17:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山が帰宅して夕食を済ませた頃、アツーサから電話があった。話では、アツーサのご主人がルノーで高速道路を走行中にタイヤがパンクしたとのこと。ラジアル・タイヤならパンクしても大事故にはならないのだが、あいにくホイールが変形していて、ラジアル・タイヤが履かせられなかったとのこと。小さなルノーはコントロールを失って、ガードレールに当たり、ひっくり返りながら壁に激突したとのことであった。

ルノーは前後とも滅茶苦茶になり、ご主人は通りがかりの人に助け出されたという。ご主人の意識はあるが、顔面に大きな怪我をしている。生きているのが奇跡だと言っていた。

アツーサのご主人が無事だと知って平山はほっとした。しかし、怪我の様子は大変なようだった。アツーサが働いているとはいえ、ご主人は二つの病院で働いているという。2歳にもならない子供を保育所に預けて共働きをしているのだ。

アツーサは2日休暇をとったが、直ぐに職場に出て来た。全国版のセミナーは1週間後に迫っていた。アツーサにはその段取り、打ち合わせなどやってもらうことがたくさんあった。平山にとって一番の問題は、セミナーでの通訳である。突然の事故ということもあり、アツーサの代わりがいないのである。

平山の講演の内容はかなり技術的な言葉を使うので、中身が分からない普通の通訳を雇っても的確な通訳ができない。この点については、アツーサもよく分かっていた。セミナーは、4日間連続で予定されていた。通常の状態だったら、平山はアツーサに1週間でも2週間でも休暇を与えられるのだが、このときは事情が違った。

このとき、アツーサは病院と家、保育所、職場を行き来しながら、セミナーという大きなイベントをこなさないといけなかった。平山は、イラン人が家族を大切にすることをよく知っている。そこで心配したのが、アツーサが簡単に仕事を投げ出してしまうのではないかということだった。

しかし、アツーサは違った。看病で夜もろくろく眠れない状態でありながら、かなりのハイテンションでセミナーを乗り切ろうとしていた。平山の通訳をしているときには、迫力もあったし、すごい人だと思った。平山の目には、アツーサが人間の限界を超えて頑張っているように映った。

「アツーサ、大丈夫?」
「はい、今は主人とセミナーの二つのことにだけに集中しています」
「うん、本当にありがとう。大変なときにすまないけど、アツーサじゃないとダメなんだ」
「分かっています」

アツーサの超人的な頑張りで、セミナーは成功裡に終了した。セミナーの開催期間でも、アツーサのご主人は大変だったのである。顔面、腰と手術が続いたのだ。本人が医師ということが不幸中の幸いで、いい医師仲間に面倒をみてもらえたという。

しかし、大変なのはこれからなのだ。ご主人は通常の食事ができないから、半年は流動食を続けなければならない。アツーサは病院に通い、その食事を用意し続けなければならないのだ。でも、アツーサのご主人が生きてて良かった、平山は本当に良かったと思った。



平山は一人、アパートで考えていた。どうも、岡野と話をするとその気にさせられてしまうようだと思った。しかし、あれから交通事故やらセミナーやらいろいろあって夢などみることもなかった。

「辻褄かぁ・・・そんなことを考えたことはないが、少し考えてみるのも面白いかな。
「確かに、どうやってミソラがアリマに勝てたかなんて不思議だし、
「その後、ミソラはどうなったんだろうか・・・
「宇宙船かぁ・・・ カスピ海の底は無理としても、あのミニ・シャトルやスライダーなどはどこかにあるのかなぁ・・・
「よせよせ、夢の中のことじゃないか、そんなことを考えたって意味はない」

平山は、自分にそう言い聞かせながらも、なおも考え続けることを止めることができなかった。

「待てよ、もしも、自分がミソラだったらどうするだろうか。強大な武器を持つアリマの軍団。
「武器の開発をミソラが進めるとも思えないし、
「あ!アリマは悪とかいうけど、あいつの進めたのは科学技術じゃないか。
「そして、マツダの進めたのが、法による秩序だったような・・・
「ってことは、ミソラは何か別な能力を持っていたということか。
「平和希求なんて能力とは思えないし・・・
「残りの分野というのは、精神世界かな。宗教とか、哲学、心理学・・・
「あ!」

ここで、平山はあることに気がついた。そして、その思いつきは、考えれば考えるほどもっともらしいものだと思えるのだった。

「ミソラは単身でメディア王国に入り、そこで神といわれるほどの尊敬を集めた。
「マツダの拝火教は、ファリドゥン王のお陰があってペルシャの一部の宗教になったが、
「彼女のミトラ教というのは、もっと広い範囲をカバーしているようだ。
「マツダやアリマに比べて、すごい影響力だ
「これって、つまり・・・」

平山は、自分の思いつきを岡野に話をしてみたくなった。早速、携帯電話に電話を掛けてみた。

「ヘロー、オカノ・スピーキング」
「もしもし、平山です」
「ああ、平山さんかぁ」
「これからお宅にお伺いしてもいいですか?」
「もちろん、いいですよ。また夢をみられたのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
「そうですか、それなら面白いかと思ったのですが」
「面白い話だとは思います」
「そうですか、では、お待ちしています」

平山は運転手をもう帰してしまったので、アパートのスタッフにタクシーを呼ぶように頼んだ。



「ようこそ、平山さん」
「岡野さん、すいません、突然で」
「いいですよ、この地では何の娯楽もないですから、いつでも歓迎です。わはは」
「実はね」
「まぁ、ゆっくりお話をお伺いしましょう。あちらにどうぞ」

岡野は、街の夜景の見えるソファに平山を導いた。テヘランには、大きなネオンサインがないので、星の集まりのように見える夜景はことのほか美しい。

「平山さん、夕食はどうしましょうか?」
「ああ、何も考えていませんでした」
「では、冷蔵庫にあるもので、なんとかしましょう。出前という手もありますけどね」

岡野は、冷蔵庫からビールを出して来た。どういう訳か、イカの燻製まで持っている。

「イカの燻製ですか、どうしたのですか?」
「日本から送って来たものです」
「へぇ、それは素晴らしい」
「で、お話というのは?」
「うん、例のミソラ、いやミトラがどうやってアリマに勝てたかってことですが」
「ああ、それは興味深いお話ですね」
「アリマはサイエンス・テクノロジーを使い、武器を開発しましたね」
「うん」
「マツダは法というものをファリドゥン王に伝授したという」
「うん」
「では、ミトラは何が特技だったのでしょうか」
「それがポイントですが・・・」
「ミトラの得意技は、集団催眠だったんじゃないかと思うのですが」

岡野は、ここでしばし沈黙した。平山は、岡野が口を開くのを待った。

「なるほど、鋭い洞察ですね。それなら、武器がなくても、いや戦わずに、アリマの取り巻きを洗脳できる」
「そうなんです。アリマとて一人では戦えません」
「心理学が科学技術を負かしたってことかぁ」
「そういうことになりますね」
「イエス・キリストやモーゼ、マホメットなどもそういう能力があったのかなぁ」
「そこまではなんとも言えませんが、宗教の創始者にはそういう能力は必要かも知れない」
「政治家にもそういう才能があるのかも」
「ヒットラーとかナポレオンとか、ジョン・F・ケネディもかな」
「日本にもそういう能力を持った首相がいましたね」
「ああ、どういう訳か衆議院の3分の2以上の議席を確保してしまった」
「なるほど、あの理由が分かったような気がする」

平山が思っていたよりも、話がどんどん逸れているような気がした。それを察したか、岡野が話を戻した。

「ところで、ミトラはどうなったと思いますか?」
「ああ、それについてはまだ考えていなかった。死んだんじゃないかな」
「そうでしょうか。神は死なないのでは?」
「彼らは神じゃないでしょ。宇宙から飛来した単なる生命体でしょう」
「平山さんは、せっかく精神面に踏み込んだのに、そこで自然科学が邪魔をするのですか」

平山には、岡野の発したこの台詞の意味が理解できなかった。

「彼が死んでいないと仮定してみるといいかも知れない」

平山は、この岡野の言葉に当惑した。岡野は続けた。

「死んだとか生きているというのは肉体だけのことじゃないだろう」
「え?精神が生き続けているということ?」
「もっと強いものかも知れない。単なる知識の伝承ではないもの」
「そうなると分からないが・・・」
「気がつかないかなぁ。先日も言ったのだが」

平山には、岡野の言いたいことがさっぱり理解できなかった。岡野が続けた。

「どうして平山さんが映画のような夢をみたかということさ、理由があるはずだ」
「・・・夢に理由なんて、フロイトの精神分析ならともかく・・・」
「身近に理由はないかい?」
「え~?私の周囲は日本人ばかりだし・・・」
「そう?」
「え?!まさかぁ、そんなバカな・・・」

平山は自分の思いつきを認めたくなかった。なぜ認めたくないのか、心の中で自問自答を繰り返した。

「アツーサがミトラの分身なんて・・・そんなバカな」
「本人が意識しているかどうかは分からないさ」
「無意識にミトラの神性、いや、集団催眠の能力を使って・・・」
「それで辻褄が合うのでは?」

平山は、セミナーのときにみせたアツーサの超人的な努力を思い出していた。無意識に出てくるものなのかも知れないと思った。3,000年前のミトラのスピリットが、今まで受け継がれて来ているというのか。平山には、あまりにも身近な人物が対象なので信じられないのだった。

「では、アーリマンも生きているか?」
「それは、もっと明瞭だろう。ミトラと同じくらい強力に影響を残しているからね」
「確かに、世界から戦争がなくならない訳だ」
「マツダは少し弱かったのかな、実用的で役に立つものだけどね」
「なるほど、世界をみると、今もなおミトラ、マツダとアーリマンの戦いが続いているようだ」
「そういうことらしい」


(Part2 おわり)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by eldamapersia | 2007-10-03 16:00 | 遥かなる遺産 Part2