人気ブログランキング | 話題のタグを見る

イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia

遥かなる遺産 Part1(2)

アルコールが回ってくると当初の堅苦しさは消え、参加者の個性がそれぞれ見えてくる。これが日本流の人との付き合いだろうと平山は思っている。本音と建前というか、5時から男なんていうのも日本独特の習慣に起因するものと思うのだ。アルコールのせいもあり、最初は緊張していた岡野も次第に打ち解けて来た。そして、突然言い出した。

「私はUFOを信じています」
「へぇ、見たことがあるの?」
「いいえ、そういうのではなくて、存在を信じているということなんだけど」
「宇宙は広いから、そういう意味ではUFOというのは存在するだろうね」
「そこまで大きな話ではなくて、えっと・・・」

平山は、岡野がUFOマニアなのかと思った。岡野はしばらく考えた後、話を続けた。

「UFOが地球に飛来したことがあると信じているということなんです」
「何か証拠があるの?」
「証拠はありません。ただ、そう考えた方が辻褄が合うと思うんです」
「ピラミッドが宇宙人との交信のために使われたとか?」
「そうかも知れません」
「へぇ、面白いなぁ。そういうことをいろいろ調べているの?」
「はい、面白いと思っています」

興味なさそうにしていた中田が口をはさんで来た。

「で、イランにUFOはどうなの?」
「うーん、まだ分かりませんが、調べてみたいですね」
「ペルセポリス辺りがいいのかな?」
「さあ、どうでしょう・・・」
「イランにストーンヘンジみたいのがあると面白いねぇ」
「そんな話は聞いたことがないけど」と加藤が口をはさんだ。

その後、ダイニングテーブルでスリランカのカレー料理を楽しみ、再びリビングルームに戻った。平山の買いおきの赤ワインはすっかりなくなり、今は名もないブランデーが提供されている。酔いが回ったのだろうか、岡野はまた妙なことを言い出した。

「イランって悪の枢軸なんて言われているけど、世の中に悪がなくなったらどうなんでしょう?」
「イランが悪なんて米国の大統領が言っているだけでしょうに」と応えたのは平山だった。
「いや、ごめん、悪ってことについて言いたかっただけなんです」
「米国は正義が好きだからねぇ」とは中田。
「いつでもコミックの世界にいるようだ」と広井。

すると、岡野が真面目な雰囲気で言い出した。

「楽をして儲けたい・・・なんて悪だと思うけど、そういう動機があるから技術が進歩したのでは?」

一同にしばしの沈黙が訪れた。口を開いたのは中田だった。

「じゃぁ、人殺っていうのは典型的な悪だけどどうなの?」

少し間があって、岡野が応えた。

「戦争で多くの敵兵を殺したら、ヒーローになって勲章がもらえるでしょ」

また、しばしの沈黙。平山は、岡野という人物、面白いことをいうものだと思っていた。

「一般社会と戦争とでは違うんじゃないか」と加藤。
「いや、一般社会と国際社会との違いというだけだと思うけど」
「悪について定義することが難しいということかな?」と中田。
「うーん、悪という部分も必要な要素なんじゃないかって気がするってことなんだけど・・・」
「悪の存在意義かぁ・・・ なるほど、考えてみたら面白いかもなぁ」

すると、平山が口を開いた。

「ノーベルだって爆弾のためにダイナマイトを発明した訳じゃないし、アインシュタインだって原爆のために相対性理論を発表した訳じゃないでしょう。それを悪用した人たちが問題じゃないのかなぁ」
「結果的に悪用した人が、実際はその時点では悪用したとは思っていないと思うけどね」と岡野。
「確かに難しいテーマかも知れないね。原爆を投下した人が悪なのか、命令した人が悪なのか、そうしなければならない状況を作った人が悪なのか・・・」

アルコールが入った勢いで、そんなとりとめのない話が続いた。平山はイランに来てそういう話をすることはなかったので、参加者のみんなが日本人らしいなぁと思うのであった。パーティが終わり、参加者たちがタクシーを呼んで帰ったときは、もう11時を過ぎていた。

岡野の歓迎パーティをやった翌週、平山の秘書アツーサの携帯電話に岡野が電話を掛けて来た。平山は携帯電話を持たないので、アツーサの携帯電話の番号を教えてあったのだ。アパートには電話があるし、アパートを出ればいつもアツーサが一緒にいるからだった。

平山はアツーサの利便を考え、自動車の運転手のアライーを、アツーサの住んでいる地区にいる人から選んだのだった。つまり、朝自動車が平山を迎えに来るときには、その車に既にアツーサが乗っているし、帰りは平山が帰宅したその後、アツーサは家に向かうのだった。

「先日はありがとうございました」
「いえいえ、あのくらいなら毎月やっても問題ありませんから」
「料理も美味しかったし、仲間も楽しい人ばかりですね」
「娯楽のないイランですから、せめてプライベートな時間は仲間で楽しまないとね」
「なるほど、ごもっともです」
「うん、それで?」
「あ、そうだ。もしも、お時間がありましたら、今日にでも私のアパートに来れませんか?」
「仕事が終わればいつも暇だからいいよ」
「そうですか、では、何か食べられるものを用意しておきます」
「ありがとう。6時でいいでしょうか?」
「はい、6時がいいですね」

平山は、4時に仕事が終わると、一旦帰宅し、アライーにアツーサを送らせて、5時半に迎えに来るように頼んだ。アライーは、平山の用件が終わるまで岡野のアパートの前で待っていることになる。

もちろん、平山はアライーに対して夕食代込みの時間外手当を払う。契約の段階ではっきりと説明してあることだったが、イラン人には日本人と同じような精神文化があるのか、もらって当然だというような態度は示さない。いつも、お金なんていいのにと言いいながら、それでもちゃんと受け取っていたのだった。

アライーはアツーサにしっかりと説明を受けているようで、いつも決められた時間にきちんと現れた。平山は、アライーはもっと早く来ていて、どこかで待っているのだろうと思っていた。そのくらい時間には正確だったのだ。そのどこかというのはアパートの駐車場ではない。平山が自分の部屋から外を見ていると、ちゃんと定刻の2,3分前にやって来るのだった。

平山は岡野から教えてもらった住所をアツーサにペルシャ語でメモしてもらい、それをアライーに見せた。テヘランの中では住所だけあれば、だいたいどこにでも行けるようであった。岡野のアパートは平山のアパートからそれほど離れてはいなかった。ただ夕方になるとテヘランの渋滞がひどくなるので、昼間15分で行けるところでも30分かかってしまうことは普通である。

平山は、以前岡野の前任者である永井氏のアパートに招待されたことがあるので、初めてではなかったが一回で覚えられるものでもないし、その時の運転手は現在の運転手とは違っていた。なんとなく見覚えのあるアパートに着いたが、平山にはどの階だったのか思い出せなかった。

入り口にはインターフォンのスイッチがあるが、どれを押していいものか躊躇していると、その様子をみたアライーがやって来て、住所とインターフォンの番号をみて、ボタンを押してくれた。ペルシャ語で返答があったらアライーに答えてもらうしかないところである。幸い、ボタンに間違いはなく、聴こえて来た声は岡野のものであった。

平山はアライーに待ってもらい、岡野の説明どおりにエレベータに向かい、指定の階のボタンを押した。エレベータに乗っても、一回来ているはずなのにどうしても思い出すことができなかった。誰か日本人の後について来てしまったのかも知れないと思った。

エレベータから出ると、部屋が3つあるようだった。そのどれなのかも思い出せない。帰りは酔っ払ってしまっていただろうし、入るときも誰かの後についていたなら記憶に残らないものだろうと思った。平山は、なんとなく勘だけを頼りに一つの部屋のボタンを押した。

ドアが開くと、幸いにも岡野の顔がそこにあった。

「一回来ているはずなんだけど、どうしても思い出せなかったよ」
「ああ、そうですか、表札を出しておけばよかったかな」
「いや、それは止めておいた方がいいんじゃないかな。外国人ってことで狙われたら困るからね」
「そんなに治安が悪いのですか?」
「いや、万が一ということを考えてのことです」
「そうですか。まぁ、入ってください。あちらのソファーにどうぞ」

平山が部屋の中をみると、場所の記憶がすっかり消えたとは言え、一度来たことのある部屋だからそれを忘れてしまうということはなかった。家具の位置は全然変っていなかった。前任の永井氏が家族連れだったのだから、単身赴任の岡野には十分な広さといえるだろう。

「ソファにかけていてください。ビールを持って来ます」
「へぇ、もうビールを手に入れたのかぁ」
「はい、前任者が連絡先を残しておいてくれました」
「私は全然知らないけど使用人がちゃんと手配してくれるよ」
「使用人ですか、ここには週に3回メイドが来てくれます」
「そうね、そのくらいで十分かな」

岡野が持って来たビールはトルコ製のビールだった。アルコール度数8%という代物で、日本のビールとはずい分味が違っている。平山は、今ではハイネケンの缶ビールを手に入れることができるようになったが、1年前にはそれはほとんど不可能だった。それでも、アムステルというオランダのビールを手に入れることはできた。

「こんなものしかありませんけど」

と言って、岡野が出してくれたのは、日本からのおつまみだった。平山のように既に1年以上もイランにいると、日本からのものはバザールで買う以外には何もなくなっている。

「おお、嬉しいなぁ。バザールでは柿の種しか買えないからねぇ」
「ワインもありますから、どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとう。でも、どうやってワインを手に入れたのですか?」
「フランス大使館に知り合いがいるので、少し分けてもらいました」
「それはすごいなぁ」

まだイランに来て1か月くらいだというのに、岡野は世才に長けているようだ。平山が部屋の中を眺めると、専門書以外に先日の話のようにUFOとか遺跡の本が置いてあった。その件が気になったので、平山は訊いてみた。

「どうですか、その後、イランに面白そうな遺跡はありましたか?」
「残念ながら、今のところはそれらしい遺跡はないようです」
「宇宙人も砂漠は避けたのかな?」
「あはは、そうかも知れませんね」
「いままでにどういうものをご覧になられたのでしょうか?」
「ほとんどが本やテレビ番組です。壁画とか不思議な話とか・・・」
「例えば?」
「古い地図に南極大陸が正確に描かれていた」
「ああ、聞いたことがあります。古代に高度な文明があったかも知れないというやつですね」
「ええ、不思議な話です。氷が解けなければ見えなかったでしょうに」
「じゃぁ、ナスカの地上絵もですか?」
「そうですね、誰に見せるためのものだったのかとか疑問です」
「なるほど、そういう話に興味をもたれているのですか」

岡野は自分の興味のある分野の話になっても冷静なようにみえた。平山は、いわゆるUFOマニアとは違うようだと感じた。むしろ遺跡に興味があるのかと思ったが、一番有名なペルセポリスなどにはあまり関心がないようだった。

「さすがにフランス人ですね、ボルドー産のワインだ」
「そうですね、大使館だと何でも運び込めるのでいいですね」
「日本大使館もそうなんだろうなぁ」
「私たちには分けてくれないでしょう」
「誰かを招待すれば少しは持って来てくれるかもよ」
「あはは、それはいい考えですね」

岡野は、サラダとカレーライスを手作りで用意していてくれた。小まめな人だと平山は思った。赤ワインとカレーライスなんて日本ではまずやらないが、それほどまずい組み合わせでもないようだ。

「ところで、平山さん。ノールーズのときは一時帰国されるのでしょうか?」
「いや、この前一時帰国したばかりなので、イランにいます」
「でも、正月休暇なのでしょう?」
「うん、どうしようかなぁ」
「もし、よければエスファハンに一緒に行きませんか?」
「エスファハンですか、世界の半分があるというところ、興味がありますか?」
「ええ。まぁ」
「エスファハンは綺麗な街だから、何回行ってもいいけどね」
「これまでに何回も行かれています?」
「いや、一回しか行ったことはないし、しかも出張だったからあまり観光はしていません」
「それならどうでしょう?」

この誘いを受けて、実は平山は苦慮していたのだ。出張でもいつもアツーサに同行してもらっていたからである。岡野と二人だけの旅行となると、ペルシャ語がほとんど話せないのでは不自由な気がするのであった。ノールーズ中は、アツーサに同行を依頼する訳にもいかない。

「岡野さんは、ペルシャ語はできるのですか?」
「いいえ、できません。平山さんは?」
「私は挨拶だけです。1年もいながらちっとも覚えられなくて・・・」
「大丈夫でしょう。エスファハンは有名な観光地ですから、英語でも通じますよ」
「確かに、お土産店、ホテルでは英語は通じます」
「外国人観光客も多いからタクシーの運転手も大丈夫でしょう」
「岡野さんは楽観的なんですねぇ」
「あはは、そういう性格かも知れません」

岡野の楽観的な態度のお陰で、平山はアツーサなしで旅行に出かけてみようかという気になって来た。前回のエスファハンは日帰りだったので、エマームスクエアの夜景も知らないし、モスクももっとじっくりと見てみたい気があった。

「平山さん、ところで、エスファハンにはアーテシュガというのがあるのですが、知りませんか?」
「え?全然知りませんけど」
「拝火教の鳥葬を行う場所だと思うのですが」
「へぇ、エスファハンにそんな場所があるのですか?」
「はい、世界遺産だけでなく、そこも見てみたいのです」
「街から遠いのでしょうか?」
「それほど遠くないと思います。せいぜい20km程度じゃないでしょうか」
「それなら問題ないですね。簡単に行けるでしょう」
「是非見てみたいのです」
「へぇ、あんなものをねぇ」
「ああ、ご存知だったのですか」
「いいえ、エスファハンにあるということは知りませんでしたが、ヤズドでは見たことがあります」
「ヤズドといえば、あの拝火教の総本山ですね」
「はい、そこで鳥葬の塔というのを見たことがあります」
「そこも行けませんか?」
「エスファハン-ヤズドという旅行コースなら簡単にアレンジできるでしょう。それに面白いホテルがありますよ」
「そこまでお付き合いをお願いしてもいいでしょうか?」
「せっかく出かけるのですから、エスファハンだけではもったいないというものでしょう」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
by eldamapersia | 2007-10-03 22:00 | 遥かなる遺産 Part1