イラン在住4年間の写真集とイランを舞台にした小説です。


by EldamaPersia
テヘランに向かう飛行機がヤズド空港に到着した。待合室から見える滑走路の周囲には雪が見えている。出張でヤズドに来ていた平山辰夫は、とっくにチェックインを済ませて、秘書のアツーサと一緒に帰りの飛行機を待っていた。飛行機の乗客が降りてしばらくするとアナウンスがあった。平山にはペルシャ語は分からない。

「アツーサ、何てアナウンスだったの?」
「飛行機に故障がみつかったと言っています」
「そう?それで直るのかな?」
「今、修理しています」
「どこの故障だろうねぇ?」
「エンジンみたいです」
「そうか、エンジンの故障というのは重大だね。気がつかないで飛んでいたら問題だったね」

平山とアツーサは、冗談などを言いながら待合室でそのまま待ち続けた。とっくに搭乗時刻になったにも拘わらず、搭乗のアナウンスはない。待合室から故障した飛行機が見える。修理用の自動車なのだろう、パンタグラフのようなものが伸びてエンジンにエンジニアが届くようにしている。

再びアナウンスがあった。そして急に待合室にいた乗客たちがざわめき始めた。

「今度のアナウンスは、何だって?」
「エンジンが直らないので欠航にするということでした」
「え!じゃぁ、次の飛行機のチケットに変更しないと」
「はい、行って来ます」

アツーサは、平山のチケットを持ってチケットカウンターの方に向かった。しかし、平山たちと同じように待合室で待っていたイラン人のアクションは早かったようだ。カウンターに向かった人、さっさと飛行場から出て行く人、さまざまであった。しばらくして、アツーサが戻って来た。

「どの飛行機も満席で明日まで空席はないそうです」
「そう、それは困ったね」

平山の台詞には少し実感がなかった。単身赴任でイランに来ている平山だから、帰りが延びてもあまり影響はないのだ。しかし、アツーサは違った。まだ2歳にもならない子供がいるので、1泊の出張でも大変だったのだ。1泊はご主人の協力を得ての出張できたが、2泊という訳にはいかない。

「アツーサ、なら、タクシーでテヘランまで帰ろうか?」
「テヘランまで行ってくれるタクシーなんてありません」
「そっか、なら、近くの町まで行って、そこからまた別なタクシーというのは?」
「そこでタクシーがみつからなければ、動きがとれなくなります」
「そっか、確かに・・・」

飛行場にはもう人影が少なくなっていた。キャンセル待ちを期待して飛行場に残る人もいるが、諦めて飛行場から出て行った人が多いのだ。アツーサは必死でテヘランに帰る方法を考えていたようだが、携帯電話で話をした後、言った。

「仕方がありません。明日まで待つことにします」
「そっか、ご主人、大変だね」
「ええ、でも、親戚が助けてくれますから、大丈夫です」
「なるほど、いざとなると親戚が助けてくれるんだ。イラン人には100人も親戚がいるからいいね」
「テヘランには少ししかいませんけどね」

平山とアツーサは、飛行場からタクシーに乗ってヤズドの町に引き返した。

平山は飛行機の欠航のせいで市内のホテルが満室ではないかと心配したが、それは杞憂であった。チェックアウトしたホテルに戻ると、あっさりと宿泊することができた。飛行機の乗り損なったイラン人はホテルではなくてヤズドの親類の家に宿泊するのだろうと思った。

平山にとって今回のヤズド出張は初めてではなかった。半年前に一回、日帰りだったが、来たことがあった。そのときに市内を視察し、このホテルをみつけたのだった。アツーサも興味を示したので、次回の出張のときには是非そこに泊まろうと決めていたのだった。このホテルは、一般の住宅を改造してホテルにしたものだった。

一般の住宅と言っても、ホテルに改造できるくらいだから、元富豪の家である。巨大な家であるため、博物館にするかホテルに改造するかしかないという代物である。平山にとっては、イラン人のお金持ちの家を知ることができるので、興味津々というところであった。

チェックインを済ませると、夕食までにはまだ時間があったので、平山はアツーサと観光に出掛けることにした。ヤズドが拝火教の総本山のような場所であるということは平山も知っていたが、出張で来ているため観光する時間はなかった。アツーサもそこを見るのは初めてのようだった。

「アツーサ、その拝火教の寺院のこと、ペルシャ語では何て呼ぶの?」
「アーテシュキャデといいます」
「ん?アターシュって火の意味だったような?」
「そうです、よく覚えましたね」
「ペルシャ語は難しくて覚えられないけど、少しは覚えているよ」

平山はイラン人秘書のアツーサをいつも同行して仕事をしているので、挨拶以外ほとんどペルシャ語を覚える必要がなかった。イランにいてもペルシャ語を使わないのでは覚えられるはずがない。しかも、意味のないただのカタカナの集まりのような単語を覚えることは苦痛以外の何ものでもなかったのだ。

目的地に着くと、平山はがっかりした。寺院と言われる建物が新しくて、予想していた荘厳さというものが全然なかったからだ。エスファハンには荘厳で精緻な仕上げのモスクがあり、それよりも古い歴史を持つ拝火教の寺院というのだから、平山でなくとも期待したくなるのも当然であろう。

「アツーサ、イランには今でも拝火教に起因するものが残っているけど、日本にも同じようなものがあるんだ」
「え?」
「日本では、お盆という先祖を祭る期間があって、そこには迎え火とか送り火とかがあるんだ」
「それって拝火教の影響でしょうか?」
「うん、そうらしいよ。ペルシャと日本とは古い時代からつながっているらしい」

平山は、拝火教の寺院に一応仏教徒である自分が中に入れるかどうか気になったが、今では異教徒にも施設は開放されていた。施設の中は、平山の予想したよりも小さかった。中央にガラス窓があり、その奥で小さな火が燃えていた。訪問者は、平山たち以外には外国人のバックパッカーが二人いるだけである。

平山が説明文を読むと、小さな火は1600年近く燃え続けているとあった。24時間、薪を切らさずに補給し続けているなんて信じられないような気がした。アツーサによると、ヤズドの町には今でも多くの拝火教の信者が住んでいるという。イスラム教シーア派の国イランにおいて、拝火教の信者が存在しているということも興味深いものであった。

(参考)ヤズドにある拝火教寺院
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平山たちは拝火教の寺院を出たが、外はまだ明るかった。そこで、彼らは拝火教で死者を弔うという鳥葬の塔、別名で沈黙の塔という場所に行ってみることにした。拝火教の寺院の前で拾ったタクシーの運転手は、イラン人らしく愛想が良かった。平山は、一緒に仕事をしているイラン人のマジディ部長の言葉を思い出していた。ヤズドには犯罪者がいないという。

マジディ部長によると、7世紀の頃、マホメットに率いられたアラビア人の軍がペルシャを攻めて、住民に対して、イスラム教に改宗するか、巨額の金を払うか、戦争するかと迫ったという。ヤズドの拝火教の人々はどうしたのだろうかと平山は不思議に思った。

ペルシャにいた拝火教の信者たちはアラビア軍から逃れ、今ではインドに拝火教の総本山があるという。ヤズドの拝火教の信者たちは、一旦逃げて、ほとぼりがさめた頃、舞い戻ったのかも知れない、平山はそう考えた。イラン人は原則としてイスラム教徒であるが、既得権は認められている。したがって、イランにはアルメニア人のようなキリスト教徒もいるし、ユダヤ教徒もいるという。

タクシーは樹木のない荒野を抜け、鳥葬の塔のある場所についた。平山には、鳥葬の塔は直ぐに分かった。小さな岩山を利用したもののようだが、頂上に塔のようなものが見られたのである。そして、岩山の周囲にはぐるりと回るような小道が見えた。

岩山の小道は、舗装などない石ころだらけの道であった。日没にはまだ時間がありそうだったので、平山は頂上まで登る気になった。しかし、女性のアツーサはどうだろう。

「どう、登る?」
「はい、もちろん」
「歩きにくいよ」
「大丈夫」

アツーサの好奇心は相当強いらしいと平山は思った。タクシーの運転手は、ニコニコしながら車のところで待っていると言う。平山たちは、岩山を登り始めた。遠目では、なだらかに見えた小道であったが、かなり傾斜があり、小石のために滑りやすい。アツーサは、それでも一歩一歩登って来た。

急傾斜のせいか、平山は息切れがした。後方にいるアツーサを見るとかなり遅れていた。それでも、彼女は登ってくる。雲ひとつない空、明るい太陽が地平線に近くなっていた。ヤズドの町に灯りが点き始めた。

平山が頂上に着くと、塔への入り口は小さく、大きな段差があった。平山は、その一段目に立てば塔内は見渡せるから、そこでアツーサは諦めることだろうと思い、一人でその入り口を登って行った。塔の中央には、クレーターのような窪みがあって、そこで死者を弔ったと思われた。鳥葬は今では行われていないので、人骨などが残っているとは思われない。

拝火教と鳥葬、その関係について平山には見当もつかなかったが、死者を空に帰すというのはなんとなく理解できるような気がした。実際は、死体が鳥によってあちこちにばら撒かれるだけなのだろうが、鳥によって空に運ばれていったというイメージは持てると思えるのだ。

平山がそんなことを考えながらしげしげと鳥葬の穴を見ていると、アツーサがやって来た。

「え!あの段差を登って来たの?」
「はい、あのくらい何でもありません」
「いやぁ、驚いたなぁ、てっきりあそこで諦めるだろうと思っていた」
「いいえ」

平山は、それなら手を貸してあげればよかったと後悔したが、アツーサは何とも思っていないようであった。

「イランにも幽霊っているの?」
「はい、いますよ」
「アツーサは怖くないの?」
「まだ見たことがありません。墓地にいるそうです」
「へぇ、でも、ペルシャ語で話をされても私には分からないから怖くないだろうなぁ」

鳥葬の塔は墓地ではないからか、アツーサはまったく怖がっていなかった。そうしているうちに、日は沈み、辺りがすっかり暗くなって来た。鳥葬の塔からヤズドの町の灯りが綺麗に見えた。

(参考)鳥葬の塔
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平山がヤズドから戻って1か月もした頃、岡野邦彦が日本から赴任して来た。平山はイランに来て既に1年という経験を持っていることから、岡野の面倒をみる立場であった。アパート探しや銀行での現金の出し入れ、ショッピングに至るまでいろいろな情報を提供しなければならない。

平山は、週末になって岡野の歓迎パーティをアパートでやることにした。参加者は、岡野以外には5名の仲間であった。本部から来ている調整員の中田氏、平山と一緒に赴任した広井氏、家族で赴任している加藤氏とその奥様である。平山は、スリランカ人の使用人を雇っていた。パーティは、その使用人の用意する料理であった。

日本人の主催するこういうパーティの始まりは早い。平山は、6時に開始というお知らせを流しておいた。そして、日本人参加者は10分と遅れないものとしたものである。平山は、アツーサに5時半に来るように伝えておいた。迎える側の人は、先に来ていないと具合が悪いという理由である。

アツーサは日本人の時間に厳しいということを既に知っているため、ちゃんと5時半に平山のアパートに現れた。アパートに入ると、直ぐにコートとヘジャブを脱いだ。髪は黒髪ではなく、メッシュ入りの明るい茶色に染められている。彼女の衣装はプライベートな集まりのせいで、はっとするほど素敵なものだった。

そして、その10分後に広井氏がやって来た。イラン人の場合、こういうパーティでは2時間くらい遅れるのは何でもなく、定刻に現れる人はまずいない。ましてや定刻よりも前に現れるというのは異常である。広井氏は、迎えに出たアツーサを見て少し驚いたような表情をみせた。

アツーサは日本語が分からないため会話は英語にならざるを得ない。その後、参加者たちは続々とやって来て、6時には全員が揃っていた。平山は、イラン人のアツーサの目には、こういう日本人の行動はとても奇妙に映ることだろうと思った。

禁酒国のイランではあるが、アルコール類が手に入らない訳ではない。ちゃんとブラックマーケットがあって、ビールやウイスキーは買えるのだ。ただし、値段は日本の三倍もするので、高級なウイスキーなどは手が出ないのが実態である。もっとも、高級なウイスキーなどはいつもある訳ではないので、買いたくても買えないし、安物のスコッチで我慢するしかない。

参加者たちは、それぞれに努力してアルコール類を手に入れているらしく、岡野以外はいろいろな酒類を持参していた。食事は7時頃と使用人に言ってあったので、みんなはリビングでくつろいでいた。平山が席につくと岡野が言った。

「平山さん、いろいろお世話になってありがとうございます」
「いえいえ、早くテヘランでの生活に慣れるといいですね」
「はい、あとはアパートの契約だけになりました」
「そう、いい大家さんだったらいいけどね」
「永井さんの引継ぎですから大丈夫だと思います」
「ああ、帰国した永井さんのところね」

平山は自分がイランに赴任したときのことを思い出さずにはいられなかった。雪の降る日の赴任だった。イランに雪が降るなんて事前に調べるまでは想像もできなかったのだ。今は、もう3月である。街から雪は消え、春を待っているところである。

「この時期の赴任というのは珍しいね。もう直ぐノールーズに入るのに」と中田調整員が言った。
「ノールーズって何ですか?」と岡野が訊いた。
「あれ?知らなかったの?イラン暦のお正月休みのことです」
「長い休みなんでしょうか?」
「役所は1週間程度だけど、みんな有給休暇を消化したりして、1か月くらい休暇を取る人が多いですよ」
「3月に入ると、1か月くらいは仕事にならないかも」

ビールを飲みながら、イラン人の習慣や国民性についてそれぞれが思い思いのことを言っている。加藤さんの奥様は、バザールでぼられるということに腹を立てていた。話を聞くと、ぼられたと言っても、それほどの金額ではないのだが、主婦としては気になることのようだった。野菜などの食材は日本の値段の7分の1だから、ほとんど無料に近いと平山は感じていた。だから、普通のショッピングは、使用人に任せているのである。

ただし、日本食材となると話は違う。買うことができるとはいえ、日本で買う値段の3倍から5倍もするのである。ごく普通の3パック入りの納豆が500円、カップヌードルも一個500円もする。こういう買い物は、平山は自分でやり、使用人は日本食材には手をつけないことになっている。

(参考)テヘランの日本食材のお店
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(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 23:00 | 遥かなる遺産 Part1
アルコールが回ってくると当初の堅苦しさは消え、参加者の個性がそれぞれ見えてくる。これが日本流の人との付き合いだろうと平山は思っている。本音と建前というか、5時から男なんていうのも日本独特の習慣に起因するものと思うのだ。アルコールのせいもあり、最初は緊張していた岡野も次第に打ち解けて来た。そして、突然言い出した。

「私はUFOを信じています」
「へぇ、見たことがあるの?」
「いいえ、そういうのではなくて、存在を信じているということなんだけど」
「宇宙は広いから、そういう意味ではUFOというのは存在するだろうね」
「そこまで大きな話ではなくて、えっと・・・」

平山は、岡野がUFOマニアなのかと思った。岡野はしばらく考えた後、話を続けた。

「UFOが地球に飛来したことがあると信じているということなんです」
「何か証拠があるの?」
「証拠はありません。ただ、そう考えた方が辻褄が合うと思うんです」
「ピラミッドが宇宙人との交信のために使われたとか?」
「そうかも知れません」
「へぇ、面白いなぁ。そういうことをいろいろ調べているの?」
「はい、面白いと思っています」

興味なさそうにしていた中田が口をはさんで来た。

「で、イランにUFOはどうなの?」
「うーん、まだ分かりませんが、調べてみたいですね」
「ペルセポリス辺りがいいのかな?」
「さあ、どうでしょう・・・」
「イランにストーンヘンジみたいのがあると面白いねぇ」
「そんな話は聞いたことがないけど」と加藤が口をはさんだ。

その後、ダイニングテーブルでスリランカのカレー料理を楽しみ、再びリビングルームに戻った。平山の買いおきの赤ワインはすっかりなくなり、今は名もないブランデーが提供されている。酔いが回ったのだろうか、岡野はまた妙なことを言い出した。

「イランって悪の枢軸なんて言われているけど、世の中に悪がなくなったらどうなんでしょう?」
「イランが悪なんて米国の大統領が言っているだけでしょうに」と応えたのは平山だった。
「いや、ごめん、悪ってことについて言いたかっただけなんです」
「米国は正義が好きだからねぇ」とは中田。
「いつでもコミックの世界にいるようだ」と広井。

すると、岡野が真面目な雰囲気で言い出した。

「楽をして儲けたい・・・なんて悪だと思うけど、そういう動機があるから技術が進歩したのでは?」

一同にしばしの沈黙が訪れた。口を開いたのは中田だった。

「じゃぁ、人殺っていうのは典型的な悪だけどどうなの?」

少し間があって、岡野が応えた。

「戦争で多くの敵兵を殺したら、ヒーローになって勲章がもらえるでしょ」

また、しばしの沈黙。平山は、岡野という人物、面白いことをいうものだと思っていた。

「一般社会と戦争とでは違うんじゃないか」と加藤。
「いや、一般社会と国際社会との違いというだけだと思うけど」
「悪について定義することが難しいということかな?」と中田。
「うーん、悪という部分も必要な要素なんじゃないかって気がするってことなんだけど・・・」
「悪の存在意義かぁ・・・ なるほど、考えてみたら面白いかもなぁ」

すると、平山が口を開いた。

「ノーベルだって爆弾のためにダイナマイトを発明した訳じゃないし、アインシュタインだって原爆のために相対性理論を発表した訳じゃないでしょう。それを悪用した人たちが問題じゃないのかなぁ」
「結果的に悪用した人が、実際はその時点では悪用したとは思っていないと思うけどね」と岡野。
「確かに難しいテーマかも知れないね。原爆を投下した人が悪なのか、命令した人が悪なのか、そうしなければならない状況を作った人が悪なのか・・・」

アルコールが入った勢いで、そんなとりとめのない話が続いた。平山はイランに来てそういう話をすることはなかったので、参加者のみんなが日本人らしいなぁと思うのであった。パーティが終わり、参加者たちがタクシーを呼んで帰ったときは、もう11時を過ぎていた。

岡野の歓迎パーティをやった翌週、平山の秘書アツーサの携帯電話に岡野が電話を掛けて来た。平山は携帯電話を持たないので、アツーサの携帯電話の番号を教えてあったのだ。アパートには電話があるし、アパートを出ればいつもアツーサが一緒にいるからだった。

平山はアツーサの利便を考え、自動車の運転手のアライーを、アツーサの住んでいる地区にいる人から選んだのだった。つまり、朝自動車が平山を迎えに来るときには、その車に既にアツーサが乗っているし、帰りは平山が帰宅したその後、アツーサは家に向かうのだった。

「先日はありがとうございました」
「いえいえ、あのくらいなら毎月やっても問題ありませんから」
「料理も美味しかったし、仲間も楽しい人ばかりですね」
「娯楽のないイランですから、せめてプライベートな時間は仲間で楽しまないとね」
「なるほど、ごもっともです」
「うん、それで?」
「あ、そうだ。もしも、お時間がありましたら、今日にでも私のアパートに来れませんか?」
「仕事が終わればいつも暇だからいいよ」
「そうですか、では、何か食べられるものを用意しておきます」
「ありがとう。6時でいいでしょうか?」
「はい、6時がいいですね」

平山は、4時に仕事が終わると、一旦帰宅し、アライーにアツーサを送らせて、5時半に迎えに来るように頼んだ。アライーは、平山の用件が終わるまで岡野のアパートの前で待っていることになる。

もちろん、平山はアライーに対して夕食代込みの時間外手当を払う。契約の段階ではっきりと説明してあることだったが、イラン人には日本人と同じような精神文化があるのか、もらって当然だというような態度は示さない。いつも、お金なんていいのにと言いいながら、それでもちゃんと受け取っていたのだった。

アライーはアツーサにしっかりと説明を受けているようで、いつも決められた時間にきちんと現れた。平山は、アライーはもっと早く来ていて、どこかで待っているのだろうと思っていた。そのくらい時間には正確だったのだ。そのどこかというのはアパートの駐車場ではない。平山が自分の部屋から外を見ていると、ちゃんと定刻の2,3分前にやって来るのだった。

平山は岡野から教えてもらった住所をアツーサにペルシャ語でメモしてもらい、それをアライーに見せた。テヘランの中では住所だけあれば、だいたいどこにでも行けるようであった。岡野のアパートは平山のアパートからそれほど離れてはいなかった。ただ夕方になるとテヘランの渋滞がひどくなるので、昼間15分で行けるところでも30分かかってしまうことは普通である。

平山は、以前岡野の前任者である永井氏のアパートに招待されたことがあるので、初めてではなかったが一回で覚えられるものでもないし、その時の運転手は現在の運転手とは違っていた。なんとなく見覚えのあるアパートに着いたが、平山にはどの階だったのか思い出せなかった。

入り口にはインターフォンのスイッチがあるが、どれを押していいものか躊躇していると、その様子をみたアライーがやって来て、住所とインターフォンの番号をみて、ボタンを押してくれた。ペルシャ語で返答があったらアライーに答えてもらうしかないところである。幸い、ボタンに間違いはなく、聴こえて来た声は岡野のものであった。

平山はアライーに待ってもらい、岡野の説明どおりにエレベータに向かい、指定の階のボタンを押した。エレベータに乗っても、一回来ているはずなのにどうしても思い出すことができなかった。誰か日本人の後について来てしまったのかも知れないと思った。

エレベータから出ると、部屋が3つあるようだった。そのどれなのかも思い出せない。帰りは酔っ払ってしまっていただろうし、入るときも誰かの後についていたなら記憶に残らないものだろうと思った。平山は、なんとなく勘だけを頼りに一つの部屋のボタンを押した。

ドアが開くと、幸いにも岡野の顔がそこにあった。

「一回来ているはずなんだけど、どうしても思い出せなかったよ」
「ああ、そうですか、表札を出しておけばよかったかな」
「いや、それは止めておいた方がいいんじゃないかな。外国人ってことで狙われたら困るからね」
「そんなに治安が悪いのですか?」
「いや、万が一ということを考えてのことです」
「そうですか。まぁ、入ってください。あちらのソファーにどうぞ」

平山が部屋の中をみると、場所の記憶がすっかり消えたとは言え、一度来たことのある部屋だからそれを忘れてしまうということはなかった。家具の位置は全然変っていなかった。前任の永井氏が家族連れだったのだから、単身赴任の岡野には十分な広さといえるだろう。

「ソファにかけていてください。ビールを持って来ます」
「へぇ、もうビールを手に入れたのかぁ」
「はい、前任者が連絡先を残しておいてくれました」
「私は全然知らないけど使用人がちゃんと手配してくれるよ」
「使用人ですか、ここには週に3回メイドが来てくれます」
「そうね、そのくらいで十分かな」

岡野が持って来たビールはトルコ製のビールだった。アルコール度数8%という代物で、日本のビールとはずい分味が違っている。平山は、今ではハイネケンの缶ビールを手に入れることができるようになったが、1年前にはそれはほとんど不可能だった。それでも、アムステルというオランダのビールを手に入れることはできた。

「こんなものしかありませんけど」

と言って、岡野が出してくれたのは、日本からのおつまみだった。平山のように既に1年以上もイランにいると、日本からのものはバザールで買う以外には何もなくなっている。

「おお、嬉しいなぁ。バザールでは柿の種しか買えないからねぇ」
「ワインもありますから、どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとう。でも、どうやってワインを手に入れたのですか?」
「フランス大使館に知り合いがいるので、少し分けてもらいました」
「それはすごいなぁ」

まだイランに来て1か月くらいだというのに、岡野は世才に長けているようだ。平山が部屋の中を眺めると、専門書以外に先日の話のようにUFOとか遺跡の本が置いてあった。その件が気になったので、平山は訊いてみた。

「どうですか、その後、イランに面白そうな遺跡はありましたか?」
「残念ながら、今のところはそれらしい遺跡はないようです」
「宇宙人も砂漠は避けたのかな?」
「あはは、そうかも知れませんね」
「いままでにどういうものをご覧になられたのでしょうか?」
「ほとんどが本やテレビ番組です。壁画とか不思議な話とか・・・」
「例えば?」
「古い地図に南極大陸が正確に描かれていた」
「ああ、聞いたことがあります。古代に高度な文明があったかも知れないというやつですね」
「ええ、不思議な話です。氷が解けなければ見えなかったでしょうに」
「じゃぁ、ナスカの地上絵もですか?」
「そうですね、誰に見せるためのものだったのかとか疑問です」
「なるほど、そういう話に興味をもたれているのですか」

岡野は自分の興味のある分野の話になっても冷静なようにみえた。平山は、いわゆるUFOマニアとは違うようだと感じた。むしろ遺跡に興味があるのかと思ったが、一番有名なペルセポリスなどにはあまり関心がないようだった。

「さすがにフランス人ですね、ボルドー産のワインだ」
「そうですね、大使館だと何でも運び込めるのでいいですね」
「日本大使館もそうなんだろうなぁ」
「私たちには分けてくれないでしょう」
「誰かを招待すれば少しは持って来てくれるかもよ」
「あはは、それはいい考えですね」

岡野は、サラダとカレーライスを手作りで用意していてくれた。小まめな人だと平山は思った。赤ワインとカレーライスなんて日本ではまずやらないが、それほどまずい組み合わせでもないようだ。

「ところで、平山さん。ノールーズのときは一時帰国されるのでしょうか?」
「いや、この前一時帰国したばかりなので、イランにいます」
「でも、正月休暇なのでしょう?」
「うん、どうしようかなぁ」
「もし、よければエスファハンに一緒に行きませんか?」
「エスファハンですか、世界の半分があるというところ、興味がありますか?」
「ええ。まぁ」
「エスファハンは綺麗な街だから、何回行ってもいいけどね」
「これまでに何回も行かれています?」
「いや、一回しか行ったことはないし、しかも出張だったからあまり観光はしていません」
「それならどうでしょう?」

この誘いを受けて、実は平山は苦慮していたのだ。出張でもいつもアツーサに同行してもらっていたからである。岡野と二人だけの旅行となると、ペルシャ語がほとんど話せないのでは不自由な気がするのであった。ノールーズ中は、アツーサに同行を依頼する訳にもいかない。

「岡野さんは、ペルシャ語はできるのですか?」
「いいえ、できません。平山さんは?」
「私は挨拶だけです。1年もいながらちっとも覚えられなくて・・・」
「大丈夫でしょう。エスファハンは有名な観光地ですから、英語でも通じますよ」
「確かに、お土産店、ホテルでは英語は通じます」
「外国人観光客も多いからタクシーの運転手も大丈夫でしょう」
「岡野さんは楽観的なんですねぇ」
「あはは、そういう性格かも知れません」

岡野の楽観的な態度のお陰で、平山はアツーサなしで旅行に出かけてみようかという気になって来た。前回のエスファハンは日帰りだったので、エマームスクエアの夜景も知らないし、モスクももっとじっくりと見てみたい気があった。

「平山さん、ところで、エスファハンにはアーテシュガというのがあるのですが、知りませんか?」
「え?全然知りませんけど」
「拝火教の鳥葬を行う場所だと思うのですが」
「へぇ、エスファハンにそんな場所があるのですか?」
「はい、世界遺産だけでなく、そこも見てみたいのです」
「街から遠いのでしょうか?」
「それほど遠くないと思います。せいぜい20km程度じゃないでしょうか」
「それなら問題ないですね。簡単に行けるでしょう」
「是非見てみたいのです」
「へぇ、あんなものをねぇ」
「ああ、ご存知だったのですか」
「いいえ、エスファハンにあるということは知りませんでしたが、ヤズドでは見たことがあります」
「ヤズドといえば、あの拝火教の総本山ですね」
「はい、そこで鳥葬の塔というのを見たことがあります」
「そこも行けませんか?」
「エスファハン-ヤズドという旅行コースなら簡単にアレンジできるでしょう。それに面白いホテルがありますよ」
「そこまでお付き合いをお願いしてもいいでしょうか?」
「せっかく出かけるのですから、エスファハンだけではもったいないというものでしょう」

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 22:00 | 遥かなる遺産 Part1
平山はノールーズの休暇を利用して、ヨーロッパの国を旅行するのもいいかと考えていたが、足元のイランを見ておくこともこの際大事だと考え直すことにした。それで、岡野のエスファハン-ヤズドの旅行の誘いに乗ることにしたのだった。旅行のアレンジは、すべて秘書のアツーサに頼んだ。

イランの暦はイスラム暦とは違う。春分の日を起点にした太陽暦である。前半の6か月が31日で残りの5か月が30日、そして最後の月が29日か30日という構造を持っている。平山は、もしも純粋に暦を作ったらイラン暦になるだろうと思っている。起点を春分の日にするというのは一番妥当なものと思われるのだ。

イランの正月は、春を迎えるという意味でまさに迎春である。日本のお正月の習慣が身についていると春分の日が元旦とうのはピンと来ないかも知れないが、西洋暦の元旦というのは、むしろ妙な日だと思えてくる。

ノールーズが近くなった日、岡野から電話があった。今回の旅行、さらにシラーズにまで足を伸ばしたいというものであった。ペルセポリスに興味を示さない岡野だったが、気が変ったのかと思って話を聞いていると、やはり目的はペルセポリスではなかった。

「ペルセポリスに興味があるのかと思ったら、違うのか?」
「うん、ペルセポリスじゃなくて、その奥にあるパサルガダエに行ってみたい」
「パサルガダエ?なにそれ?」
「知らないのか、ペルセポリスよりもっと古い遺跡があるところ。世界遺産にも指定されている」
「え!世界遺産にも・・・ 全然知らなかったなぁ」

平山は、世界遺産という言葉を聞いて俄然興味が湧いて来た。イランには3つの世界遺産しかないと思っていたのだった。エスファハンとペルセポリス、そしてチョガーザンビルのピラミッドの3つだと思っていたのだ。平山は、シラーズの出張の際、仕事の後、駆け足だったが、ペルセポリスは見ていた。パサルガダエという名前はさっぱり思い出せないが、言われてみれば、ペルセポリスのさらに奥に別な遺跡があるという話があったような気がする・・・

「分かった。面白そうな話だね。でも、ノールーズで飛行機がとれるかどうか分からないから、当たってみて連絡するってことでいい?」
「うん、よろしく頼みます」

平山は、早速アツーサに計画変更を伝え、旅行計画のやり直しを頼んだ。結果は、幸いにテヘラン-エスファハン-ヤズド-シラーズ-テヘランというアレンジができた。どこの土地のホテルも平山には初めてではなかったので、アツーサの同行がなくても問題が少ないように思えた。

「なかなか難しかったけど、なんとかなりました」
「そうでしたか、それはよかった。平山さんにも悪いことをしたかな」
「いや、面白くなければ賛同しないから、気にしないで。せっかくの旅行だから満足する方が大事でしょう」
「ありがとう、本当にありがとう」
「で、パサルガダエには何があるの?」
「もちろん、ペルシャ帝国の遺跡だけど、一番初期のものなんだ」
「でも、ペルセポリスには興味がないんでしょ?」
「いや、ないことはないけど、時間があったら見てみたいかな」
「私は駆け足で見たことがあるけど、時間があればいいですよ」
「そうですか」
「日程からみると時間は取れそうだし、ペルセポリスはどうせ途中だからね」

平山と岡野は、タクシーでアータシュガーに向かっている。二人とも、エスファハンのエマームスクエアのモスクを観光してその感動が冷めやらないでいた。目指すアータシュガーまでは、約10kmしかなかった。

アータシュガーが見えてくると、平山はヤズドで見たものとは違うと思った。岩山の頂上に干し煉瓦造りの建物が見えるが、ヤズドのものよりもずっと小さく見えた。タクシーを待たせて、二人は岩山を登ることにした。

「岡野さんは、拝火教について詳しいのですか?」
「いいえ、ほとんど知りません。平山さんは?」
「ヤズドで拝火教の寺院と鳥葬の塔を見たことがあるけど、拝火教がどういうものかは全然知りません」
「拝火教というくらいだから、火が重要なのでしょうね」
「ええ、1600年近く燃やし続けているという火がありました」
「火が生命のエネルギーの源とでも考えているのでしょうか?」
「どうなんでしょうねぇ」

岩山のきつい傾斜を登っていくと、頂上には神殿のような建築物があった。

「平山さん、これは鳥葬の施設じゃないようですね」
「ヤズドでみたものは、もっと大きなものでした」
「これは、火を燃やす施設だったようにみえます」
「ここから見るエスファハンの景色からすると、エスファハンの街からここがよく見えるということでしょう」

頂上にある神殿のようなものと言っても、直径が数mの円柱に窓が開いているようなものであった。高さはせいぜい3m程度の小さいものである。現在、屋根はないが、果たして屋根があったのかどうか、この二人にも分からないようだ。

イランという国、国土のほとんどが砂漠のような草木のない土地だが、人々が住む街には緑が多い。アータシュガーから見るエスファハンの街には緑が溢れていた。日本での開発行為では樹木を伐採するが、イランでは事情がまったく反対である。街の樹木を伐採したりしたら、大変な懲罰があるという。

二人は目的地の見学を済ませると、エスファハンの街に戻った。アツーサの予約しておいてくれたホテルは、エマームスクエアにもザーヤンデ川にも近いところだったので、川に架けられた美しい橋の造形を楽しみ、エキゾティックな夜景を味わうことができた。

翌日、ヤズドに着くと、二人はまず最初に拝火教の寺院に向かった。平山はその寺院をみてがっかりしたのだったが、岡野は少し違っていた。

「平山さん、あの屋根についているシンボルだけど、鳥みたいですね」
「鳥に乗った神様でしょうか?」
「鳥が人を運ぶのかな、あるいは何か象徴的な意味があるのだろうか・・・」

岡野は独り言を言っているようだった。平山は、荘厳さのない寺院だったので、あまり気にとめていなかったものだが、岡野には興味深いものだったようだ。

その後、鳥葬の塔に向かったが、二人にとっては西部劇で見られるような原野と荒々しい岩肌をむき出しにした山脈の方が印象深いもののように思えた。

(参考)エスファハンのアータシュガー
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次の日、シラーズの飛行場に着いた二人は、タクシーに乗り、そのままパサルガダエに向かった。ペルセポリスには帰りに寄るつもりでなのだ。一時間も走るとペルセポリスのある場所に差し掛かった。二人はそれを脇目にパサルガダエに向かったが、経路は川に沿って上流に向かうものだった。

平山は、戦乱が絶えなかったこととと思い、この古代都市が山に囲まれた天然の要塞のような場所ではないかと予想していた。ところが現地に着いてみると、そこは彼の予想していたよりもはるかに広大な平野であった。

パサルガダエに着くと遺跡らしいものが点在してみえた。そこはペルセポリスを見たことのある平山にとってはみすぼらしい遺跡に映った。キュロス大王の大きな墓もペルセポリスの全景から比べるとみすぼらしいと思えてしまうのだった。

「平山さん、こういう広大な場所に都市を築いたということは、既に強大な権力を持っていたということですね」
「そうでしょうね、外敵から都市を守る兵隊がたくさんいたってことなのでしょう」
「これだけ広いと農耕でもやっていけそうだが」
「南下してペルセポリスに出て行ったというのは、さらなる権力の拡大を図ったということなのでしょう」
「2500年前といえば、日本ではまだ縄文時代じゃないのかなぁ」

岡野が最初に興味を示したのは、ソロモンの牢獄と呼ばれるものだった。現場に書いてある説明によると名称は後世につけられたもので意味がなく、キュロス大王の息子のカンビュセスの墓だという説、拝火教の寺院という説、宝物館という説などが紹介されていた。岡野は注意深く観察していたが、この意味不明の施設が何であるか見当もつかないようだった。

割り合いおしゃべりな二人だが、この遺跡辺りからめっきり口数が少なくなった。2500年前の遺跡の中に佇むと自然と口数が少なくなるようである。二人の頭の中では往時の都市の姿とそこで活動する人々のイメージが浮かんでいるのかも知れない。

二人は、その後、王宮の跡、謁見の間の跡を見て、石柱に彫られたレリーフのところに行った。最初のレリーフは、人間の足と魚の模様を装った足と牛の足が彫られていた。陸と海とを支配する慈悲深い王であるということを表わしているという説明書きがあった。

王宮の跡でも謁見の間の跡でも、復元できない石柱の欠片が周囲に転がされていた。いずれ専門家がジグソーパズルを解くようにして復元を試みるのだろう。

二人が周囲を見渡すと、近くに一本の柱のようなものがあった。保存のためだろうトタンの屋根がつけられている。近づいてみると、そこには人の形をしたようなレリーフが施されていた。そのレリーフは、四つの翼を持つ天使のように見えた。岡野が呟くように言った。

「この頭にはいったい何を載せているのだろうか・・・」
「王冠にしてはかなり大きなもののように見えるけど」
「何か軽いものじゃないとこの大きさの冠は被れないだろうね」
「まさか鶏冠じゃないだろうし・・・」
「鶏じゃ、空は飛べないね」
「謎だらけだなぁ・・・ こうして実際に見ても、一体何なのか見当もつかない」

(参考)パサルガダエにあるレリーフ
e0031500_845982.jpg


(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 21:00 | 遥かなる遺産 Part1
「ダメだ。操縦できない」
「熱のせいでやられたのか」
「この濃厚な大気のせいだろう」
「アリマ、しっかり操縦桿を握っていてくれ。電気系統を調べてみる」

そう言うと、マツダは操縦室から出て行った。

「アリマさん、頑張って」
「頑張るもなにも、まったく操縦不能だ」
「マツダさんが、直してくれますよ」
「ミソラさんは、いつも冷静だねぇ。このままだと陸地に激突だというのに・・・」
「悲観的になってもしょうがないでしょ、やれるだけのことをやりましょう」
「あれは湖かな、大きな湖のようだ」
「湖なら助かるかも知れない。方向を変えられる?」
「それができれば苦労しないんだが。まだダメだ」
「湖でも垂直に突っ込んだら、とてももたないわね」

陸地がどんどん近づいて来る。ベージュ色の大地と緑色がみえる。かなり接近して来ているせいだろう、地形が明瞭に分かるようになって来た。湖のようなものはかなり上方にある。機体の向きを変えないと、このままでは陸地に激突してしまう。

「あ、戻った。操縦できる」
「さあ、頑張って」

マツダが戻って来た。

「どう?操縦できるようになったのでは?」
「ああ、できるようになった。でも、すごく重たい」
「逆噴射をかけてみたら?」
「ちょっと危険だなぁ、この状態では」
「アリマさん、そんなことを言っている場合じゃないでしょ、このままで十分危険なんですから」
「仕方がないね、じゃぁ、覚悟して」

その瞬間、大きな衝撃が機体を揺らした。しかし、アリマはなんとかコントロールを失わないでいた。操縦室に戻ったマツダは、ミソラと同じようにシートにしっかりと体を固定している。

「降下中に逆噴射なんてやったことがない」
「滑空中だって大して変らないんじゃないの?」
「コントロールを失ったら最後だよ」

機体は、向きを変え始めた。一旦視界から消えていた湖が見えて来た。

「逆噴射は危険過ぎるから、このスピードで湖に突っ込むよ」
「アリマさん、うまくやってね」

機体が水面に接触した。これからがまた大変である。一旦方向を失ったら、機体が回転して搭乗員の全員が気絶してしまうだろう。機体を激しい振動が襲う。それでも、アリマは懸命に操縦を続けた。やがて、機体は減速し、湖の中に潜り始めた。

「マツダさん、この湖の成分は何?」
「うん、今調べている。どうやら水と少々の塩分のようだ」
「そう、それなら良かった。塩酸の湖では困るものね」

「ふぅ、上手く止まったようだ」
「アリマ、どう?もう動けないの?」
「エンジン本体のトラブルだから、どうかなぁ、直せるかなぁ」
「大丈夫よ。陸地に出れば何でもあるでしょう」
「ミソラさんは、いつでも楽観的だねぇ」
「じゃあ、ミニ・シャトルに必要なものを積んで、上陸しよう」
「何が必要かな?」
「食料、発電機、スライダー、シェルター、ボディスーツ、ヘルメット・・・ それから」
「必要なものはまた取りに戻ればいい」
「シェルターの外では、ボディスーツとヘルメット、常時着用かぁ」
「窒素は問題ないけど、酸素濃度が高いし、微量成分も心配だ」
「紫外線も強いようだね」

三人は必要なものをミニ・シャトルに積んで、エアーロックから湖の水中に飛び出した。湖の中には見たこともないような生物が泳いでいる。

「たんぱく質は問題ないようね」
「あんな気持ちの悪い生き物を食べないといけないのか、やれやれ」
「食料は有限だし、修理までどのくらい時間がかかるか分からないもの、しょうがないでしょ」

ミニ・シャトルは海面に浮かんだ後、陸地を目指して進んだ。三人は、ミニ・シャトルを砂浜に接岸させると、ミニ・シャトルを陸地に引っ張り上げ、上陸を開始した。三人の被るヘルメットに太陽の光線が反射して輝いている。

「三人が近くにいるときは、このままでいいけど、離れて遠くに行くときにはアンテナを広げることを忘れないように」
「了解」
「分かっています」

三人は、樹木の茂った場所にシェルターを設置した。シェルターは、灰色をしていてモンゴル人の使うテントのような形をしている。小さいが、三人が寝るスペースは十分にある。シェルターの設置や生活の準備ですっかり疲れた三人は、ボディスーツを脱いでシェルターで休憩することにした。

「きゃぁ!」
「どうした?ミソラさん?」
「目が、目がこちらを見ていたの」

シェルターには小さな窓がある。そこに目があったとミソラが言っているようであった。

「しまった、レーダーを確認しなかったけど、陸地に高等生物がいるとは」

マツダは、レーダーを確認して驚いた。シェルターの周囲には、いくつもの大きな生物が集まって来ているのだった。三人は急いでボディスーツを身につけた。

「シェルターは核爆発にすら耐える頑丈なものだから安全だけど」
「どうしたものか」

「ねぇ、見て。彼ら、何かを身に付けているのよ」
「ああ、あれは衣類だね」
「ということは、かなりの高等生物ということだな」
「でも、顔中、毛だらけだね」
「仲間同士、何かを話しているように見える」

シェルターの外では、衣類を身に付けた生物が集まって来ている。シェルターという不思議なものが何だか分からないので興味があるのだろう。

「マツダ、どうする?」
「うーん、コミュニケーションを図ってみるか?」
「それには、自動通訳が機能するまで彼らの話を聞かないといけませんね」
「では、彼らの会話を録音して解析にかけよう」

自動通訳が機能するまでに時間はほとんどかからなかった。

「では、アンテナを広げて。同時通訳で彼らとのコミュニケーションを図ってみよう」
「彼ら、攻撃的だったらどうする?」
「彼ら何か刃物みたいのを持っていますよ」
「武器としてはかなり原始的なものだが、直接くらってはいけないな」
「レーザーガンで一丁脅してみるか?」
「敵意を見せるのは得策ではないと思いますけど」
「確かに、ミソラさんの言うとおりだな」
「このままではしょうがないから、ま、当たってみるか」

マツダがシェルターの扉を開けると、周囲にいた高等生物たちが驚いて数メートルも退いた。

「ああ、怖がっているようだな」

マツダがレーザーガンを持ってシェルターを出た。アリマがそれに続いた。ミソラはシェルターの中で様子を見ている。マツダが、同時通訳を通じて話しかけた。

「私たちは敵ではありません」

その声を聞いた高等生物たちは、さらに一歩退いた。

「お前たちは何者だ?」

ついに、高等生物のボスが口を利いた。マツダはすかさず返事をした。

「私は、マツダ。これは、アリマ、奥にいるのが、ミソラです。事故に遭ってここにいます」
「どこから来たのか?」
 
この質問にはどうやって答えたらいいものか、マツダは思案した後、手で空を指した。

「ん?空からやって来たと?」

マツダは頷くと、彼のヘルメットが太陽の光に反射し、広げたアンテナが輝いた。それを見た高等生物のボスが言った。

「私は、ソーマと言う。学者である」
「どうぞよろしく」
「私はあなた方のような人たちを見たことがない。これから王族のファリドゥン様に報告したいと思う」
「そうですか、それではこれをどうぞ」

マツダが差し出したのは、キラキラと輝くM-Boxだった。スイッチを入れると、音楽が鳴り、Boxがさまざまな色に輝いた。

「マツダ、彼ら行っちゃったな」
「また来るだろう。あのなんとかという、ファリドゥンだったかな、彼らの王なんじゃないかな」
「ミュージックボックスを上げちゃうなんて、いい思いつきだったようね」
「キラキラ輝くものって魅力的に映るんじゃないかな、そう思っただけだけど」
「彼ら、顔中毛だらけだったけど、どこまで高等生物なのだろうか」
「王がいるということは、それなりの秩序が保たれているということでしょう」
「ミソラさんが言ったように敵意をみせなかったというのが成功だったようだね」

知らない間に周りを囲まれていたので、それからはレーダーをしばしば見るようにしていた。すると、今度は前回以上の数で人影が現れた。

三人はシェルターの扉を開けて、お客さんを待ち受けた。もちろん、手にはレーザーガンを持っている。大勢の中で、一人だけが大きな生物に乗っていた。多分、それが王だろうと三人は思った。近づくと、その王が言った。

「これはこれは、空から現れた客人よ。ようこそ我が国に来てくれた」

どうやら好意的な対応らしい。

「私の名前は、ファリドゥン、ここの王である」
「好意的なご挨拶、ありがとうございます。私たち三人は事故に遭い、ここに不時着しました」
「それは難儀であったこと。問題解決までの間、我が国で休息されてはいかがなものか」
「ありがたいお申し出、嬉しく思います」
「では、案内にこのソーマを残しておくので、準備が出来次第、宮殿にご案内いたします」
「どうもありがとうございます」

王はソーマだけを残し、引き上げていった。マツダは、アリマとミソラに言った。

「修理には、何か月かかるか分からない。人手もいるだろう。ここは彼らに協力してもらうことを考えるべきだろう」

三人はシェルターをたたみ、機材一式を運搬できるようにした。かさ張るのはスライダーの羽くらいなものだ。スライダー自身の重さはほとんどないので運搬の邪魔にはならなかった。三人は、ソーマに案内されて宮殿に向かった。

やがて荒野の向こうに薄茶色の砦が見えて来た。その内部には宮殿と呼ばれるものがあるのだろう。砦の壁も砦の中の家もすべて干し煉瓦でできていた。砦の中心には、3階建てくらいの建物があり、それが宮殿と呼ばれるものだろうということは直ぐに分かった。

「ミソラさん、スライダーで来れば簡単だったのにね」
「アリマさん、荷物がなければいいけど、スライダーでは荷物は運べないでしょ」
「それは分かっているけどね」

マツダたちには、宮殿の中の比較的大きな一室が与えられた。三人はそこにシェルターを設置し、当分の間の生活に備え始めた。

三人がシェルターを再び建て直して発電機などの設置をしていると、ソーマがやって来た。

「お忙しいところ失礼します。ファリドゥン王があなた方をディナーにご招待したいそうです」

この申し出に三人は戸惑った。ボディスーツとヘルメット着用では、普通に食事ができないのである。着用時のために用意された流動食なら専用チューブから栄養補給はできるが、目の前でその加工をするというのは失礼だろうし、第一美味しくもないのだ。返答しない訳にはいかないので、マツダが口を開いた。

「ありがとうございます。今日は大変疲れているので、明日改めてご挨拶と自己紹介をさせていただきたいとお伝えくださいませんか」
「それは残念です。それでは、夕食と朝食をお届けしますから、朝食の後、私がお迎えに上がります」
「我儘を申し上げてすみません。どうぞよろしくお取り計らいください」
「それでは、どうぞゆっくりお休みなさってください」
「ありがとうございます」

ソーマが部屋から出て行くのを待ってからアリマが言った。

「マツダ、うまい言い訳だったけど、いずれ本当のことを話さないといけないな」
「ああ、そうだけど、事前に彼らの食事とやらの分析をしておかないといけない」
「私たちにとって有害なものだといけませんものね」とミソラ。

三人は完成したシェルターの中に入り、ボディスーツとヘルメットを脱いだ。

「ふぅ、やっとすっきりした」
「マツダさん、アリマさん、私たちの姿を彼らが見たら、どう思うのでしょうね?」
「シェルターの中を覗こうとしていたやつがいたが、外から中は見えないからいいけど・・・」
「ヘルメットだって反射しているから、中は見えないよ」
「私たちには毛がないし、彼らから見たら奇妙に見えるのではないでしょうか?」
「それはそうだろうね・・・ では、どうしたらいいと思うの?」
「彼らの顔に似せたマスクを被るというのはどうかしら」
「ああ、それはいい考えだな、いずれ用意しておこう」
「この狭いシェルターに、誰かを招待するということはありそうもないことだけどね」

三人は、運ばれて来た夕食を分析した。炭水化物、たんぱく質、水分、塩分、ビタミンなど、有害な成分はなかった。これなら、流動食に加工しながら現地の人たちと一緒に食事をすることは可能である。

翌朝、朝食の後、ソーマが迎えに来た。三人はヘルメットを被り、シェルターの扉を開けて、ソーマに従った。マツダはレーザーガンを腰につけ、アリマはスライダーを持参していた。

挨拶の後、ファリドゥン王たちをもっとも驚かせたのは、スライダーだった。アリマが大きな羽を持つスライダーのスイッチを入れると、それはアリマを乗せて空中にふわりと浮かんだ。そして、人々の見上げる中、砦の上を二度も旋回して見せた。

このパフォーマンスは非常に効果的であった。砦の中にいる人々はこのパフォーマンスを見て驚嘆し、喝采した。三人が空から来たという話はもはや誰も疑わなくなった。そして、さらに敬意をいだくようになったようだ。



平山は夢から覚めた。一体どうしてこんな変な夢をみたのだろう。あのUFOマニアの岡野の話を聞き、一緒に国内旅行をして、意味不明の遺跡の数々を見たから、こんな妄想が夢の中に現れたのだろう。平山はそう思った。

(Part1 おわり)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 20:00 | 遥かなる遺産 Part1
平山がパワーポイントを使ってプレゼンテーションの資料を準備していると、電話が掛かって来た。もちろん、平山が受話器を取ることはない。秘書のアツーサが話をし始めたが、ペルシャ語なので平山にはその内容は分からない。アツーサはオフィスでは、髪を隠すための黒い色のヘジャブと言われるものを被っている。

アツーサは電話で話が終わると、平山に向かって言った。

「ミスター・平山。マジディ部長からの電話でした。ピラステ局長がケルマンシャー州に一緒に行きたいそうです」
「へぇ、所長がねぇ」
「どうしましょうか?」
「もちろん、歓迎するさ。航空券を手配してください」
「はい、分かりました」

平山が主催するケルマンシャー州でのセミナーの話だった。ピラステ局長は平山の働いている組織の長で、テヘラン州の州局長というポストである。局長には200人もの部下があり、政府高官の会議ならともかく、その局長が平山の主催する技術的内容のセミナーに出席するというのは、ちょっと意外な申し出だったのである。

そして、ケルマンシャー州に対しては、実のところ平山の専門分野の技術移転をするには、まだ時期が早いと思われ、知識を与えるという程度のものを考えていた。本庁からの依頼で平山はセミナーの開催を承諾したのだったが、ピラステ局長の参加はまったく予想していなかった。

ケルマンシャー州には、平山のカウンターパートであるマジディ部長、その部下のハジハディ氏、そして本庁からシーマ女史が参加することになっていた。もちろん、秘書のアツーサも通訳として同行する。セミナーでは、マジディ部長にも、ハジハディ氏にも出番を与え、これまでの技術移転の内容をイラン人同士でやってもらうという企画にしていた。

しばらくして、再び電話が鳴った。

「ミスター・平山。マジディ部長が来てほしいと言っています」
「そう、直ぐに行くと伝えてください」

平山とアツーサは、オフィスから出てマジディ部長のいるラボラトリーに向かった。歩いて5分くらいの距離である。5月を過ぎ、すっかり初夏の陽気になっているが、ラボラトリーの内部はとても寒い。冷房をしている訳ではないのだが、ばかでかいラボラトリーはなぜかよく冷えるのだ。

平山は、マジディ部長の執務室に入りながら声を掛けた。

「サラーム。ハレショマーチェトレー」

平山は、挨拶程度はペルシャ語でできる。マジディ部長はニコニコしながら嬉しそうに平山とアツーサを向かえた。マジディ部長は、平山とだけでなくアツーサとも握手をする。これはイランでは非常に珍しいことだが、アツーサが平山の雇った私設の秘書だからなのだろう。

アツーサは、職場で強制されるから黒いヘジャブをしているが、本当はカラフルなスカーフを着用したいのだ。許されれば、スカーフすら被りたくないのだろうと平山は思っている。挨拶を交わしているとテクニシャンのサーハンディが紅茶を淹れて来てくれた。

平山は、イラン人のやるように角砂糖を口に放り込み、そして紅茶をすすった。

「ミスター・平山。ピラステ局長は一泊して翌日の早朝テヘランに戻りたいそうだ」
「そうですか、問題はありません。アツーサ、それで航空券を手配してください」
「すまないな」
「いえいえ、局長は忙しい方ですからね」
「ピラステ局長は、ケルマンシャー州の出身なんだ」
「え!それは知りませんでした」
「ケルマンシャー州出身者は体格が良くて勇ましい」
「なるほど、まさにピラステ局長ですね」

ピラステ局長は身長が185cmもある巨漢である。しかし、平山には、その眼差しは優しく、人望のある人物に思われた。

「マジディ部長、ケルマンシャー州にはクルド人が多いと聞いていますが」
「うん、そう」
「ピラステ局長もクルド人なんですか?」
「そうです」

平山は、「クルド人でも政府の幹部になれるのか」と少し不思議な気がした。そして、同時に自分自身の先入観に気がついた。そもそも、イランという国は多民族国家なのである。人種としては、イラン人の大部分であるアーリア人だけなく、クルド人、アラブ人、アゼルバイジャン人、トルクメニスタン人が混在しているのだ。

マジディ部長は、北西部にあるタブリーズの出身だから、アゼリともタボタボイとも言われる。アゼリとはイランのアゼルバイジャン州に住む人たちであり、タボタボイとは、平山の聞いているところではトルコ系で成功者という意味もあるようだ。

タブリーズからトルコまでは数10km程度だろう。そのせいか、テヘランに住んでいる人たちはトルコ人という言い方をするときがある。イランでは、ジョークによくトルコ人が登場するが、このトルコ人というのはどうやらアゼリを指しているようである。

平山が赴任した当初、サーハンディに耳打ちされたことがある。マジディ部長のところでロバという言葉は使わないようにと言うのだ。ロバはこのトルコ人を意味するという。平山がマジディ部長と親しくなった今、マジディ部長は自分でロバをみつけると「親戚がいる」なんていう冗談を飛ばしたりもする。もちろん、部下のいる前では言わないだろうと平山は思っている。



ケルマンシャーへの出張の日になった。平山とアツーサは、早朝であるが、1時間前に飛行場に到着していた。しばらくして、ピラステ局長、ハジハディ氏、シーマ女史が集合した。しかし、搭乗時刻になってもマジディ部長は現れなかった。平山たちは、仕方なくバスのターミナルのような待合室に進み、搭乗を開始した。

飛行機の中で平山は、マジディ部長に頼んでおいた講演をどうしようかと考えていた。ケルマンシャーへの飛行機は一日に何便もある訳ではない。乗り遅れれば、早くても夜の便になってしまうだろう。セミナーは到着後直ぐに開始されることになっていた。

ケルマンシャーの飛行場に着陸してロビーに出ると、迎えが来ていた。そして、どういう訳か、マジディ部長が待っていた。平山はキツネにつままれたような気分だった。しかし、それよりも驚いたことは、迎えに来ていたのがケルマンシャー州の州局長だった。

飛行場に誰かが迎えに来てくれるということはいつものことだったが、州局長がわざわざ飛行場まで迎えに来るというのは驚いた。平山は、ピラステ州局長が一緒だからだろうとは思ったが、それにしても意外な出迎えであった。

技術的なセミナーであるにも拘わらず、二つの州の州局長が出席するという不思議なセミナーが開始された。それでも、二人の州局長の挨拶に始まり、セミナーは計画どおりに実施された。30人くらいの参加者であったが、平山には参加者の全員がセミナーの趣旨に関係しているとは思えなかった。

それでも、参加者は熱心のようだった。平山のプレゼンテーションの後、いくつかの質問を受けたが、質問の内容は、とんでもなく的外れなものや奇妙な質問ばかりであった。平山は苦笑していた。

そして、さらに11時頃のティーブレイクは、お祭のようだった。お菓子や飲み物が用意され、参加者たちは明るく歓談し、平山には日本のことなどを聞いて来た。そして、アツーサが面白いことを平山に語った。

「私には、ときどき彼らが話していることが全然分からないんです」
「え?ペルシャ語じゃないの?」
「はい、そうなんです。クルド語のようです」

会議ではペルシャ語で話をしているが、どうやら仲間内ではクルド語で会話をしているようなのだ。

地方の勤務時間は、8時から2時半までである。テヘランでは8時から4時までで週休2日だが、その代わり、地方では土曜日も出勤している。したがって、昼食は仕事が終わってからということになる。初日のプログラムが終わると、30人もいる参加者全員がバスに乗ってレストランまで移動した。ティーブレイクとランチは、平山の予算で賄うことになっていた。

後で精算してみて分かったことだが、ケルマンシャー州の物価は安い。大勢の参加者なので、平山は予算不足について心配になったが、それは杞憂であった。

昼食の後、解散かと思いきや、ケルマンシャー州の局長は引き続き、平山たちを案内すると言う。平山は、なんだか一昔前の日本のようだと思った。本庁から地方を訪問すると、大変な歓迎を受けたことがあったものだ。今のイランを見ていると、丁度そうした昔の日本を思い出させてくれた。

そして、平山たち一行が案内された場所は、鍾乳洞であった。イランは、砂漠のような場所ばかりだが、驚くことに地底湖のような場所が存在する。一番大きなものは、ハマダン州にあるアリ・サドル地底湖だが、ケルマンシャー州にも似たものがある。

観光を済ませ、ホテルで一休みすると、今度は夕食への招待であった。町の郊外にある気の利いたレストランで夕食ということであった。平山が驚いたことに、そこには再び州局長以下参加者の30名余りの全員が集合した。

平山は思った。これはセミナーというよりも、ピラステ局長の凱旋パーティのようだ。やはり、クルド人が本庁で局長まで出世するというのは、おめでたいことであり、ピラステ局長も誇らしいのだろう。アツーサも今回のセミナーには半分呆れているようだった。

セミナーの二日目が終わった。ピラステ局長は既にテヘランに戻っている。ケルマンシャー州の局長は、この日もランチの後、平山たち一行の観光案内をしてくれた。平山は、なんと親切な接待だろうと思わずにはいられなかった。

この日案内された場所は、ターゲ・ボスターンというペルシャ帝国の遺跡であった。平山は不勉強だったため、ケルマンシャー州にそういう遺跡があるとは思ってもいなかった。しかし、考えてみれば、ペルシャ帝国はイランからイラクにかけてその中心があったので、イラクの国境に近いケルマンシャー州にそういう遺跡があっても不思議ではないのだ。

どこからともなく案内人が現れた。ペルシャ語だが、遺跡の説明をしてくれるらしい。セミナーが終わってもアツーサはまだ通訳の仕事をしなければならない。

案内人によると、ケルマンシャーには「ベヒストゥーン」という有名な遺跡があるが、今は修復中で見られないということだった。ベヒストゥーンには碑文があり、これが楔形文字の解読の端緒となったということである。

ターゲ・ボスターンには、ササン朝ペルシャ時代の建築物の名残があり、またいくつもの大きなレリーフが断崖に彫られていた。平山は、断崖に掘られた洞窟を見て驚いた。

「あ!ここにも天使がある」
「ミスター・平山、これを見たことがあるのですか?」
「羽のある天使のようなものをパサルガダエで見たんだ」
「そうでしたか」
「同じじゃないけどね」
「そうですか」
「時代が違うしなぁ・・・」
「壊れてしまっているけど、左側にも天使がいるようですね」

平山は、以前岡野と一緒に旅行し、その後にみた夢を思い出していた。

「天使が二人、マツダとミソラか、あるいはアリマとミソラかな。まさか、いや、そんなはずはない。あれはただの夢だ」
「え?」
「いや、なんでもない。気にしないで」

(参考)ターゲ・ボスターンのレリーフ
e0108649_1328628.jpg


案内人は、さらにササン朝時代の人々の暮らしについて、当時は鹿や猪を狩りしていたことなどをレリーフの絵から説明してくれた。平山は、当時の人々は猪肉を食べていたのかも知れないと思った。

「お、唐草模様だ」
「ミスター・平山。こちらもご存知でしたか?」
「唐草模様は日本にもあるけど、外国から来たものなんだ。ひょっとしたら、ここから伝わって行ったものかも知れないな」
「じゃぁ、天使も日本にあるのですか?」
「天使ってないと思うけど、似たような図案の絵はあったような気がします」
「日本って遠い国だと思っていましたけど、かなり昔からつながりがあったのですね」

夕方にはテヘランに戻る飛行機が出る。ケルマンシャー州の局長は、ピラステ局長が既に帰ったにもかかわらず飛行場まで送りに来てくれた。マジディ部長や平山たちは厚いもてなしにお礼を言って飛行場の中に入って行った。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 19:00 | 遥かなる遺産 Part2
砦の中は、お祭騒ぎである。ファリドゥン王が凱旋して来たのだ。北方で暴れ回っていた三頭の怪獣のダハーカを倒したというのだから、まさに英雄であった。ファリドゥン王は凱旋パレードの後、宮殿に戻り、真っ先にマツダのところにやって来た。

「マツダさま、ありがとうございました。お陰さまで怪獣を仕留めることができました」
「それは、良かった。お役に立てれば嬉しいです」
「それでは、お借りしたレーザーガンをお返しいたします」
「いや、ファリドゥン王、あなたのような立派な方なら心配はありません。どうぞそのままお持ちくださって結構です」
「そうですか、それはありがたい。こんなすごい武器をお授けくださるなんて、なんと言ってお礼申し上げていいやら」
「いえいえ、こちらこそ、これまでずい分お世話になっていますから」

「アリマさま、ミソラさま、今頃どうなさっていらっしゃることでしょうか」
「あれ以来、音信不通です。でも、彼らのことですから心配には及ばないでしょう」
「アリマさま、ミソラさま、もちろん彼らのことは心配しておりません。ただ・・・」
「ただ?どうしたのですか?」
「あの人たちもマツダさまと同じように、神の力をお持ちになっていらっしゃいます・・・」

「ああ、そうか、彼らの他国への援助を心配されているのですね?」
「正直なところそうなんです」
「ミソラさんは、西に行き、メディアに向かえ入れられたようですが、その後は分かりません」
「そこなんです。メディアは私たちの敵のような存在です」
「それならご心配いりません。ミソラさんは、決して悪いことをするような人ではないし、悪いことに加担することは絶対にないでしょう」
「悪いことですか・・・」
「他国を攻撃し、多くの人々を殺すなんてまさに悪といえるでしょう」
「・・・・」

「ああ、ファリドゥン王、あなたはこれからの南下計画のことを気にしておられるのですね」
「正直な話、そういうことです」
「敵として全部を打倒することはありません。まず話し合い、説得する。そしてそれに従わない王たちをやっつけることは仕方がないとしても、人々まで犠牲にすることはありません」
「私とて戦いを求めているものではありません」
「圧政に苦しむ人々の解放、これは良いことです」
「マツダさまにそうおっしゃっていただければ、鬼に金棒、いや王にレーザーガンです」
「あはは、レーザーガンは単なる武器です。武器では人々の心は掌握できますまい」
「そのとおりです」

今やマツダの地位は、王の相談役以上のものだった。そして人民は神様だと考え敬意を表していた。そもそもは、アリマとミソラ、不時着により三人でこの地に現れたのだが、シェルターを個別に用意できるようになってから、三人はそれぞれの道を歩むようになったのだった。

帰還の希望があれば、話は違っただろう。しかし、三人の力を合わせても、なお、不時着した宇宙船の修理はほとんど不可能だったのだ。

マツダは考えている。なぜ、ミソラが去ったのか、そしてアリマまで・・・ 帰還の希望がなくなったということは一つの大きな要因であり、それぞれの考え方の違いも大きな問題であった。個人用のシェルターを作るまでは、ほとんど一心同体で活動していたのだが・・・

そんなことを考えていると、突然爆音が聴こえて来た。現地人の生活を考えると、爆音なんてナンを焼く釜がある台所くらいしか考えられない。しかし、爆音は次々に聴こえる。マツダは嫌な予感がした。まさか・・・

マツダの部屋にソーマが駆け込んで来た。

「マツダさま、大変です。北方民族が攻撃して来ました」
「あの爆音はなんだ?」
「分かりません。みたこともないものです」
「みたこともない?」
「空から玉が落ちて来て爆発するのです」

マツダは、大砲などいう原始的な武器は書物でしか知らないものであったが、どうやらそういうもののようだ。マツダの部屋が轟音とともに揺れた。ソーマは震えている。

「マツダさま、どうしましょうか?」
「ファリドゥン王はどうされているのか?」
「敵を迎え撃とうとしています」
「私は様子を見て来る」

マツダは、スライダーをシェルターから取り出し、部屋から外に出た。庭にはいくつもの穴があり、白煙が上がっている。そして、マツダの直ぐ上の建物の一角が大きな爆音とともに崩れて来た。マツダは急いでスライダーに乗った。スライダーはぐんぐん上昇して行き、砦の北側に北方民族の軍団を見ることができた。

確かに彼らは大砲で攻撃して来ている。かなり原始的な武器のようで、砲弾の動きがはっきりと見える。その背後には騎馬軍団が整列して総攻撃に備えているようだ。原始的な武器とはいえ、刀か槍くらいしか持っていない現地人である。火薬を使った武器には度肝を抜かれているようだ。

マツダがスライダーで空から敵の軍団に接近すると、敵の大将らしき人が見えて来た。鎧の上に毛皮をつけている。敵の兵隊がマツダを発見したようだ。スライダーで飛ぶマツダを見ても驚いた様子はない。弓を持った兵隊が打ち落とそうとしている。もちろん、マツダは弓が届くように距離までは接近しない。

硝煙ではっきりとは見えないが、大砲は10基くらいあるようだ。かなり原始的な大砲のようで、一発撃つと次の一発まではかなり時間がかかるようだ。マツダは北方民族の軍隊の様子をファリドゥン王に急いで伝えなければいけないと思った。早くしないと、騎馬軍団による総攻撃が開始されるだろう。

白煙の上がる砦に急いで戻ると、砦の中はパニック状態であった。砲撃という見たことも聞いたこともない攻撃を受けたのだ、冷静でいられる人などいるはずがない。赤いマントを着たファリドゥン王は直ぐにみつけることができた。砦の塔の陰に身を隠していた。しかし、その顔は蒼白であった。

「ファリドゥン王、大丈夫ですか?」
「うう、マツダさま、これはいったいどうしたことでしょうか?」
「敵は大砲という武器を使っています」
「タ・イ・ホ・ウですか?」
「そうです。遠くから撃って、玉が落下したところで爆発する」
「恐ろしい武器だ」
「敵はもう直ぐ騎馬軍団による総攻撃をかけてくるでしょう」
「そうか、我が軍は浮き足立っているから、今攻撃されたら総崩れになってしまう」
「では、王は南に逃げてください。私はなんとか彼らを引き止めてみます」
「そうか、ありがたい。では、お預かりしていたレーザーガンをお返しする」

ファリドゥン王の逃げ足は速い。手勢を率いて、あっと言う間に南の出口から馬で脱出した。マツダは、どうしたら敵の軍団を止めることができるか思案した。マツダにあるのはスライダーくらいなもの、再び空から敵の様子を観察することにした。

敵の砲撃は、連射というには間が空き過ぎているが、続けられている。どうやら、砦の入り口に狙いをつけているようだ。しかし、原始的な大砲のせいか、なかなか当たらない。

マツダは一計を案じた。ファリドゥン王の部下たちに援護させ、スライダーを使って敵の砲弾を集積してあるところに接近し、レーザーガンで爆発させればいい。これなら砲撃を止められる。しかし、スライダーでどうやって砲弾のあるところまで接近すればいいのか・・・

マツダはファリドゥン王の精鋭部隊に作戦を伝えた。マツダの指令は絶対である。なにしろ神様からの指令なのだ。ファリドゥン王の命令よりも強力かも知れない。精鋭部隊はいくつかのグループに分かれ、陽動作戦の開始であった。

東門から騎馬による精鋭部隊が飛び出して行った。北方民族の弓部隊が矢を射る。騎馬軍団は、その攻撃の後に迎え打ちに来るだろう。マツダはひっそりと様子を見ていた。マツダの狙いをつけたのは、手薄になった左端の大砲であった。砲弾がその後方の馬車に積まれている。

陽動作戦で、敵軍の注意が向けられているその隙をついて、マツダは左端の砲弾が積まれている馬車に接近した。そして、直ぐに高熱のビームを持つレーザーガンを使った。高熱のビームの受けた砲弾はたちまち爆発した。

その結果は、予想以上の派手なものになった。落とした砲弾が爆発し、積まれていた砲弾を四方八方に飛ばしたのだから大変なことになった。砲弾が積まれていたところが順々に爆発し始めたのだ。今は、敵軍の前面が総崩れの状態になった。

しかし、それはつかの間の混乱でしかなかった。北方民族の軍団は大勢であった。大爆発の混乱が収まると、後方に引いていた騎馬軍団が総攻撃を開始した。大砲による攻撃は彼らにとっても馴れないことのようで、ようやく従来の戦い方に戻ったことから、むしろ活き活きとしてきたようにみえた。

マツダがスライダーを旋回させて、砦に一旦戻ろうとしたとき、突然もう一台のスライダーが現れた。そして、そこから発射されたレーザービームがマツダの体を貫いた。マツダとスライダーは砦の中へ墜落していった。

「やはり、アリマだったんだな」
「悪いな、マツダ。所詮、俺たちは一緒にはやっていけなかったようだ」
「うう、一体何を企てているのだ。ここの人々を不幸にしてどうするというのだ?」
「不幸かどうかは、歴史が証明するさ」
「いや、おまえのやっていることは悪だ」
「善だの悪だの、そんなものは時代によって変るものだ」
「人殺しは絶対悪だ」
「そうかな。邪魔者は消す。それは理に適っているというものさ」

こうして、ファリドゥン王の砦は、アリマを王とする北方民族の手に落ちた。そして、このことはファリドゥン王も知るところとなった。

「ああ、マツダさま、いや、アフラ・マツダさま。御身を犠牲にしてまで・・・」
「あのアリマというやつ、今はアーリマンと呼ばれ、悪魔とも魔の中の魔とも呼ばれています」
「アフラ・マツダさまとは大違いだ」
「アーリマンは、死、虚偽、凶暴などの全ての悪を司ると言われています」
「目的のためには手段を選ばないというのだろう・・・」
「あの三頭の怪獣だってアーリマンの創造したもののようです」
「恐ろしい敵よのう・・・」
「どうしましょうか?」
「こうなっては、ミソラさまにすがるしかないようだ」
「あのミソラさまでアーリマンに対抗できるものでしょうか?」
「他に対抗手段がないだろう・・・」
「おっしゃるとおりで」
「では、ソーマ、お前が使者になってエクバタナ(メディア王国の首都)に向かえ!」
「御意」
「私は、アフラ・マツダさまの志を引き継ぎ、法による秩序を求めようと思う」

一方、マディア王国では、ミソラの目指したことは実を結びつつあるようで、王国は平和で繁栄していた。人々は、ミソラの教えをミソラ教として受け入れ、メディア王国の王もミソラを神として接待した。ミソラのことは、人々はアフラ・ミソラと呼んだ。厳密に言うと、現地の人たちの間では、ミトラ教、そしてアフラ・ミトラと発音された。

ファリドゥン王の使いのソーマから話を聞いたミソラは、マツダの死を大いに悲しんだ。そして、アリマの行いに対する怒りは激しいもので、アリマ打倒へと準備を開始することを誓ったのだった。ミソラがソーマから話を聞いたときには、メディア王国に対して戦争に関することについては何一つ教示しなかったのだが、もはや事情が変ったのである。

数年後、ミソラはメディア軍を率い、恐ろしい敵であるアーリマンの悪魔軍団を殲滅した。アーリマンは死してもなお、大魔王アーリマンとして存在しているという。



夢から覚めた平山は、夢とはいえ、主人公らしいマツダが死んでしまったことが不思議でならなかった。小説などでは主人公が死んでしまうなんて考えられないことだ。夢だからこそ、脈絡も論理もないのだろうと思った。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 18:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山は、自分のみた奇妙な夢を岡野に話してみたい気がした。そもそも岡野というUFOマニアの話が平山の潜在意識に作用して、その結果夢となって現れたのだろうと思ったのだ。平山は、早速岡野をアパートに招待した。北側のテラスでアルボルズ山脈を見ながら夕食を楽しもうというものであった。

平山のアパートの北側テラスからは、3,300mもあるアルボルズ山脈が間近に見える。テヘランの街全体でみると、南側の標高が1,100m程度であるのに、北側は標高が1,700mもある。したがって、北側を見ると山脈だけでなく、夜景も美しく見ることができる。

(参考)テヘランの北側にあるアルボルズ山脈
e0108649_1415010.jpg


例によって、岡野は6時にやって来た。ガラス製の丸テーブルは二人で使用するには十分な大きさである。珍しく入手できたハイネケンを飲みながら、スリランカ人シェフの作る料理を楽しんだ。おつまみで提供される揚げ餃子のようなサモーサは絶品であった。

ビールを飲みながら、平山はこれまでにみた二つの夢について岡野に話をし始めた。最初は、宇宙船の不時着の話、そしてその続編にあたるアフラマツダとアーリマンの戦いであった。岡野は、頷きながら静かに平山の話を聞いていた。

「すごいイマジネーションだねぇ、驚きました」
「これは岡野さんとの旅行、そして岡野さんの話に影響された結果だと思うけどなぁ」
「いやいや、私はそこまで詳細に話したことはないですよ」
「じゃぁ、どうしてまるで映画みたいな夢をみたのでしょう?」
「遺跡をみたからそのインパクトが大きかったってことじゃないのかなぁ」
「UFO説なんて考えたこともなかったんですから」
「ああ、それに関しては私に責任があるかな」
「責任というような話じゃありませんけどね」
「わはは、そりゃそうだ」

そして、そこからが岡野の本題であった。

「実は、その後、私もいろいろと調べてみたんだ」
「夢の説明がつくような話ですか?」
「そうだね、かなり説明ができると思う」
「それは面白い」
「まず、マツダだけど、東芝が昔、マツダランプという名前で電球を売っていたけど、この名前は拝火教から来ているそうだ。それに、自動車のマツダも”MAZDA”と書くね」
「なるほど、マツダという主人公は、まさに拝火教を代表する名前という訳なのか」
「アフラというのは、神という意味を持つようだから、まさにアフラ・マツダだね。アフラ・ミトラというのもあったそうだ」

「ヤズドの拝火教の寺院でみたあのシンボルマークがアフラマツダだったね」
「平山さんの夢によれば、あの羽のようなものがスライダーという乗り物なんだね」
「パサルガダエの天使にも羽がありましたね」
「ヘルメットの輝きは光輪、あるいは後光だろうし、アンテナがあの天使の頭にあったものということになるね」
「あの遺跡をみたときには、そんなことは夢にも思わなかったけど・・・いや、夢には見たか」
「レーザーガンなんてあったかなぁ?」
「いや、それは分からない」
「みせびらかす性質のものじゃないから、レリーフにはしないだろうなぁ」

「平山さん、もっと面白い話をしようか」
「うん、どんな?」
「クリスマスってあるけど、クリスマスってイエス・キリストの誕生日でないということは分かっていることなんだ」
「へ?そうじゃなかったんだ」
「伝説によれば、ミトラは、12月25日、冬至の日に岸壁から生まれたそうだ」
「それが、今日のクリスマス?」
「ローマ帝国の時代、キリスト教の布教のためにいろいろな宗教の要素を取り入れたという話をテレビ番組でみたことがある」

平山は、あまり宗教に関する知識はなかった。自身の宗教について訊かれれば、仏教徒と答えるが、葬式とお盆、お墓参りくらいでしか仏教とは縁がないのだ。岡野は話を続けた。

「アフラ・マツダって、仏教では阿弥陀如来、別名で大日如来なのだそうだ」
「え?仏教とミトラ教って関係があったの?」
「ミトラは、弥勒菩薩だという」
「うひゃぁ、すごい話だぁ」
「それには、一つの説があってね。紀元前550年頃、マギ・ゴーマタという人がいたそうな。メディア王国のミトラ教の高位をマギというそうだ。釈迦の本名は、ゴータマだよね。この二人の生きた時代はほとんど変らないという。もし、これが同一人物なら、釈迦とミトラ教とは関係が深かったということになるね」
「ゴーマタにゴータマ・・・本当のような嘘のような」
「大日如来がアフラ・マツダだということになると、大日信仰では問題になるだろうな」
「むう・・・」

平山は、ケルマンシャー州でみた唐草模様と天使のようなレリーフを思い出していた。ペルシャ帝国から多くのものが日本に伝来したというのは事実のようだと思った。岡野は話を続けた。

「どうしてイランでは、ミトラ教でなく拝火教、別名ゾロアスター教が普及したと思う?」
「あ、そうだ、どうしてだろう」
「夢にも出て来ていただろう。ファリドゥン王はアフラ・マツダに感謝し、それがペルシャ帝国に引き継がれたんだね」
「夢を根拠にされても困るけど」
「もっと言えば、ペルシャ帝国の王たちは、拝火教だけなくミトラ教も同時に崇拝していたそうなんだ。これはちょっと不思議な感じがするけど、平山さんの夢のような筋書きが背景にあるなら納得できるね」
「うひゃぁ、我ながらよくできた夢だなぁ」
「あはは、面白いでしょう」
「なんだか、夢の話が全部本当にあったことのように思えて来ちゃった」

平山は、岡野の博学に感謝した。以前、岡野の言っていた「辻褄が合う」というのはこのことだったのかと思った。岡野はさらに続けた。

「ところで、ゾロアスターって半分人間で半分神様って知っていた?」
「いや、知らない。ゾロアスターって人の名前なのか」
「善神のアフラ・マツダとアーリマンとの戦いは何度もあったらしい。神様だから、死んでも死なないはずだし、今でもいるんじゃないかな」
「おいおい、怖い話になって来たねぇ」
「神が死んだと宣言したのはニーチェだったけどね」
「ああ、ツァラトゥストラはかく語りきだったね。ああ、それがゾロアスターなのか」
「ツァラトゥストラは、ドイツ語読みだね」

岡野と平山の話は、スリランカ人の使用人が帰ってもまだ続いた。

「平山さん、さて、本題だが・・・」
「え?まだ驚くようなことがあるの?」
「いや、平山さんの映画のような詳細な夢、これはただ事じゃないと思うのだが」
「あはは、まさか、私が何かの力で、夢をみさせられたなんて言うのでは?」
「いや、どうなのか分からないけど、ちょっと不思議じゃないか?十分な知識がないのにどうしてあんな詳細な夢をみられるというの?」
「いや、それは、なんというか、想像の産物じゃないのかな」
「辻褄合わせの想像の産物?」
「いや、その点、私は辻褄なんて考えたことはないけど」
「ほら、やっぱり何かありそうだ。アフラ・マツダの怨霊かな」
「おいおい、脅かすのはやめてくれよ」

実際、このとき平山の背筋がぞくっとした。幸い、岡野はそれ以上その話題を続けなかった。

「UFO探しでもするか?」
「まさか、カスピ海に沈んだ宇宙船を見つけようなんてんじゃないだろうね」
「まぁ、それは無理だけどさ。でも、ミニ・シャトルならみつかるかも。いや、発見されているんじゃないかな」
「またまた、すごいことを言うなぁ」
「ここはイランだよ。もしも、未確認飛行物体のようなものが発見されたら、イラン政府はどうすると思う?ロシアのものか米国のものかと疑うのが普通じゃないかな。そして、どちらとも見当がつかなければ眠ったままになっているのでは?」
「うーん」
「ずっと前にみつかっていたとしたらどうだろうか」
「それなら、どこかの博物館にあるんじゃないの?」
「いや、ミトラ教か拝火教の関係者が隠したということも考えられる」
「スライダーもシェルターも、レーザーガンも?」

平山は、なんだかすごい話になって来たと思った。岡野に夢の話をしたことが良かったのかどうなのか・・・ 岡野はますます熱心になって来たようだ。

「それから、まだ謎がある」
「謎って?」
「どうして、三人がばらばらになったのか?アリマはどうして変貌したのか?ミトラはどうやってアリマに勝ったのか?ミトラはどうなったのか?などなど、いっぱい謎があるよ」
「ああ、なるほど」
「また夢をみたら是非話してくれないか?」
「うん、もしも、また夢の続きをみたらね」
「まだみるんじゃないかなぁ」
「またまた、そんな怖いことを言う」
「あはは、そんなに怖い話じゃないだろうに」
「何かの力で夢をみさせられているとしたら不気味だよ」
「面白いじゃないか」
「他人事だと思って・・・」
「あはは、悪い、悪い。今晩は、とっても面白かった。そしてご馳走様」



平山は、全国の各州の担当者を集めて大きなセミナーを企画していた。平山を悩ませている問題は、イランで大きなセミナーを開催すると、各州から課長以上、場合よっては局長が参加して来ることがあるということだった。したがって、セミナーの開催通知には、技術移転のためのセミナーであることを説明にいれるようにアツーサに強く依頼したのだった。

しかし、それでも現実は、これまでみて来たように、平山の期待したようにはならないケースが多い。ケルマンシャー州でのセミナーのようなお祭騒ぎでは、技術移転もなにもあったものではないと思えるのだった。平山は思った。地方の局長クラスは、セミナーを大義名分にして、平山持ちの旅費を利用してテヘランに出て来たいのではないかと。

平山のオフィスでは珈琲をドリップ式で淹れることができる。イラン人はもっぱら紅茶を楽しむのだが、なぜか珈琲メーカーは販売されている。そして不思議なことに、ドリップ式の簡単な器具が売られていない。平山はテヘラン中を探したことがあるので、今では存在していないと確信している。今、使っているのは日本から持ち込んだものである。

そして、良質な珈琲豆の調達も大きな課題であった。日本食材をおいてある店ですら日本の美味しい珈琲豆は置いていないのだ。平山は日本の珈琲豆の品質の良さを再認識させられた。もちろん、もともと日本産の珈琲豆なんて存在しないので、円高のお陰でいい品質の豆を輸入できるせいなのだろうと思った。

今日もいつものようにオフィスに着くと、直ぐにアツーサが珈琲のためのお湯を沸かし始めた。アツーサはすっかり日本の珈琲のファンになっていた。一般のイラン人でも珈琲愛好者はいるが、その場合はインスタント珈琲が普通である。しかも、砂糖をいっぱい入れてである。

そうしているときに電話が掛かって来た。アツーサの携帯電話にだった。アツーサの表情が突然曇った。電話が終わるのを待って、平山はアツーサに声を掛けた。

「一体どうしたの?」
「主人が交通事故に遭いました」
「え?で、大丈夫なの?」
「病院に運ばれたそうです」

アツーサのあまりにも深刻な様子に平山は言葉を失った。アツーサは、珈琲どころではないだろうに、どういう訳か、黙々と珈琲を淹れている。平山は、アツーサが無意識にやっているのだろうと思った。

「アツーサ、タクシーを呼んで、病院に行けばいいのに」
「はい、そうします」

アツーサはようやく行動を起こした。タクシーを手配して、再び無言で珈琲を淹れた。タクシーが来るのには20分は掛かるところだ。アツーサが珈琲を味わっているとはみえなかった。やがて、タクシーが来るとアツーサは出て行った。平山は、アツーサに往復分のタクシー代を渡したが、戻って来れるとは思っていなかった。

アツーサのご主人が、ルノーの小さな自動車に乗っていることを平山は知っていたが、あの車で事故を起こしたとなると大変だろうと思った。しかし、事故の詳細は分からない。アツーサのご主人は医者である。医者であっても、自分自身で事故に遭ったのでは何かができるものではない。

(つづく)

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# by eldamapersia | 2007-10-03 17:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山が帰宅して夕食を済ませた頃、アツーサから電話があった。話では、アツーサのご主人がルノーで高速道路を走行中にタイヤがパンクしたとのこと。ラジアル・タイヤならパンクしても大事故にはならないのだが、あいにくホイールが変形していて、ラジアル・タイヤが履かせられなかったとのこと。小さなルノーはコントロールを失って、ガードレールに当たり、ひっくり返りながら壁に激突したとのことであった。

ルノーは前後とも滅茶苦茶になり、ご主人は通りがかりの人に助け出されたという。ご主人の意識はあるが、顔面に大きな怪我をしている。生きているのが奇跡だと言っていた。

アツーサのご主人が無事だと知って平山はほっとした。しかし、怪我の様子は大変なようだった。アツーサが働いているとはいえ、ご主人は二つの病院で働いているという。2歳にもならない子供を保育所に預けて共働きをしているのだ。

アツーサは2日休暇をとったが、直ぐに職場に出て来た。全国版のセミナーは1週間後に迫っていた。アツーサにはその段取り、打ち合わせなどやってもらうことがたくさんあった。平山にとって一番の問題は、セミナーでの通訳である。突然の事故ということもあり、アツーサの代わりがいないのである。

平山の講演の内容はかなり技術的な言葉を使うので、中身が分からない普通の通訳を雇っても的確な通訳ができない。この点については、アツーサもよく分かっていた。セミナーは、4日間連続で予定されていた。通常の状態だったら、平山はアツーサに1週間でも2週間でも休暇を与えられるのだが、このときは事情が違った。

このとき、アツーサは病院と家、保育所、職場を行き来しながら、セミナーという大きなイベントをこなさないといけなかった。平山は、イラン人が家族を大切にすることをよく知っている。そこで心配したのが、アツーサが簡単に仕事を投げ出してしまうのではないかということだった。

しかし、アツーサは違った。看病で夜もろくろく眠れない状態でありながら、かなりのハイテンションでセミナーを乗り切ろうとしていた。平山の通訳をしているときには、迫力もあったし、すごい人だと思った。平山の目には、アツーサが人間の限界を超えて頑張っているように映った。

「アツーサ、大丈夫?」
「はい、今は主人とセミナーの二つのことにだけに集中しています」
「うん、本当にありがとう。大変なときにすまないけど、アツーサじゃないとダメなんだ」
「分かっています」

アツーサの超人的な頑張りで、セミナーは成功裡に終了した。セミナーの開催期間でも、アツーサのご主人は大変だったのである。顔面、腰と手術が続いたのだ。本人が医師ということが不幸中の幸いで、いい医師仲間に面倒をみてもらえたという。

しかし、大変なのはこれからなのだ。ご主人は通常の食事ができないから、半年は流動食を続けなければならない。アツーサは病院に通い、その食事を用意し続けなければならないのだ。でも、アツーサのご主人が生きてて良かった、平山は本当に良かったと思った。



平山は一人、アパートで考えていた。どうも、岡野と話をするとその気にさせられてしまうようだと思った。しかし、あれから交通事故やらセミナーやらいろいろあって夢などみることもなかった。

「辻褄かぁ・・・そんなことを考えたことはないが、少し考えてみるのも面白いかな。
「確かに、どうやってミソラがアリマに勝てたかなんて不思議だし、
「その後、ミソラはどうなったんだろうか・・・
「宇宙船かぁ・・・ カスピ海の底は無理としても、あのミニ・シャトルやスライダーなどはどこかにあるのかなぁ・・・
「よせよせ、夢の中のことじゃないか、そんなことを考えたって意味はない」

平山は、自分にそう言い聞かせながらも、なおも考え続けることを止めることができなかった。

「待てよ、もしも、自分がミソラだったらどうするだろうか。強大な武器を持つアリマの軍団。
「武器の開発をミソラが進めるとも思えないし、
「あ!アリマは悪とかいうけど、あいつの進めたのは科学技術じゃないか。
「そして、マツダの進めたのが、法による秩序だったような・・・
「ってことは、ミソラは何か別な能力を持っていたということか。
「平和希求なんて能力とは思えないし・・・
「残りの分野というのは、精神世界かな。宗教とか、哲学、心理学・・・
「あ!」

ここで、平山はあることに気がついた。そして、その思いつきは、考えれば考えるほどもっともらしいものだと思えるのだった。

「ミソラは単身でメディア王国に入り、そこで神といわれるほどの尊敬を集めた。
「マツダの拝火教は、ファリドゥン王のお陰があってペルシャの一部の宗教になったが、
「彼女のミトラ教というのは、もっと広い範囲をカバーしているようだ。
「マツダやアリマに比べて、すごい影響力だ
「これって、つまり・・・」

平山は、自分の思いつきを岡野に話をしてみたくなった。早速、携帯電話に電話を掛けてみた。

「ヘロー、オカノ・スピーキング」
「もしもし、平山です」
「ああ、平山さんかぁ」
「これからお宅にお伺いしてもいいですか?」
「もちろん、いいですよ。また夢をみられたのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
「そうですか、それなら面白いかと思ったのですが」
「面白い話だとは思います」
「そうですか、では、お待ちしています」

平山は運転手をもう帰してしまったので、アパートのスタッフにタクシーを呼ぶように頼んだ。



「ようこそ、平山さん」
「岡野さん、すいません、突然で」
「いいですよ、この地では何の娯楽もないですから、いつでも歓迎です。わはは」
「実はね」
「まぁ、ゆっくりお話をお伺いしましょう。あちらにどうぞ」

岡野は、街の夜景の見えるソファに平山を導いた。テヘランには、大きなネオンサインがないので、星の集まりのように見える夜景はことのほか美しい。

「平山さん、夕食はどうしましょうか?」
「ああ、何も考えていませんでした」
「では、冷蔵庫にあるもので、なんとかしましょう。出前という手もありますけどね」

岡野は、冷蔵庫からビールを出して来た。どういう訳か、イカの燻製まで持っている。

「イカの燻製ですか、どうしたのですか?」
「日本から送って来たものです」
「へぇ、それは素晴らしい」
「で、お話というのは?」
「うん、例のミソラ、いやミトラがどうやってアリマに勝てたかってことですが」
「ああ、それは興味深いお話ですね」
「アリマはサイエンス・テクノロジーを使い、武器を開発しましたね」
「うん」
「マツダは法というものをファリドゥン王に伝授したという」
「うん」
「では、ミトラは何が特技だったのでしょうか」
「それがポイントですが・・・」
「ミトラの得意技は、集団催眠だったんじゃないかと思うのですが」

岡野は、ここでしばし沈黙した。平山は、岡野が口を開くのを待った。

「なるほど、鋭い洞察ですね。それなら、武器がなくても、いや戦わずに、アリマの取り巻きを洗脳できる」
「そうなんです。アリマとて一人では戦えません」
「心理学が科学技術を負かしたってことかぁ」
「そういうことになりますね」
「イエス・キリストやモーゼ、マホメットなどもそういう能力があったのかなぁ」
「そこまではなんとも言えませんが、宗教の創始者にはそういう能力は必要かも知れない」
「政治家にもそういう才能があるのかも」
「ヒットラーとかナポレオンとか、ジョン・F・ケネディもかな」
「日本にもそういう能力を持った首相がいましたね」
「ああ、どういう訳か衆議院の3分の2以上の議席を確保してしまった」
「なるほど、あの理由が分かったような気がする」

平山が思っていたよりも、話がどんどん逸れているような気がした。それを察したか、岡野が話を戻した。

「ところで、ミトラはどうなったと思いますか?」
「ああ、それについてはまだ考えていなかった。死んだんじゃないかな」
「そうでしょうか。神は死なないのでは?」
「彼らは神じゃないでしょ。宇宙から飛来した単なる生命体でしょう」
「平山さんは、せっかく精神面に踏み込んだのに、そこで自然科学が邪魔をするのですか」

平山には、岡野の発したこの台詞の意味が理解できなかった。

「彼が死んでいないと仮定してみるといいかも知れない」

平山は、この岡野の言葉に当惑した。岡野は続けた。

「死んだとか生きているというのは肉体だけのことじゃないだろう」
「え?精神が生き続けているということ?」
「もっと強いものかも知れない。単なる知識の伝承ではないもの」
「そうなると分からないが・・・」
「気がつかないかなぁ。先日も言ったのだが」

平山には、岡野の言いたいことがさっぱり理解できなかった。岡野が続けた。

「どうして平山さんが映画のような夢をみたかということさ、理由があるはずだ」
「・・・夢に理由なんて、フロイトの精神分析ならともかく・・・」
「身近に理由はないかい?」
「え~?私の周囲は日本人ばかりだし・・・」
「そう?」
「え?!まさかぁ、そんなバカな・・・」

平山は自分の思いつきを認めたくなかった。なぜ認めたくないのか、心の中で自問自答を繰り返した。

「アツーサがミトラの分身なんて・・・そんなバカな」
「本人が意識しているかどうかは分からないさ」
「無意識にミトラの神性、いや、集団催眠の能力を使って・・・」
「それで辻褄が合うのでは?」

平山は、セミナーのときにみせたアツーサの超人的な努力を思い出していた。無意識に出てくるものなのかも知れないと思った。3,000年前のミトラのスピリットが、今まで受け継がれて来ているというのか。平山には、あまりにも身近な人物が対象なので信じられないのだった。

「では、アーリマンも生きているか?」
「それは、もっと明瞭だろう。ミトラと同じくらい強力に影響を残しているからね」
「確かに、世界から戦争がなくならない訳だ」
「マツダは少し弱かったのかな、実用的で役に立つものだけどね」
「なるほど、世界をみると、今もなおミトラ、マツダとアーリマンの戦いが続いているようだ」
「そういうことらしい」


(Part2 おわり)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 16:00 | 遥かなる遺産 Part2
平山がイランに赴任して2年が過ぎ、再び初夏を迎えた。アツーサのご主人は退院して、今は自宅で療養しているという話だった。もう少しで仕事に復帰できるという。アツーサ自身も通常の仕事をこなすようになった。平山は予算の少ないテヘラン州局のために、自らの労力でシステム開発を進めていた。彼にとってPCを使ったデータ処理はそれほど難しい課題ではない。

「アツーサ、ミトラって名前知っている?」
「はい、女性の名前に使われています。若い女性には使われていませんが、昔は人気のあった名前です」
「イラン人の名前にも流行りってあるんだね。ミトラって素敵な名前に響くけどなぁ」
「アツーサという名前も歴史のある名前なんです」
「へぇ、そうなんだ」

平山は、やはりアツーサはミトラについて何かを知っていると思った。しかし、唐突に平山が岡野と話したことを訊く気にもなれないので、彼女の出身地について質問した。

「アツーサの出身地はカスピ海の方だったね?」
「はい、ギーラーン州のラシュトを少し過ぎたところです」
「そっか、カスピ海は以前ラムサールまでは行ったことがあるけどね」
「そこからさらに先になります」
「車で行くと時間が掛かりそうだね?」
「6時間か7時間は掛かると思います」
「そう、遠いなぁ」
「今度、私の実家に是非来てください」
「うん、ありがとう。いつか行ってみたいな」

地図でみるとテヘランからカスピ海までは近そうにみえるが、その間にはアルボルズ山脈があるため、山道を抜けて行かなければならない。平山は、カスピ海を見たくて赴任の当初、車で行ったことがあり、その時は約3時間掛かったのを覚えている。その後、ラムサールまで行ったときは、一泊二日の旅行であった。

ラムサールというのは、ラムサール条約で有名だが、それがイランの地名であることを知っている日本人は少ない。平山もイランに来るまでは知らなかったことである。ラムサール条約というのは、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」のことである。

「アツーサ、今日はスピードガンを探しに行こうか?」
「先日の会議で警察から来ている人がいたねぇ、名詞交換した人」
「はい、覚えています」
「電話して、どこで買えそうか聞いてくれないか?」
「チャシム」(分かりました)

スピードガンとうのは、野球のピッチャーの球速を測ったりするものである。平山は自動車の走行スピードを測りたいと考えていたのだった。何でも調達可能なイランである。テヘランの大バザールに行けば、さすがにペルシャ商人の末裔と驚かされるものが見られる。日本の土鍋を見つけたときには目を疑ったくらいである。

平山とアツーサは、まず知り合いの警察の人に会い、スピードガンの手配が可能な業者を教えてもらった。そして、教えてもらった住所を頼りにテヘランの中心部に向かっている。取り扱い業者というのは、お店を持つ必要がないので、どうやら一般の住宅地の中にオフィスを構えているようであった。

ようやく住所の場所をみつけると、やはり一般のアパートのような建物であった。アツーサが門のところにあるボタンを鳴らし、話をすると門のロックが外された。2階ということなので少し薄暗い階段を登った。部屋の入り口には表札があり、確かに警察に品物を納めている業者のようである。

アツーサがチャイムを鳴らすと、中からドアが開けられた。部屋に入ると、直ぐ近くに大きなデスクがあり、その前に応接セットが置いてある。そこに男が三人立っていた。アツーサは、動じることなく挨拶をしているが、平山はどうも雰囲気がおかしいと感じていた。

三人の真ん中にいる男が大きな机の主のようだった。奇妙なのは、その男の髪型と衣装である。髪型はモンゴル人のような弁髪で、衣装はパキスタン人が着るような上から下までずどんとしたようなものだった。両脇の男は典型的なイラン人の服装をしていた。

肝心のスピードガンの話については、どうやら一個の注文では商売にならないのでやらないということらしい。アツーサはそれでも食いついていき、激しいやり取りをしている。平山は、アツーサが恐いもの知らずなのかと思った。三人の男は、日本で言えば、ヤクザのような雰囲気なのだ。

「アツーサ、もう分かったから帰ろう」
「はい、でも・・・」
「いいんだ」
「はい」

平山とアツーサは、建物を出て車に乗った。

「彼らは、大量の品物を高価な値段で警察に納めているのだろう」
「はい、どうでしょうか」
「今のイランの情勢では、政府は警察に多額の予算をつけているのだろう。そういう周辺にはあのような業者が集まるというものだ」
「はい」
「アツーサは、恐くなかったの?」
「恐かったですよ」
「あはは、そうなのか。無理して話を進めることはないのに」
「でも、あんまりなんですもの・・・」

平山はスピードガンの購入を諦めることにした。そして、その代替案を考え始めた。自動車のスピードを測る方法なら他にもあるはず。結局、ビデオカメラを買って、道路に200mくらいの間隔でマーカーを置き、ビデオを再生しながら、ストップウォッチを使い、自動車の通過時間を測るという方法に変えることにした。

平山には、スピードガンのことよりもアツーサのことが気になった。1個なので取り扱わないというのでは、話を進めようもないというのに、どうしてあそこまで食い下がったのだろうか。まさか、ミトラの得意技の集団催眠を使うつもりだったのか・・・



スピードガンを探した日の3日後、岡野からアツーサの携帯電話に電話が掛かって来た。

「ミスター・平山。ミスター・岡野からです」
「あ、ありがとう。はい、もしもし、平山です」
「平山さんは、新聞みてないだろ?」
「ペルシャ語じゃぁ、読めないからね」
「昨日の新聞に出ていたんだけど、ダマヴァンド山で偶像がみつかったそうだ」
「偶像・・・ってことは、イスラム以前ってことかな?」
「ミトラ像らしいよ」
「え!ミトラ像なのか」

脇にいたアツーサがミトラという言葉に反応したが、平山が電話中なので直ぐに平静な表情に戻った。

「ヘッドギアをしていて、左手を空に向けて上げているそうだ。そして、臍がないらしい」
「臍がない?」
「まぁ、神様だから臍がないというのは自然だろうけど」
「宇宙人にも臍がないってことか」
「まぁ、そういうことだ」

平山は思った。岡野の主張する宇宙人説を裏付けるものなのだろう、だから電話をして来たのだ。岡野は続けた。

「ところで、ダマヴァンド山にまつわる神話は知っているかな?」
「いや、全然しらないけど」
「私も正確には覚えていないけど、英雄ファリドゥンがアジ・ダハーカという三頭の怪獣をやっつけたときに、蛇とか蠍とか蛙とかが傷口から出て来たらしい。それを退治しようにもできなくて、捕まえてダマヴァンド山に幽閉したということらしい」
「ほう」
「だから、神話が実話だったんじゃないかということで騒がれているということさ」
「でも、ミトラ像なんでしょ。ファリドゥンはどちらかといえば、マツダのはずだけどなぁ」
「偶像は後世の人が作ったものだろうけど、なんでミトラ像なんだろうね?」
「アーリマンをやっつけたミトラの方が強いからかな」
「理由はともあれ、ダマヴァンド山とミトラとが物証で結びついたのは初めてなんじゃないかな」
「なるほど」

電話を終えて平山は思った。臍がない偶像、神様に臍があったら母親から生まれて来た証拠になるから、神様の偶像には臍は敢えて彫らないのだろう。平山にはそれが自然な考えに思われた。宇宙人だから臍がないというのも面白い考えだとは思った。

ヘッドギアについても、戦士のイメージならヘッドギアだって不思議ではないだろう。宇宙人のヘルメットと考える方が不自然なのではないか、しかし、ミトラは女性のようだから、ヘッドギアなんて必要なのだろうか。無敵なはずの女神にヘッドギアというのも奇妙な気がする。

(参考)ダマヴァンド山
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平山は、100kgもありそうな巨漢のマジディ部長の運転する4WDでアルボルズ山脈の山道を走っていた。週末をマジディ部長の友人の別荘で過ごそうという誘いを受けたのだった。テヘランでは、40度近い気温になっているが3,000mもの高地に来ると気温がぐんと下がる。

マジディ部長は、平山が赴任したときには一言も英語を話したことはなかった。今でも、アツーサがいるときは英語で話そうとはしない。しかし、平山と二人になると英語で話しをしてくれた。どうやら、頭の中で言いたいことを英語に翻訳するのが億劫という感じであった。

山道を走りながら、マジディ部長が言った。

「若い頃、この辺りを歩き回ったものだ」
「レンジャーだったのですか?」
「いや、兵役中の話だ」
「ああ、イランでは兵役は義務でしたね」
「あの頃は、痩せていたけどな」

平山は、マジディ部長の痩せていた若い頃の姿を想像することはとてもできなかった。

「ドクター・マジディ。敵兵がこんなところまで来たのですか?」
「いや、いなかったな」
「なんだ」
「訓練の意味があったのかもな」
「なるほど」
「あの頃の上官や仲間は、今頃どうしているかなぁ」

そうは言っても、マジディ部長は当時を懐かしんでいるようではなかった。平山は、あまり思い出したくない体験だったのかも知れないと思った。

やがて4WDは谷間の山村に着いた。マジディ部長は車を止めると、商店の一つに入って行った。食料なら持参しているはずだが、何か足らないものでも思い出したのだろう。平山は、待っている間に周囲を見渡した。すると、直ぐ近くに奇妙な建物があり、そこから湯気が出ているのに気がついた。建物からは太いパイプが突き出していて、そこからお湯が落ちていた。

買い物から戻ったマジディ部長に訊くと、そこが温泉であるということが分かった。イランの最高峰のダマヴァンド山は富士山と同じように休火山と言われている。温泉があっても不思議ではないのだが、平山はイランに温泉があるなんて夢にも思わなかった。

マジディ部長は巨漢のせいだろう、足に問題持っている。平山はできるだけ荷物を持って、マジディ部長と一緒にゆっくりと別荘に向かって歩いた。空気はひんやりと冷たくて気持ちがいい。

小さな橋でせせらぎを渡ると、木につながれたロバが草を食んでいる。

「あ、友達がいる」

そう言ったのは、マジディ部長である。アゼルバイジャン州のタブリーズ出身のマジディ部長の自虐的な冗談であった。イランのジョークでは、トルコ人(厳密にはアゼルバイジャン州の人)とロバとは同じことで、部下のいるときには絶対に言わない冗談である。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

(参考)アルボルズ山脈の中にある温泉
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# by eldamapersia | 2007-10-03 15:00 | 遥かなる遺産 Part3
マジディ部長は平山をベランダに誘った。別荘は小高い丘の上にあって、ベランダからは山村を見下ろすことができた。ベランダには鉄製の手すりが設えてあった。平山が周囲を見渡すと、小高い丘にいるとはいえ、周囲の岩肌を露わにしている山々はさらに1,000m以上も高いようだ。遠くの山には万年雪が見えている。

山村の家々をみると、村人だけではないようだった。大きな庭を持つお金持ちの別荘のようなものが見えた。平山は、イラン人のお金持ちってどういう人なのか考えをめぐらした。商人なのか、政治家なのか、土地成金なのか、もちろん知る術はない。

(参考)アルボルズ山脈の中の山村
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「ミスター・平山。静かだろう」
「はい、とても静かですね」
「都会の喧騒を忘れて自然の中で時間を過ごすなんて、最高だと思わないか?」
「そうですね」
「私は、政府の仕事と大学の講師、それにコンサルタント会社で働いている」
「三つも仕事をこなすなんて大変ですね」
「二つの仕事を持っているのは普通だよ」
「そうなんですか、でも、若い人たちには仕事がないのでしょ?」
「そうだな、それがこの国の問題だ」

マジディ部長は、ここで大きくため息をついた。

「ミスター・平山。面白いことを知っているかい?」
「どんな?」
「イランは禁酒国だが、禁酒でなかったパーフレビ王朝の時代よりも阿片中毒者の数が増えている」
「仕事にありつけない若い人たちが阿片中毒になるというのは、大きな社会問題ですね」
「この国の平均年齢を知っているだろう?」
「はい、30歳以下の若者だけで70%にもなるようですね」
「男は大学に行こうとしないで、直ぐに金になる商売にばかりに走る」
「それで大学が女子ばかりになるということですね」

平山には、マジディ部長の嘆きが分かるような気がした。問題の多い現状をみて、イランの将来を憂えているのである。平山には、イランのイスラム革命で王様や金持ちを追放した結果、みんなが豊かになるのではなく、反対にみんなが貧しくなってしまったように思えてならない。

谷間の日暮れは早い。陰がどんどん下から上がって来る。空気が次第に冷え始めて来た。

マジディ部長は台所に行くと、太い指で小さなナイフを使いながらキュウリとトマトを調理し始めた。そして、次に、ケバブを焼くために、バーベーキューセットみたいなものをベランダに用意した。燃料は炭である。

マジディ部長は、炭の一塊を小さな金網のバスケットに入れ、石油をかけて点火した。しかし、それだけでは炭が燃え出すことはない。バスケットには1mくらいの針金がついている。マジディ部長は、ベランダで針金の端を持ってグルグルと回し始めた。炭がパチパチと音を立てる。

平山は感心した。なるほど、これなら強風の屋外でも簡単に炭に点火できる。バスケットの炭は直ぐに赤い光を発し始めた。完全に火のついた炭の塊を、バーベキューセットみたいなところに敷かれた炭の上に置いた。そして、ブリキでできた小さな煙突を立てて、イランの団扇で煽り始めた。
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イランのケバブは大きな焼き鳥のようなものだ。マジディ部長は、味付けされた鶏肉の串を炭火の上に置いた。脂身だけの串があり、その脂がしたたり落ちるようになると、それを手に持って丹念に鶏肉になすりつけた。

鶏肉のケバブは、冷凍食品として売られているものだが、炭火で焼いたせいかとても美味しかった。平山は例によってウイスキーを持参していたので、冷蔵庫から氷を出して来て、マジディ部長に勧めた。彼は少しだけ飲んだが、それ以上は飲まなかった。マジディ部長も心臓に問題を持っていると言った。

この晩、平山はマジディ部長といろいろな話をした。どうしてイラン人が拝火教からイスラム教に改宗したのか、イスラム革命がどのように進められたか、イラン・イラク戦争のときのイランの様子、パーフレビ王朝時代の話、英国の介入の話など、話は深夜まで続いた。



「ミスター・平山。主人はようやく働き始めました」
「そう、良かったね」
「はい、でも、まだ軽い仕事だけのようです」
「しかし、本当に奇跡のようだね、あれだけの大事故だったのに」
「はい、神に感謝いたします」

アツーサとは二年も一緒に仕事をして来たのだから、平山にはアツーサの考えていることはだんだん読めて来ている。ご主人の交通事故の連絡を受けたとき、放心状態にみえたアツーサだが、ご主人をなくしたらどうやって子供と暮らしていくのか、そんなことを考えていたのだろう。

平山がみていて、アツーサが心配性なのが分かる。アツーサは、平山が帰国したら、その後どうしたらいいのか、そんなことを考えていることもある。イランでは学歴のある女性といえども、意外といい働き口がないものなのだ。大学でも仕事をしているマジディ部長だが、最近の学生は女子ばかりだと嘆いていたことがある。

「ミスター・平山。週末からの三連休を利用して、私の実家に行きませんか?」
「遠いのでしょう?」
「車で7時間くらい掛かると思います」
「ご主人はどうするの?」
「主人は仕事があるので、子供だけを連れて行きます」
「アライーの車で?」
「はい、できれば・・・」
「そう、じゃぁ、アライーに頼んでみよう」

平山は忘れていたことだったが、アツーサの実家に行くということを前にその話をしたことがあった。アツーサのご主人が自宅で療養生活をしているということもあり、そんなことは完全に忘れていたのだった。



木曜日の朝、アライーの運転でアツーサと子供のカリムが平山のアパートにやって来た。イランでは、天気の心配をする必要がないのがいい。いつも快晴である。なにしろ年間雨量200mmという世界である。しかし、アルボルズ山脈を越え、カスピ海周辺になると話は違う。年間降水量は日本並みにある。

アパートを出て30分も高速道路を走るとテヘランの郊外になる。周囲は樹木のない、岩山ばかりである。その岩山を縫うようにして道路が作られている。テヘランからカスピ海方面に出るには、2ルートあり、今回アライーは東回りのルートを選んだ。

標高がどんどん上がっていく。周囲の山々の頂上付近には、まだ雪が残っている。冬には格好のスキー場となり、テヘランからのスキーヤーたちで賑わうのだ。やがて、ダマヴァンド山が見えて来た。標高5,670mのイランの最高峰である。もちろん万年雪に覆われている。頂上がカルデラで扁平なら富士山のように見えるのだが、こちらは頂上まで尖がっている。

やがて、車はアルボルズ山脈越えの一番高いところに到達した。3,000mくらいの標高だろう。そこには、エマムザデハシェムという聖地がある。平山には、詳細は分からなかったが、こういうエマム(聖人)にまつわる聖地はイランの各地にあるものだ。

(参考)エマムザデハシェム
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平山たちが目的地に着いたのは、もう既に暗くなってからだった。食堂でお昼を食べ、休憩しながらの移動である。アツーサの子供のカリムは、車の中ではひたすら眠っているが、一度車を降りると元気一杯で走り回っていた。それらが、時間が予想以上に掛かった理由であろう。

アツーサの実家は、小さな町の外れにあるようだった。それでも、道路は街頭がつき、整備されていた。実家は道路に面したところにあった。大きな敷地らしく、門が開いてもさらに車で中に進んだ。玄関には、頭髪の薄くなったアツーサの父親と母親が迎えに出てくれていた。

ようこそ、ここはあなたの家です、平山にはペルシャ語は分からないが、多分、そんな挨拶だろうと思った。平山は、ペルシャ語でありがとうというのが精一杯であった。アツーサはカリムの世話で忙しく、通訳不在だったのである。

二泊三日の日程である。平山は着替えやウイスキーを入れたバッグを持っていた。アツーサは、挨拶や紹介の後、平山をベッドのある部屋に案内した。割り合い大きな家のようであった。

平山が荷物を置いて部屋を出ると、そこは広いリビング兼ダイニングルームだった。まずは、リビングにあるソファーでくつろいだ。カリムは、実家にあるいろいろな玩具で遊んでいる。運転手のアライーもリビングで一服である。ただ、彼は遠慮してか、一番端のソファーに座っている。

アツーサの両親は、英語を話さない。したがって、アツーサは仕事でもないのに、平山の通訳をしなければならなかった。カリムの面倒、通訳、母親の手伝いと一人三役をこなさなければならない。アツーサの両親は、どちらもとても穏やかな性格の持ち主で、平山はまったく緊張せずにくつろぐことができた。

そして圧巻は、アツーサの母親による手料理であった。イランでは、レストランのメニューというのは大体決まっていて、もっぱらラム肉のケバブばかりである。平山は、これにはすっかり辟易していたのだが、家庭料理となると話が違う。そして、夕食が始まる頃になると、アツーサの弟夫婦がやって来て合流した。こちらは英語が話せるので、アツーサは通訳から逃れることができた。

イランの家庭料理は、レストランのものとはまったく違っていた。ケバブはあったが、チョウザメのケバブであり、メインはガチョウの丸焼きだった。シャーミーというハンバーグのようなものもあった。味付けは、果物、ハーブ類を使っているという。キュウリやトマトのサラダも用意されていた。サフランライスのおこげも面白いものだった。

(参考)チョウザメのケバブ
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平山は両親の許可を得て、持参したウイスキーを飲んでいる。もちろん両親はイスラム教徒だが、そんなことにはちっとも構わないのであった。もちろん、ウイスキーを飲んでいるのは平山だけであった。飲酒について話を聞くと、父親は飲めないことはないが、心臓に問題があるため飲まないということであった。

平山が気がついたことは、カリムが遊んでいるところにあるテレビが、衛星放送で外国からの番組をやっていた。女性が髪の毛を露出しているので直ぐに分かる。しかも、その姿は日本のテレビ番組で見るものと変わりがなかった。

食事は、11時頃にようやく終了したが、眠ってしまったカリム以外は全員リビングにいた。お開きになったのは、もう1時を過ぎた頃であった。

翌朝、平山が目を覚ますと、家の中では何の物音もしなかった。まだ、みんなが眠っているようであった。平山は目が覚めてしまったので、庭に出てみることにした。部屋から出ると、リビングの隅で運転手のアライーが眠っていた。大きな家でもベッドルームには限りがあるようだ。

朝の光の中、外に出てみると、やはりそこは大きな庭であった。大きなフェニックスがあり、ミカンの木、ビワの木などが植えられていた。300坪はあるだろうという広さである。庭には何種類もの花が見られたが、平山には、バラ、マリーゴールド、ストック、ゼラニウム、ナデシコ、キンレンカなどが認識できた。

穏やかな朝は、そこまでだった。平山がのんびりと庭の花を見ていると、家の中が騒がしくなったのだ。アツーサが家を飛び出して来た。平山には何が起きたのか、さっぱり分からない。

「アツーサ!どうしたの?」
「カリムがいないの」

アツーサはそう言うと、裏庭に走って行った。平山は、昨夜早く寝たカリムが、朝早く目を覚まして遊びに出たのかと思った。しかし、事情は違ったようだ。アツーサは直ぐに裏庭から戻って、平山に訊いた。

「ミスター・平山。玄関の鍵はかかっていましたか?」
「いや、開いていました」
「そうですか・・・」
「鍵をかけているのですか?」
「もちろん」
「ってことは、カリムが開けたってこと?」
「そうかも知れません」
「部屋はどうなっているの?」
「カリムがいないだけで何も変りはありません」
「外に出たのかなぁ・・・」

アツーサはそのまま家の中に入って行った。平山もアツーサを追いかけるように家の中に入った。アツーサは真っ青な顔で父親となにやら話をしていた。ペルシャ語の分からない平山は、カリムがみつからないと騒いでいるのだろうと思った。

そうしていると電話が鳴った。アツーサも父親も真剣な眼差しで電話を見た。このとき、平山に悪い予感がよぎった。まさか、誘拐なんて・・・ こんな田舎で・・・

電話を取ったのはアツーサの父親だった。あんなに明るくて、優しいアツーサの父親だったが、電話での話しは沈鬱そのものだった。アツーサも真っ青な顔色で父親の様子を窺っている。やがて、父親は受話器を置いたが、その顔は苦悶に満ちたものだった。あまりにも深刻な様子に平山はアツーサに説明を求めることも躊躇された。

アツーサは父親となにやら話をしている。平山にもカリムのことだろうとは察することができた。その時、アライーが起きて来た。それに気がつくと、父親は愛想だけの挨拶をして、奥の部屋に消えた。アツーサは、無言のまま父親を追って行った。

平山はアライーを見て、自分には何が起きているのか分からないという仕草をした。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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# by eldamapersia | 2007-10-03 14:00 | 遥かなる遺産 Part3